第17話 いきなり完璧に乗れるわけではない
デビュー戦が始まった。
スタートティングゲートは当たり障りない普通のタイミングで出た。
騎乗した《スプラッシュタワー》も気分よく高度を上昇させて、竜群の真ん中よりやや後ろにつけた。
競竜学校時代の訓練と違って、レース本番の竜群の間隔はタイトであった。なるべく最内を確保したほうがロスなく飛べるからだ。
ただし地面を走る競技と違って、エアベルトに乗せないと効率よく飛べないので、ただなんとなくポジションを取ればいいわけではない。
もしエアベルトが肉眼で認識できるならもっと楽なんだろうが、人間の目にはそんな機能ないので、先輩竜騎手たちの流れに相乗りすることにした。
少なくとも竜群の真ん中に入っているかぎりは正解のルートだ。
逆に考えれば、エアベルトがわからなければ竜群を抜け出してスパートできない。
つまりこのまま流れに相乗りしているだけだと、確実に1着を取れない。
だが無理をするつもりもなかった。
「レース中の事故だけは避けないと」
ただでさえ父親がレース中の事故で死んでいるんだから、安全運転の優先順位が圧倒的に高い。
たとえ着順を落とすことになろうとも、初レースを無事に終わらせたい。
もし一番人気であれば、そんな悠長なことも言ってられないんだろうが、最低人気である。
先輩竜騎手のラースロンも、調教師と竜主と厩務員も、なんなら竜券を買ったお客さんですら、ゼルツェンに期待していない。
もちろん勝ったほうがいいに決まっているのだが、そのせいで事故が起きるのなら意味がない。
「落ち着け、落ち着け、もうすぐゴールラインだぞ」
自分に言い聞かせたとき、レースは第3コーナーを回って、他の飛竜に騎乗した竜騎手たちは駆け引きを始めていた。
だが完全初心者のゼルツェンには、先輩竜騎手たちがどんな意図でその行動をしているのかさっぱりわからなかった。
じたばたして他の飛竜と接触することのほうが怖いので、ただひたすらじっとすることにした。
やがてレースは最後の直線を迎えた。
他の飛竜に騎乗した先輩竜騎手たちは、手綱をしごいてつま先を連打してスパートの合図を出した。
ゼルツェンもワンテンポ遅れて、手綱をしごいてつま先を連打した。
どうやら《スプラッシュタワー》には、ほんのちょっぴり余力が残っていたらしく、じわじわと加速して着順が上がっていく。
あくまでじわじわだ。ごぼう抜きなんて夢のまた夢である。
先行集団から垂れてきた飛竜だけを追い抜かして、10着でゴールインとなった。
フルゲート16頭で、最低人気で出走して、10着。悪くないといえば悪くない結果である。
「つ、疲れた……」
ゼルツェンは、あまりにも緊張しすぎて、レース中の細かい記憶が吹っ飛んでいた。
ようやくほっとしたら、手綱を握っていた両腕と踏んばっていた両足が疲れ果てていることに気づいた。
たった1レースでこんな疲れるはずがないので、緊張しすぎていたのだ。
他の飛竜たちと一緒にコースを引き上げて、検量室の前に着陸すると、《スプラッシュタワー》を管理しているプラット調教師が小さく拍手した。
「悪くない、悪くないぞ、ゼルツェン。デビュー戦なんてこんなもんだ」
怒られていないということは、デビュー戦にしてはミスをしていないということだ。
ゼルツェンは安心しながら、《スプラッシュタワー》から降りた。
「本当に緊張しました。事故が起きなくてよかったです」
「そうだそうだ。事故も起こさなかったし、パニックも起こさなかっただけで、満点だ。あとはその調子でうまくなってくれ。いまは普通の下手くそだからな」
普通の下手くそ。つまり騎乗技術としては赤点なのである。
あくまで事故を起こさずに、レースを普通に回れたことが及第点。それ以外は全部修正しなければならなかった。
やっぱり俺には才能がないんだなぁ、とゼルツェンは落胆した。
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レース後にも検量があるので、ゼルツェンは検量室で体重計に乗った。
レース前と同じ体重なので、不正はなかったと判定。重りを外してから、魔法使いの杖で勝負甲冑が解除された。
甲冑の下は汗まみれだった。疲労ではなく緊張が原因の汗だ。
こんな落ち着きがない状態で飛竜に乗ったら、そりゃあ赤点になっても不思議ではない。
「もっと精神的に強くならないと」
反省しながら竜騎手控室に戻れば、友達のデルデたちや、先輩のラースロンたちが、盛大に祝福してくれた。
「初レース完走おめでとうゼルツェン」
「よくやったな、いいデビュー戦だった」
仲間たちに褒めてもらったおかげで、初レースを事故なく終えられた実感が強くなった。
ただし技術的には問題だらけだった。その証拠に、控室のモニターにはさきほどのデビュー戦のリプレイが流れているのだが、実に恥ずかしいレース内容であった。
ただ竜群の中でじっとしているだけ。ペースも読めていないし、仕掛けどころもわかっていない。
こんなやつが調教師や竜主に信頼されるはずがない。
いくら初レースで、いきなり理想通りの乗り方なんてできないとはいえ、限度というものがある。
こんなことでは魔王賞に勝てないし、それ以前にG1の乗鞍なんて手に入らない。
「負けてたまるか、自分の下手さ加減に」
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競竜は土日開催だが、日曜に乗鞍がないと、土曜で強制帰宅だ。
ゼルツェンだけではなく、落ちこぼれ世代全員が、土曜に1鞍しか持っていなかったので、みんなで仲良く土曜日で帰宅となった。
先輩竜騎手たちは土曜日も調整ルームですごして、日曜日もレースで乗る。
それすらできないことに、ゼルツェンは悔しさを感じた。
「いつか見返してやろう。土日で20鞍も乗れるぐらい、調教師や竜主に信頼してもらうんだ」
ゼルツェンのつぶやきに、落ちこぼれ世代の若者たちは大きくうなずいた。
まだ竜騎手人生は始まったばかりだ。挽回するチャンスはいくらでもある。落ちこぼれ世代なんて前評判をぶっ飛ばして、自分の生きる道を切り開かないと。




