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馬で競うギャンブルが競馬なら、竜で競うギャンブルは競竜だ。  作者: 秋山機竜


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第15話 調整ルーム

 トレ谷で働くようになってから3か月後。春も深まって初夏の足音が聞こえてくると、ついに新人竜騎手たちのレースデビュー日になった。


 レースは土日開催なので、その前夜である金曜の夜に、新人竜騎手たちは調整ルームに入った。


 調整ルームとは、八百長を始めとしたギャンブル関連の不正を防ぐために、竜騎手たちを外界から隔離する施設のことだ。


 スマートフォンやゲーム機など外部との通信が可能な機器をすべて預けて、アナログな生活をすることになる。


 そんな刑務所じみた調整ルームは、惑星全土に作られた競竜場と同じ数だけ存在していた。


 では惑星全土で競竜場が同時に何か所稼働しているかといえば、おおむね20だ。


 北半球の日中で10場開催したら、そのあと南半球の日中で10場開催する。


 ひとつの競竜場で組まれる最大レース数は、14レース。それを20か所同時開催するのだから、土日だけで560レース飛ぶことになる。


 そのうちG3からG1などの重賞レースが行われる場所をメイン開催、それ以外をローカル開催と呼んでいる。


 メイン開催は、基本的に北半球と南半球を通して1か所だけだ。


 新人竜騎手たちは、当然重賞レースには縁がないので、残り19か所であるローカル開催でレースデビューすることになる。


 というわけでゼルツェンは、北半球では有名なデビュー向けの競竜場に登録した。


 その名も【始まりの競竜場】だ。


 都市の郊外に作られていて、ここが人類史における最初に作られた競竜場であった。


 かつての競竜学校の練習コースと同じ形態で作られているので、新人たちのデビュー先として選ばれやすかった。


 そんな背景があるため、競竜学校卒業後に離れ離れになったはずの同期たちのうち男子20人が、始まりの競竜場向けの調整ルームで再会した。


 ちなみに女子の同期たちは、女子向けの施設が豊富にそろった競竜場でレースデビューするので、始まりの競竜場には登録していない。


 さてゼルツェンたち男子勢は、通信可能機器をセキュリティボックスに預けたあと、食堂に集まって、わいわいがやがやと雑談になった。


 南半球のトレ谷に所属した同期が、すっかり日焼けした顔でゼルツェンにたずねた。


「ゼルツェンくんはさ、どれぐらい乗鞍集まった?」


 乗鞍とは、飛竜の背中に乗せる鞍から転じて、どれぐらい騎乗数が集まったのか、とカウントしているわけだ。


「土曜日にひとつだけ。調教師の先生が用意してくれたんだ。たとえひとつでも本当にありがたい」


 所属竜舎のプラット調教師が、懇意の竜主に頭を下げて、デビュー用の飛竜を手配してくれた。


 残念ながらまったく強くない飛竜なのだが、新人のデビューに最適な乗りやすい性格であった。


 これならきっと幸先の良いレースデビューができるだろう。


「やっぱひとつだけだよなぁ。僕もひとつだけだったよ。もっとたくさん乗りたかったなぁ」


 新人のうちは、たくさん乗鞍をもらえない。それはしょうがないことだ。なぜならなにも信用がないから。


 しかもゼルツェンたちは落ちこぼれ世代と呼ばれるほど事前評価が低いので、ほぼすべての同期がひとつしか乗鞍を用意できなかった。


 それでも無事にレースデビュー日を迎えられただけラッキーだ。


 同期は100人以上いるわけで、他のローカル競竜場に登録した同期には、デビュー用の飛竜を用意できなくて、来週にデビュー延期になったやつもいた。


 それと比べたら、ゼルツェンたちは運がよかった。


「もっとうまくなって、たくさん実績を積んで、たくさん乗鞍もらえるようにがんばろう」


 たとえなんの根拠がなくても、いつか必ずうまくなって乗鞍を集めるぞ、と口にすることは大切だ。


 ネガティブ思考のやつは信頼されないし、成長が鈍る。そんなやつに調教師と竜主は飛竜をまかせたくないだろう。


 だからこそゼルツェンは、レース用の資料を読み込んだり、外部と通信できない専用端末で過去のレース動画を検証した。


 自分は落ちこぼれ世代のなかでも騎乗技術が低いのだから、得意な座学で補うしかない。


 そんなゼルツェンに触発されて、友達のデルデも競竜の専門誌を読み始めた。


 他の同期たちも雑談の内容が変化して、レースの予測や技術の教え合いが始まった。


 ● ● ● ●


 まるで落ちこぼれ世代だけが調整ルームの利用者みたいだが、当然そんなことはなくて、他の先輩竜騎手たちだって集まっていた。


 昨年デビューした若手竜騎手たちもいるし、今年でデビュー30年目のベテランだっていた。


 そんなベテラン勢のうち、天然パーマのくたびれた中年男が、落ちこぼれ世代の引率役であった。


「僕の名前はラースロンだ。ラースロン・ウッド。よろしくな」


 ラースロン。競竜好きの間で、そこそこ知られている名前だ。


 成績は決してよくはないのだが、人柄がいいため調教師や竜主に気に入られていて、おこぼれみたいに乗鞍を得ることで生き残った人である。


 そんな三流尊敬できないね、と思われがちだがそうではない。


 彼は今年45歳である。


 実力主義の世界で、この年齢まで現役を続けられていること自体が、すでに凄いことなのだ。


 とくにゼルツェンたちは落ちこぼれ世代なんだから、ラースロンの営業スキルには見習うところがたくさんあった。


 同期を代表して、ゼルツェンが挨拶した。


「お世話になります、ラースロン先輩」


 ラースロンは、他のなによりも真っ先に食堂の厨房を指さした。


「食べすぎに注意だぞ。たとえ65キロの体重制限がそこまで難しくなくても、ちょっと油断すれば制限オーバーして、出走停止になる」

 

 独身寮を出発する前に体重を測ってあるから大丈夫なはずだが、念のために体重計に乗った。


 ゼルツェンは洋服を着ている状態で62キロである。


 体重制限から3キロ分の余裕があるわけだが、たしかに油断すればオーバーする数字だろう。


 なお友達のデルデは体重計に乗って青ざめた。


「オラ、洋服を着た状態で65キロジャストなんだな……もしかしてハヤテさんにプロ野球チップスのチップスをもらったせい……?」


 そう、デルデはとくにチップスがお気に入りだったらしく、ここ最近毎日ばりばり食べていた。


 そのせいで体重制限ギリギリになったようだ。


 それを聞いたラースロンが大笑いした。


「ハヤテはいつもそれだよ。新人にカード抜きのチップスばらまいて、体重管理を難しくさせるんだ。ってわけで、サウナ使うといいぞ。余計な水分抜けて元に戻るから」


 ● ● ● ●


 調整ルームには体重調整用のサウナがあった。


 せっかくなので、同期全員で体験することにした。


 デルデだけ体重制限ギリギリなので、まるで修行僧のように汗を流す。


「減量は厳しいんだな……!」


 ゼルツェンもサウナで汗を流すが、いわゆる整う感じはなかった。たぶん好きじゃないんだろう。


 先輩のラースロンもサウナで体重を絞っている。竜騎手らしく筋肉はついているのだが、中年になったせいで肌の張りがない。


「中年になってくるとさ、体重減らすの大変なんだよ」


 ゼルツェンは、ラースロンが苦しそうな顔でサウナの熱に耐えていることで、中年期の減量に興味を持った。


「やっぱ中年になると、代謝って落ちるんですか?」


「かなり落ちるよ。寒い日に走っても、なかなか体温上がってこないし」


「なら、ケガしてからの治りも遅くなるわけですか」


「ケガの治りが遅いのはまぁそうだが、そもそもケガしないほうがいいな。命あっての物種の仕事だしさ。お前らも安全運転を心がけたほうがいいよ。オレの尊敬してた天才はレース中の事故で死んじゃったし」


 さらっと触れているが、ゼルツェンの父ゴルドザームことである。


 昔であれば露骨に動揺していたんだろう。だが最近はトレ谷で働くようになったので、ゴルドザーム関連の話題に慣れてきたので、そこまで心は揺れなかった。


「尊敬してたんですね、その天才のこと」


「本当に凄い人だったよ。デビューした年にばんばん勝って、G1も勝っちゃって、そこから死ぬまでずっとリーディングトップ。本物の天才だったね」


 このまま流していい話題でもあったのだが、引率役の先輩が味方なのか知りたいため、ちょっとだけ深堀することにした。


「なんで死んじゃったんでしょうね、その天才は?」


「ミステリーだよ。無謀な乗り方をしない人なのに、なぜか危ないコースを飛んじゃってね。いまでも議論が起きるよ。でもオレは信じてる、たぶんなんか理由があったんだ」


 こんな感じで現場の竜騎手たちは、基本的にゴルドザームの味方が多かった。


 逆にゴルドザームの敵になりやすいのは、竜主界隈であった。


 調教師界隈は中立な人が多い。鍾乳洞コースに突入した理由を検証しようがないから、という理由である。


 どこの界隈が正しいのかわからないが、とにかく現場の竜騎手たちが基本的に味方であることが助かっていた。


「ラースロン先輩は、なんで天才が鍾乳洞コースに突入したと思います?」


「わからないよ。なんでも大帝が冤罪を証明しようと動こうとしたらしいんだが、その瞬間に亡くなってしまったからなぁ……」


 もし大帝が心筋梗塞を起こしていなかったら、きっといまごろ冤罪が証明されて、ゴルドザームの名誉は回復していたんだろう。


 ないものねだりをしてもしょうがないのだが、そういう未来のほうがよかったなとゼルツェンは思った。

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