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馬で競うギャンブルが競馬なら、竜で競うギャンブルは競竜だ。  作者: 秋山機竜


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第2話 父との別れ、そして許嫁の解消

 ヴァルケナンとその母親は、ゴルドザームが運び込まれた病院にタクシーで移動して、手術室の前でずっと待っていた。


 四時間、五時間……どれだけ時間が経過しても、手術は終わらない。


 ヴァルケナンは、食事なんて忘れてしまうぐらい空想癖を全開にしていた。


 父親の手術が成功して、生き残る未来を何百回と脳裏に思い浮かべていた。絶対に助かると信じていた。神様にだって祈っていた。


 頼むから父さんを助けてほしい。そう願い続けた。


 だが現実は非情だ。執刀医が、喪失感を漂わせながら手術室から出てきた。


「ご臨終です。申し訳ありませんでした」


 ヴァルケナンは母親と抱き合うと、まるで線香花火が落ちるみたいに泣いた。信じたくないが受け入れなければならなかった。


 父親は亡くなったのだ。レース中の事故で。


 なんで天才なのに事故を起こしたんだろうか。そう悩んだところで、未熟な小学生にはなにもわからなかった。


 ● ● ● ● ● ● ● ● ●


 翌日のニュース欄は、訃報で埋まった。


『ゴルドザーム・カルペル、レース中の事故により死去:天才と呼ばれた世界的な名手が、この世を去った。親族、競竜関係者、ファンは突然のお別れに悲しむばかりだ。なお彼が最後に騎乗した無敗の二冠竜フラミニアだが、獣医師と魔法使いの懸命な措置によって息を吹き返した。ただし競争能力を喪失していたため、種牡竜入りが決まった』


 というのは表向きの報道だ。


 くだらないワイドショーやゴシップ誌は、ゴルドザームが鍾乳洞コースに突入したことを問題視していて、こんな報道をしていた。


『天才はなぜ危険な鍾乳洞コースに突入したのか:鍾乳洞コースはショートカットコースだ。そこを通らないでも通常コースを飛ぶだけでゴールできる。それでも危険なコースを飛んだ理由はなんだ? ――――きっと三冠の名誉欲に負けて愚かな選択をしたのだろう』


 誰も本人の動機なんて検証できないのに、このゴシップ説が世間を賑わすことになって、惑星を二分する論争に発展した。


 きっとなにか理由があったはずだ派と、三冠の名誉欲に負けたはずだ派の対立だ。


 残された遺族であるヴァルケナンとその母親は、名誉欲に負けたはずだ派に叩かれ続けた。


 ご近所の人たちにも白眼視されて、だんだん命の危険を感じるようになってきた。

 

 ついには父の実家である名門カルペル家から追放されてしまった。


 ヴァルケナンは絶望した。世間はともかくカルペル家の人々は味方をしてくれると思っていたのだが、彼らは体裁を気にして世論に屈したのだ。


 論争はずっと続いたままで、アンチの数は惑星の人口の半分もいるわけだから、もはや高級住宅街に住んでいることすら難しくなった。


 あれだけ大きかった豪邸を引き払うと、まるで逃げるように母親の生まれ故郷である田舎に引っ越すことになった。


 引っ越しの直前、許嫁の女の子・ティア・ジリカンがこっそり会いにきた。


「お父様とお母様は、あなたとの許嫁を解消することになったとおっしゃっていました」


 彼女はヴァルケナンより三歳年上の中学校三年生だ。


 競竜の調教師の名門・ジリカン家の長女であり、芸術品に勝るとも劣らない美貌の持ち主である。


 勝気な瞳と油断のない口元。雪原ように光り輝く銀髪。すらりとした手足に、引き締まった腰。それでいて腰と胸元が少しずつ大きくなっている。


 彼女は大人の階段を上っているため、許嫁を解消することの意味を理解しているのだが、ヴァルケナンは幼すぎてよくわかっていなかった。


「ティアはずっと友達だったじゃないか。だから父さんを悪者扱いしないでくれ」


 小学生ゆえに許嫁を親しい友達ぐらいにしか認識していないから、父親を悪く言われたくないという気持ちが圧倒的に強かった。


 ティアは大人びた表情で、ヴァルケナンの頭を撫でた。


「わたくしは、あなたのお父様の騒動のことを、どうやって判断すればいいのか正直わかりません。でもあなたのことを嫌いになっていません。だからもし許嫁に戻りたいと思うときがきたら、あなた自身の実力で這い上がってきなさい」


 彼女は中学生だから大人みたいに難しいことがわかるんだろうか、とヴァルケナンは思った。


「田舎に引っ越すことになった。いつか友達に戻れるだろうか?」


「ずっと友達ですわ。だからこれから訪れるであろう困難に負けないでくださいまし」


 彼女とは物理的に距離が離れることになるが、心の距離は近いままなのかもしれない。


 許嫁の意味は解消されたあとでもよくわかっていないが、幼いころからずっと親しかった彼女と友達のままでいられることは素直にありがたいと思った。

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