第18話 たとえG1が開催される週でも、乗鞍がなければ帰宅だ
ゼルツェンは独身寮に戻って一晩休息してから、日曜はトレ谷の所属竜舎に出勤した。
日曜のレース本番であってもトレ谷は稼働しているので、彼らと一緒にプラット竜舎から出走した飛竜を観戦するのだ。
ちなみに竜舎の主であるプラット調教師だが、昨日は新人のためにローカルに滞在していて、本日はメインに出張していた。
なぜならG1にプラット竜舎の飛竜が出走するからだ。
ゼルツェンはテレビ中継にプラット調教師が映り込んだことに気づいた。
「プラット先生、メイン開催の中継に映りましたね。やっぱG1になると、いつもより気合入った正装になるんですねぇ」
竜舎のスタッフは遅めの昼弁当を食べながら、本日の出走プログラムを確認した。
「そりゃお前クラシックレースの一冠目だぞ。もし勝てたら調教師インタビューもあるんだから、おめかししないとさ」
本日の主役は、クラシック三冠レースの一冠目、プルラザ賞G1である。
かつて魔王を退治した勇者プルラザ・アラヒムの名前がついている格式高いレースであった。
開催場所は、勇者の生まれ故郷である【春巡りの村】競竜場だ。
そこが毎年春になるとクラシックレースのスタート地点になる。
ちなみに現在のリーディング竜騎手デラリア・アラヒムは、名前からわかるように勇者の子孫であった。
現役竜騎手でもっとも三冠に近い男と呼ばれているが、今年もプルラザ賞に乗鞍を持っていた。
彼は超大手の飛竜谷で生産された飛竜に乗って、淡々と返し竜をしていた。
ゼルツェンは、やっぱこの人もうまいなぁ、と思いつつ、同じレースに出走しているはずのハヤテを探した。
発見した。ハヤテも超大手の生産した飛竜で返し竜をしている最中だった。
「うちの師匠、癖竜であれば大手の生産した強い飛竜でも乗るんですね」
普段のおちゃらけた忍者スタイルから考えられないほど、ハヤテから気迫を感じた。テレビの画面越しにこれだけパワーを感じるなら、現地ではもっと熱いオーラを放っているんだろう。
さすが師匠だな、とゼルツェンは思った。
竜舎のスタッフは、お茶を入れながらタブレットでハヤテのデータを表示した。
「ハヤテは普段の姿から考えれないほど、超一流だぞ。癖竜ばっかり乗ってるから成績が安定しないだけで、デラリア・アラヒムに負けないぐらいうまいんだ」
「なんで凡才の俺が、そんな超一流の弟子になれたんでしょう……?」
「癖竜に乗れる才能があるからだ。いまのところ、ただの下手くそだが」
竜舎のスタッフ全員が「そうだそうだ下手くそ新人、もっとがんばれ若いんだから」とバカにしつつ励ました。
「そりゃがんばりますけど、みなさんキツイ言い方をしますねぇ」
「愛の鞭ってやつだよ。少なくともデビュー戦の乗り方は悪くなかったぞ。良くもなかったが」
最悪ではないが、もっと努力しろ、という評価であった。
反論はない。実際自分でもリプレイを見返してなんて下手なやつだと思ったからだ。
「ところで、うちの師匠が乗る飛竜って、お隣のティア・ジリカン竜舎の飛竜なんですね。勝つんでしょうか、師匠とティア竜舎」
元許嫁のティアも、本日はメイン開催に出勤しているので、日曜日のトレ谷にはいない。
「その前に、プラット竜舎の《ハイボール》を応援しろよ。お前うちの所属だろうが」
つい昨日ゼルツェンのデビュー戦を飾った《スプラッシュタワー》と一緒に、《ハイボール》は追い切りをしたわけだが、実はプルラザ賞に出走するのだ。
追いきりの時はハヤテが乗っていたのだが、本番は別の竜騎手が乗る。たまにある話だ。調教のスケジュールがかみ合わないとか、調教だけは他人がやったほうが効果が出るとか、いろいろ事情がある。
「もちろん応援してますよ。調教も手伝ってますし」
というのは建前で、ゼルツェンはプルラザ賞に出走した陣営すべてを応援していた。
なぜならクラシックレースは出走すること自体が名誉なのだ。
世代の頂点を決めるための戦いだから、出走条件もシビアになりがちで、激しい競争を勝ち抜いた粒ぞろいが集まっている。
ならば応援の優劣は決められない。
ただし客観的な強さの優劣であればすでについている。
ちょうど強さの話題になった。
「ゼルツェンは、うちの《ハイボール》、勝つと思うか?」
「善戦できるんでしょうけど、1番人気と2番人気がかなり強いので、波乱が起きなければ人気通りの決着じゃないですか?」
ちなみに1番人気はデラリアの飛竜で、2番人気がハヤテの飛竜だ。プラット竜舎の《ハイボール》は5番人気から6番人気をうろうろしている。
お客さんたちの単勝竜券の買い方は正しいということだ。
「うちの《ハイボール》、勝てないっていうのか?」
「人気飛竜の調整ミスや竜騎手の騎乗ミスがあれば勝てるでしょうけど、そういう他の陣営のミスを期待するのは健全じゃないと思いますね」
「生意気なこというなぁ。デビューしたばっかりの新人のくせに」
「そうかもしれませんが、客観的な強さは願望で変化しないので」
「昔そういう言い方をした天才がいたよ。すでに死んでしまった人間だが、能力が高すぎるがゆえに下々のことはわかってない感じもあった。それをなーんで下手くそのお前に言われなきゃいけないんだ」
どうやら父ゴルドザームも、客観的な強さは願望で変化しない、とプラット竜舎の人間たちに伝えたことがあるらしい。
どうやら親子そろって、不変の事実を伝えたことで、スタッフたちの機嫌を損ねたらしいが、そのままの形で謝罪するつもりにはなれなかった。
「今後はもっとオブラートに包んだ言い方をしますね」
「やっぱりお前は生意気だ」
と会話している間に、ついに出走時刻になった。
● ● ● ●
わいわいと現地が盛り上がって、テンションが最高緒に達したとき、ついにプルラザ賞のゲートが開いた。
ハヤテは逃げ飛竜に乗っていたので、華麗なスタートを決めて、先頭を確保した。
しかも変幻自在のペース判断で、ふと気づけばスローペースに落としていた。
「う、うまいなぁ、ハヤテさん。あんな正確にペース刻むのか、癖竜乗ってるのに」
弟子であるゼルツェンは、師匠のハヤテがうますぎて、画面から目を離せなくなっていた。
どうやったらあんまうまく乗れるんだろうか。同じ人間なんだろうか。そう思いたくなるほど、ハヤテは超一流であった。
そんなハヤテの飛竜の真後ろを、リーディング竜騎手デラリアの飛竜がぴたりとマークしていた。
こちらもハヤテに負けず劣らずでうまい。現在の競竜業界がこの二人を中心に動いているといっても過言ではなかった。
ではプラット竜舎の《ハイボール》がどこを飛んでいるかといえば、竜群の真ん中を飛んでいた。
このペースだと、あまりいいポジションではない。スローペースだと前残りのレース展開になりやすいからだ。
一か八かの勝負をしたいなら、ここらでまくるやつが出てくるのだが。
誰もまくることなくレースは終盤を迎えて、先頭二頭のマッチレースになった。
ハヤテVSデラリア――2番人気と1番人気を背負った同期二人が激しく火花を散らして、並んだままゴールインとなった。
あまりにも際どい着差なので、写真判定である。
なおプラット竜舎の《ハイボール》は、中団から伸びて5着でフィニッシュだ。
スタッフたちは、がくりと肩を落とした。
「5着かぁ。悪くはないんだが、もったいない決着になったな」
5着であれば掲示板入りだから本賞金が発生している。
飛竜は維持費がかかるし、出走するための輸送費も発生するわけだから、そこを埋めるための賞金は勝ち負け以前にありがたいのである。
とはいえスローペースのレースで中団に位置してしまったことは、実にもったいない展開だったといえる。
もしハヤテとデラリアの真後ろにいたら、際どい着差で3着まではあったかもしれない。
「プラット先生、悔しがってるでしょうね。勝てないにせよ、3着まではあったでしょうし」
とゼルツェンが発言した直後、テレビカメラがプラット調教師をフレームインした。
かなりイライラしているらしく、帽子をぐしゃっと握りつぶしていた。
竜舎のスタッフは、ため息をついた。
「きっと休み明けは苛々してるだろうから、お菓子を多めに用意しておこう」
どうやら竜舎のスタッフというのは、調教師のご機嫌取りもやらないといけないらしい。まるでワンマン経営の中小企業だな、とゼルツェンは思った。
やがて写真判定が終わって、デラリアの飛竜が一着になった。ハヤテの飛竜は二着である。
レースの結果は、1着から5着まで、ほぼ人気通りの決着であった。
「やっぱ人気通りの決着でしたね」
ゼルツェンにしてみれば、ただ脳内にある客観的なデータを比較しただけだ。
だがスタッフは首をかしげた。
「レースの展開予測が正確なのに、なんでお前そんなに下手なんだ?」
競竜学校時代からの課題である。
座学と飛竜のお世話だけ成績がいいのに、騎乗技術だけ下から数えたほうが早かった。
それは転じて、飛竜ごとの能力差と、竜騎手の技術差は理屈で理解できているのに、いざ自分で乗ると下手くそであることに繋がっていた。
もしかしたらこの謎を解き明かすことで、飛躍的にレベルアップできるかもしれない。




