第21話 癖竜と一緒に未勝利戦に挑む
ゼルツェンは下手くそかつ新人なので、ローカル開催に出場登録した。
そこに異変はない。新人であれば誰でも通る道なのだから。
しかしなぜかレース当日になると、《アドバルーン》の待機した騎乗所に、元許嫁で調教師のティアがいた。
「よろしくお願いしますわ、ゼルツェン・ハルパーさん?」
ティアは一流竜舎の調教師なので、本来メイン開催に出走させた大手の良血飛竜を観察するために、そちらへ出張しなければならないはずだった。
しかし今日はなぜか未勝利を勝てるかどうか怪しい癖竜が出走するローカル開催に顔を出していた。
ゼルツェンは、まさか正体がバレたんじゃないだろうな、と不安になった。
「あのー、なぜあなたはメインではなく、ローカルにいるんです?」
「《アドバルーン》に未勝利戦を勝ってほしいからですわ。勝っていると勝っていないでは、大きな違いがありますからね」
競争飛竜は、未勝利戦を勝てないまま三歳シーズンが終わってしまうと、実質引退になる。
四歳以降も出走登録は可能なのだが、未勝利戦は基本的に三歳以下の飛竜に優先順位がついているので、抽選落ちしやすくなるのだ。
だから引退して、セカンドキャリアを歩み始めるわけだが、もしどこにも行き場がなかったら――食肉として食べられてしまう。
だから競竜関係者たちは、自分の管理している飛竜を勝たせるために全力をつくすわけだ。
それはゼルツェンだってわかっている。
だが彼女の言い分は建前だろうと思っていた。
本日のメイン開催に出走登録しているティア竜舎の未勝利飛竜は、いつか重賞レースに出られるほどの良血飛竜だ。
そちらを放置して、《アドバルーン》みたいな勝てるかどうか怪しい癖竜のためにローカルまで遠征するはずがない。
つまり彼女はいまでも疑っているんだろう、ゼルツェン・ハルパーが偽名であることを。
だから彼女の目線は、またもや探偵が容疑者を疑うように鋭かった。
その疑いは実に正しい。ゼルツェン・ハルパーは偽名であり、本名はヴァルケナン・カルペルである。
だが父の冤罪を晴らすまでは正体を明かすわけにもいかないし、ゼルツェンはうまい感じに会話を流す必要があった。
「未勝利戦勝てるようにがんばりますよ。それでは厩務員さんと一緒にコース出ますね」
偽名疑惑を否定するよりも、さっさと会話を打ち切ったほうが効果的だと判断した。
実際的確な判断であり、ティアは無理に引き留めず、ただし例の探偵が容疑者を疑う目線のまま、ゼルツェンを見送った。
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《アドバルーン》の厩務員は、真面目な顔でゼルツェンにこう言った。
「ハヤテから、君には癖竜の乗る才能があると聞いた。《アドバルーン》をなんとかしてやってくれ。いい子なんだ。ただちょっとマイペースなところがあって、うまくいかないだけで」
厩務員にしてみれば、担当の飛竜が未勝利戦を勝てるか勝てないかは、命の次に大事なことであった。
もしここを勝てれば未来が繋がるが、勝てなければセカンドキャリアに進むことになる。
普通の飛竜であれば、意外に転職先がたくさんあるのだが、癖竜は転用が難しいので、食肉のリスクが高まっていく。
ゼルツェンとしても、苦い未来を回避するためにも、なんとかしてやろうという気持ちが強かった。
「一番後ろからレース運びますよ。他の飛竜が苦手であれば、無理にポジション取りに行く方がチャンスなくなりますから」
「そうだね。後ろから行こう。追い込み競竜なら、一発あるかもしれない」
作戦は決まった。あとは厩務員の熱意にこたえるだけだ。
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ゼルツェンは、《アドバルーン》の返し竜を丁寧にやった。
一般的なウォーミングアップのスピードより、さらに低速で飛んで、彼の感触を確かめた。
他の飛竜たちから離れたところで飛ぶ分には問題なかったが、ほんのちょっとでも近づくと狂乱状態になりかけた。
この感触には収穫があって、当初の計画通りレースの最後方を飛べば問題なく完走できそうなことであった。
ただし問題もあって、どうやってゲートインさせるかだ。すぐ隣のゲートに他の飛竜が入るのだから、スタートの瞬間だけは《アドバルーン》の機嫌が最大限に悪化してしまう。
地上に降りて、レース運営の係員にたずねた。
「ゲートインの後入れって、特例なしですよね?」
「無理です。先入れであれば可能ですが」
そう、ゲートインの際に暴走しがちな飛竜を先入れすることは許可されている。
ただし後入れは優遇されない。なぜなら普段のレースでも、基本的に後入れのほうが有利だからである。飛竜は生き物なので、ゲートで待機する時間が長引くほど、ストレスを抱え込んで疲れてしまうからだ。
ではゼルツェンはどうするのか? もはや自分の癖竜に乗れる才能を信じて、ひたすら《アドバルーン》をなだめるしかない。
係員に指示された通りの順番で、ゼルツェンは《アドバルーン》をゲートインさせた。
すぐ隣に他の飛竜がいるわけで、やっぱり《アドバルーン》は歯をむき出しにして暴走しかけた。
だからひたすら首の後ろをなでて「落ち着け、落ちつこう。大丈夫、彼らは敵じゃないし、すぐ離れるから」と優しく語りかけて、どうにか落ち着かせた。
ついにすべての飛竜のゲートインが完了。《アドバルーン》が暴走する前にレースがスタートした。
ゼルツェンは最初から腹をくくっていたので、あえて一番後ろにつけた。
この戦法に、調教師であるティアは天を仰いだ。
「まともにレースに参加できただけ進歩ですが、上りがある子ではありませんから……あの位置からでは勝てないでしょうね」
上りとは、ラストの直線でどれだけ瞬間的に素早く飛べるか、の基準である。
もし上り最速と表記されれば、それは加速力もトップスピードも兼ね備えたキレる翼の持ち主ということになる。
少なくともこれまでのデータによれば、《アドバルーン》は早い上がりタイムを持っていなかった。
だからティアは後ろからでは勝てないと判断したのだ。
しかし担当の厩務員は、胸の前に手を合わせて《アドバルーン》を拝んでいた。
「作戦通り。あとは一発あるかどうか」
さらに遠く離れたメイン開催の観戦モニターで、師匠のハヤテも弟子の活躍を見守っていた。
「癖竜の乗り方としては正しい。あとは展開次第で一発あるぞ」
ゼルツェンにしてみれば、あとはチャンスを待つだけである。先行集団のペースも竜騎手同士の駆け引きも関係ない。《アドバルーン》のペースで飛ぶだけだ。
そのままレースは平均ペースで流れて、ついに最後の直線に入った。
ゼルツェンは、《アドバルーン》の上りスピードに期待して、大外に持ち出してラストスパートを開始した。
ただの大外ではなく、大げさなぐらい離れた大外だ。
これだけ竜群から離れてしまうと、エアベルトに乗れているかどうか自信がないのだが、それでも大外を飛ぶしかなかった。
もし竜群に近づこうものなら、《アドバルーン》が狂乱状態になってしまうんだから、これをやるしかないのだ。
実際この試みは成功して、《アドバルーン》はぐんぐん加速して、前方の飛竜たちを追い抜かしていく。
もしかしたら本当に一発あるんじゃないか。関係者たちはそう思ったが、ちょっぴり運が向いていなかった。
レースの平均ペースが例年通りだったので、二番手から中団に控えた飛竜たちが有利な展開であり、後方待機した飛竜たちには不利な展開だったのだ。
だがそれでも《アドバルーン》の意外な才能が発揮されて、強烈な末翼を発揮。メンバー中最速の上りで、なんと6着に入線した。
16頭出走しての6着だ。かなり良い順位といえた。
「……悪くないんじゃないか?」
競竜は8着以内であれば、出走奨励金がもらえるのだ。つまり今回のレース結果だけで、《アドバルーン》の輸送費と維持費を賄えたことになる。
それを管理者であるティアがどう判断するのかで、ゼルツェンの評価も決まる。
《アドバルーン》が検量室前に着陸すれば、ティアが満足げに待っていた。
「これだけ難しい飛竜で6着入線。未来を感じましたわね」
一流の調教師に褒められたのだから、どうやら本当に癖竜に乗る才能があるようだ、とゼルツェンは手ごたえを感じた。
「ティア先生、次のレースも《アドバルーン》に乗せてください。もしかしたら次は勝てるかもしれません」
「……なにか掴んだんですのね?」
「掴めそうというか……とにかくもう一度調教から乗れば、この子の特性を克服できるかもしれないので」
担当の厩務員も、ティアに頼み込んだ。
「こちらからもお願いしたいです。ゼルツェンくんであれば、本当に勝てるかもしれない。《アドバルーン》が、レース後に怒ってないのは初めてだから」
そう、《アドバルーン》は怒っていないどころか、やりきった飛竜の顔をしていた。おそらくレースの内容に不満がなかったんだろう。
つまりゼルツェンの癖竜との向き合い方が正しかったのだ。
ティアは、ほとんど悩むことなく、ぽんっと両手を叩いた。
「わかりましたわ。次もゼルツェン・ハルパーに依頼します」
継戦を認めてもらえたことは嬉しいのだが、例の探偵が容疑者を疑う目線は消えないどころか、むしろ深まっていた。
竜騎手として成長することも、本名がバレないように立ち回ることも、どちらも難しいのだなとゼルツェンは思った。




