第20話 癖竜の追い切り
紆余曲折あって、ゼルツェンは元許嫁であるティア竜舎の未勝利飛竜に乗ることになった。
いまのところ正体はバレていないが、それでも貴重な乗鞍をもらえるほうが大事だと思ってこうなった。
となれば、その未勝利飛竜の調教と追い切りもゼルツェンが担当することになる。
名前は《アドバルーン》だ。
緑色の飛竜であり、鼻筋がすっと伸びた甘いマスクの雄である。体格は標準的であり、息遣いの深さからスタミナがありそうだった。
ティアいわく「かなりの癖竜ですわよ。気をつけて調教してくださいませ」らしい。
たとえゼルツェンに癖竜を乗りこなせる才能があったとしても、まだ実戦で乗ったことはないので、いきなり追い切りを担当するのは正直怖かった。
だから師匠に手伝ってもらうことにした。
「ハヤテさん、俺が乗る飛竜、名前は《アドバルーン》です。どんな癖があるのか知ってますか?」
ハヤテは《アドバルーン》の顔をじっくり吟味してから、タブレットでデータベースもチェックした。
「この子は知らんな。いくらワシでも、すべての癖竜をチェックしてあるわけじゃないんでな」
「初見の癖竜は、どうやって接していくのが大切なんです?」
「まずは手綱を引いて、竜舎の周りをぐるっと散歩してみようや。念のために近所の竜舎に癖竜が移動することを伝えてからじゃ、事故防止のためにな」
いきなり騎乗するのではなく、手綱を引いて竜舎の周囲を散歩するらしい。
たしかに癖竜ほど、どんな動きをするかわからないので、安全な接し方のほうがいいだろう。
まずは近隣の竜舎に癖竜を散歩させることを伝えて、万が一の事故に備えた。
それからゼルツェンが《アドバルーン》の手綱をしっかり握って、てくてくずしずしと健康的に散歩した。
三周ほど竜舎のまわりを散歩したが、いまのところおかしな反応はない。
ただし無気力だと感じた。歩き方そのものは健康的で問題ないのだが、レースに対する気力を感じないのだ。
「ハヤテさん、この子、やる気ないタイプですかね?」
「ふーむ、そういう感じではないなぁ。ティア竜舎と調整して、他の飛竜に近づけてみようかのぉ」
ティア竜舎には、他にも調教する飛竜が山ほどいるわけだから、そのうち一頭が追いきりに向かうタイミングで、そっと《アドバルーン》を近づけた。
その瞬間、《アドバルーン》の表情が、ぐわーっと一変して、狂乱状態になった。威嚇ではなくてパニックの一種である。ツバはだらだら垂れているし、手足はじたばたもがいていた。
ゼルツェンは慌てて手綱を引いて、《アドバルーン》を他の飛竜から引き離した。
「いきなり攻撃的になりましたね……これがこの子の問題点ですか」
ハヤテも《アドバルーン》の鱗を優しくさすって落ち着かせた。
「陸地にいるときですらこの調子なら、飛んでる最中だともっと危うくなるんじゃろうて」
調教師であるティアも、スタッフジャンパーを羽織りながら、ため息をついた。
「毎度この感じなので、併走で調教できないんですのよ。同じ竜舎の飛竜仲間ですら拒絶してしまうのですから」
飛竜は生き物なので、自我がある。となれば他の飛竜を嫌うことだって当然あった。
それにしても狂乱状態は危ない。他でもない《アドバルーン》自身が、感情を爆発させていることをコントロールできなくなっているからだ。
ゼルツェンは、こんな危ない子に乗れるんだろうか、と不安になった。
しかし師匠であるハヤテの反応は好意的だった。
「やっぱりおぬし癖竜に乗れるな。さきほど狂乱状態になった《アドバルーン》をあっさり後ろに下げられたじゃろ?」
「あれが才能なんですか? なにも難しいことはしてないはずですが……」
ゼルツェンにしてみれば、ただ教科書通りに手綱を引いただけだ。
だが《アドバルーン》の管理者であるティアが肩をすくめた。
「わたくしたちスタッフでは、そこまで綺麗に《アドバルーン》をコントロールできませんわよ。先月の追いきりのときなんて、とんでもないパニック状態になって、魔法使いに鎮静魔法を使ってもらうことになったので」
鎮静魔法とは、狂乱状態になったり、ケンカを始めたり、人間を攻撃した飛竜を眠らせる魔法であった。
それを使う状態になったということは、《アドバルーン》は調教再審査を受けているはずだ。
それぐらいコントロールの難しい飛竜のはずなのに、なぜかゼルツェンは手綱だけで《アドバルーン》を動かせた。
師匠であるハヤテは、鼻高々になった。
「癖竜は基本的に人間を無視する傾向が強い。しかしおぬしはそこをうまくなだめることができるわけじゃ。こればっかりは訓練で身につかん。癖竜に乗る才能がある証明じゃな」
どうやらゼルツェンは凡才であっても、特殊スキルがあるらしい。
これを武器にすれば、念願の魔王賞に勝てる……かもしれない。
だがそこに至るまでの道のりが長くて、そもそもG1の乗鞍を手に入れるために、もっともっとうまくならないといけなかった。
基礎の騎乗技術が低いままでは、どれだけ癖竜に乗れる才能があっても無意味なのである。
「今週のレースで《アドバルーン》を勝たせるために、まずは追い切り念入りにやりましょう」
こうしてゼルツェンはいつものように勝負甲冑を装着すると、《アドバルーン》の背中に乗った。
他の飛竜が近くにいないのであれば、なんの問題もなく乗れる。
しばらくは単走で飛んだほうがいいだろう。
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さっそく単走で追い切りしてきた。
追いきり内容そのものは、実を言うと普通すぎて特筆すべき点はなかった。
「《アドバルーン》単体で飛ぶなら問題なかったです。しかし着陸地点で他の飛竜とちょっとでも近づこうものなら、半狂乱になりますね」
調教師であるティアも、追いきり内容を動画で再チェックした。
「単走であれば、標準的な追いきり内容ですわね。これだけでもかなりの進歩なんですが」
「竜舎のスタッフや、他の竜騎手が乗ったときは、単走すらできないんですか?」
「ええ、この通り」
前回の追い切り動画をゼルツェンは見せてもらった。
スタッフが《アドバルーン》の背中に乗った時点で軽く暴れて、渓谷竜道を歩いて飛行コースに移動するまでにもう一度暴れて、単走飛行してからさらに暴れた。
となれば、搭乗者と周囲の人間たちが危険にさらされるだけではなく、《アドバルーン》自身が疲労してしまうので、まともな追い切りができなかったのだ。
「ちなみに《アドバルーン》が他の飛竜をここまで嫌ってる理由はわかってるんですか?」
「生まれ故郷の飛竜谷で、他の飛竜たちとソリが合わなかったようで、いつもひとりで行動してたみたいなんですの」
「なるほど……ならティア竜舎のスタッフが相手でも、狂乱状態になってしまうことは、ちょっとだけわかりました。《アドバルーン》は、スタッフたちが自分以外の飛竜をお世話するところを見せられたせいで、共通の敵だと思い込んでるんですよ」
なんでそんなことがわかったかというと、第二の故郷であるグラーブファームにも《アドバルーン》みたいに他の飛竜と仲が悪くて、それが転じて飛竜谷のスタッフに不信感を抱く飛竜がいたからだ。
「あー……その可能性はありますわね。今後は《アドバルーン》の竜房の前に、カーテンを敷いて、外の様子を見せないようにしましょう。これならスタッフが普通にお世話する分には問題なくなるでしょう」
「あとは本番ですね。やれるだけやってみます。がんばろう《アドバルーン》」
《アドバルーン》は、めんどくさそうにあくびをした。
たぶん、のんびりやなんだろう。
だからこそ他の飛竜とソリがあわなくて、いつもひとりで行動していた。
ならばその特性を掴んだうえで、レースに挑んだほうがよさそうだった。




