第19話 クッキーの食べ方で正体がバレそうになる
月曜休みをはさんで、火曜出勤日。プラット竜舎はお菓子の開封祭りになっていた。
プラット調教師が、先週のプルラザ賞で惜しくも5着だったことを悔やんでいるからだ。
「ええい、スタート決まったのに中段で控えて、スローペースになってしまっての5着だぞ。もしスタートしたままハヤテとデラリアの後ろにぴたっとつけてたら、勝てた可能性があるんじゃないか?」
どうやらストレスがたまると、甘いもので解消する性質があるらしく、プラット調教師はサイクロン掃除機みたいな勢いでお菓子を食べていた。
こんな調子でカロリーを摂取するから、タヌキみたいに腹がぼこんと膨らんでいるんだろう。
さて竜舎の主が暴飲暴食をしている間、ゼルツェンがなにをしているかといえば、お菓子のおこぼれを頂戴していた。
プラット調教師は乱雑に食べるので、開封済みのお菓子袋に中身が残っているのだ。
しめしめタダでお菓子を食べられるぞ、とハイエナみたいなことをする彼の姿からは、かつての名門カルペル家の栄光は消えていた。
さてもう一袋おこぼれをいただきますか、とお徳用チョコレートの大袋に手を出したら、ぱちんっと叩かれた。
「おいゼルツェン、なに勝手にオレのお菓子食べてるんだよ」
バレてるー、とゼルツェンは青ざめた。
「し、失礼しました、てっきり食べ残しかと思いまして……」
「そんなたるんだことしてないで、もっと乗鞍集められるようにあいさつ回りと営業してこいっっっ!」
「はいっ……!」
ぴゅーっと逃げるようにゼルツェンはプラット竜舎を脱出した。
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不機嫌な上司から離れられたついでに、ゼルツェンはあいさつ回りと乗鞍の営業をすることした。
いくつもの竜舎のドアをノックして、丁寧に自己紹介だ。
「ごめんくださーい。つい先日レースデビューしたばかりのゼルツェン・ハルパーです。よろしくおねがいします」
がつがつ乗鞍をくれとはいわずに、竜舎のお手伝いをしますよ、と営業していく。
すると、だいたい清掃を頼まれた。それも飛竜と接する竜房の清掃ではなくて、スタッフルームの清掃だ。
本音をいえば乗鞍が欲しいが、デビューしたばかりの下手くそ新人に任せてくれるはずもない。
むしろ発想を転換して、信用されない人間であれば雑用すら任せてもらえないんだから、喜んで清掃作業をこなしたほうがいい。
もしかしたらどこかしらの竜舎に気に入ってもらえて、そこから貴重な1鞍に繋がるかもしれない。
というわけでゼルツェンは、淡々と清掃作業をクリアしていく。
どこの竜舎であっても、基礎の働き方は一緒だから、手順で困ることはなかった。
基礎を教えてくれた競竜学校とプラット竜舎に感謝であった。
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ひたすら雑用をこなしまくっていると、昼下がりになった。
もうすぐ各竜舎は退勤時間になるわけだが、ゼルツェンは後回しにしていた竜舎の前で立ち止まった。
元許嫁であるティア・ジリカン竜舎である。
「うーむ、顔バレしたくないから、ここは営業しないほうがいいんだろうが……」
ご近所の竜舎はすべて訪問したのに、お隣さんであるティア竜舎だけ営業しなかったとなれば、そっちのほうがよっぽど怪しい。
ならば顔バレしないように、ささっと営業して、すすっと帰ろう。
ゼルツェンは喉の調子を調子してから、ティア竜舎のドアを静かに叩いた。
「ごめんください。先週レースデビューを果たしたゼルツェンです。雑用を承っています」
ティア竜舎のスタッフたちは、ゼルツェンの顔を見るなり、薄っすら笑った。
「君だろ、座学と飛竜のお世話だけ成績いいのに、なぜか飛竜に乗ると下手くそになる新人ってのは。癖竜に乗れるからハヤテの弟子になったみたいだが、たしかに先週のデビュー戦は本当に下手だったねぇ」
どうやらご近所の竜舎の間では、奇妙な特徴を持った下手くそ新人として名前が売れてしまったらしい。
無名よりはマシだろうが、それでも屈辱であった。
しかし怒りを表情に出しては営業にならないので、本音を心の奥底にぐっと押し込んで、ゴマをすることにした。
「これからたくさん努力してうまくなるので、なにかお手伝いさせてください」
元許嫁のティアは、先週のプルラザ賞の動画をループ再生しながら、目を合わせずに声だけでゼルツェンに応対した。
「いまは忙しいので、そこに置いてあるクッキーでも食べておかえりください」
どうやらティア竜舎は先週のレースのデータ分析が忙しいらしく、部外者であるゼルツェンに対応する時間がもったいないらしい。
となれば、営業をしつこくやると、ティア竜舎の関係者に嫌われてしまう。
そもそも他の竜舎に営業したのに、ここの竜舎だけ営業しないのは不自然だから、ドアを叩いただけだ。
正体がバレる前にさっさと帰ったほうがいい。
「わかりました。クッキーいただいて帰りますね」
ゼルツェンは、大判クッキーを両手でつかむと、うさぎのように前歯でかじりついた。
懐かしい味だった。これはティアの手作りクッキーである。幼いころ何度も食べていたので舌が覚えていた。
うーん、さすがジリカン家のお嬢様、お菓子作りの腕前も一流であった。
さっさと帰ればいいのに、貧乏生活が長いせいで、欲張ってもう一枚大判クッキーを食べたことで、墓穴を掘ることになった。
ティアが、ゼルツェンのクッキーの食べ方に反応したのだ。
「そのうさぎみたいな食べ方……やっぱりあなたヴァルケナンではありませんか?」
「ち、違いますぅ!」
ゼルツェン=ヴァルケナンは、まさかクッキーの食べ方で正体がバレそうになるとは思わなかった。
だが冷静になって考えてみれば、そもそも自分がクッキーを両手でつかんで食べるようになったのは、ティアが原因だった。
彼女が毎週、小学生の手では片手持ちできないほど巨大なクッキーを焼いてきたからだ。
あのときの習慣がいまでも残っていて、小さなクッキーだろうとつい両手でつかんでしまう。
ティアはレース動画の分析を中断すると、ゼルツェンに迫った。
「あなた、生まれ故郷はどこなんです?」
「トレッド地方の山奥です。うちの両親が飛竜谷で住み込みスタッフをやっていまして」
さらっと嘘の経歴を言えた。競竜学校時代にも使い続けた嘘だからだ。
ティアは、まるで探偵が容疑者を疑うときみたいな顔をすると、ホワイトボードに書いてある今週の出走予定表をペンで叩いた。
「来週のレースで、うちの飛竜に乗ってみますか? ちょうど未勝利戦で困った子が一頭いるので。ハヤテさんいわく、あなた癖竜に乗れる才能があるんでしょう?」
なぜか乗鞍をもらえそうになっていた。ここの竜舎では雑用をこなしていないのに。
だがこれ以上ティアと親しくなると、冗談抜きで正体がバレてしまうだろう。
でも乗鞍は欲しい。
しかもティア竜舎はG1常連の一流どころなんだから、管理している飛竜の質がいいため、うまく乗れば初勝利できるかもしれない。
だが自分の目的は父の冤罪を晴らすことだ。本名がバレてしまっては元も子もない。
しかし冤罪を晴らすためには魔王賞を勝つ必要があって、そのためにはもっとうまくならないとG1レースの乗鞍がもらえない。
少ないチャンスを活かさないと、凡人は成長できない。
散々迷った挙句、ゼルツェンは挙手した。
「乗せてください。調教からがんばります」




