第14話 追い切り
ゼルツェンは師匠のハヤテと一緒に、レースデビュー日に乗る飛竜の追い切りを行うことになった。
追い切りとは、レースに出走する飛竜が、本番に向けて体を仕上げていくことだ。
ゼルツェンは師匠に元気よく挨拶した。
「よろしくお願いします、ハヤテさん」
「うむ、しっかり仕上げていくぞ、まずはダンスからじゃ」
いきなりハヤテは踊りだした。わけがわからない。この人は出会った日からいつもこうだった。
プラット調教師は、ハヤテのダンスを鼻で笑った。
「ダンスだけは見習わなくていい。そこはハヤテの変わり者部分だし、誰も真似してない」
たとえ弟子であっても、師匠のすべてを真似する必要はないんだろう。
さて追い切りのスタートである。
トレ谷内部に設置された施設を使って、飛竜をアスリートとして追い込んでいく。
なお訓練中の事故に備えて、ここでも勝負甲冑を装着しなければならなかった。
ゼルツェンとハヤテは、竜舎の近くにある魔法使い待機所にやってきた。
遠方を観察するための水晶玉と、緊急時に現場にかけつけるための空飛ぶホウキが置いてある。
たとえ機械が最新になろうとも、この手の魔法道具は使い勝手がいいわけだ。
ゼルツェンは、飛行コースを管理する魔法使いに、利用者情報を告げた。
「プラット竜舎所属のゼルツェンと、フリーのハヤテです。これから飛行訓練コースで追い切りを行います。勝負甲冑をつけてください」
トレ谷所属の魔法使いは、ゼルツェンとハヤテの顔写真と身分証を確認。
「間違いなく本人ですね。では勝負甲冑を転送します」
魔法の杖を振って、勝負甲冑を二人の肉体に転送した。
練習用の甲冑なので、競竜学校で使っていたものと同じやつだ。
「ありがとうございます」
勝負甲冑を転送してもらったことにお礼をいったら、トレ谷の魔法使いたちが杖を掲げた。
「デビュー日が待ち遠しいですね、新人さん」
この杖を掲げるという仕草は、魔法使いの流儀で、旅立ちや新生活を祝福する儀式であった。新卒就任式のときにも行われるし、新築の竣工式でも行われる。
トレ谷の関係者に応援してもらって、ゼルツェンはこそばゆくなった。
「一生懸命がんばります」
業界関係者に祝福されると『ああもうすぐレースデビューなんだな、今以上にがんばらないと』と気持ちが引き締まった。
● ● ● ●
プラット竜舎から、二頭の飛竜がのっしのっしと出てきた。
ゼルツェンの飛竜が《スプラッシュタワー》で、ハヤテの飛竜が《ハイボール》だ。どちらも今週のレースで飛ぶので、本日が最終追い切りである。
これから飛行コースへ向かうわけだが、トレ谷内部を移動するときは、飛行せずに四足歩行で渓谷竜道を進んでいく。
いくら飛竜だからといって、翼ばかり鍛えて手足の強化を疎かにすると、全身の筋肉バランスが崩れて、飛行中の姿勢制御が崩れてしまう。
だから渓谷竜道という、あえてアップダウンを激しく作った飛竜専用の歩行路を歩くことで、全身の筋肉を均一に鍛えているのだ。
ゼルツェンは、前方を進んでいくハヤテと《ハイボール》の動きを分析していた。
ただ飛竜を歩かせているだけなのに、あきらかに他の竜騎手よりうまい。翼の揺れ方であるとか、足の関節の動き方であるとか、すべてがスムーズであり無理がないのだ。
「ハヤテさんって、なんでそんなにうまいんです?」
「おぬしも毎朝ダンスすれば、すぐにうまくなるぜ」
「それだけは嘘ですよね……」
「かっかっか。引っかからんか。まぁとにかく他の竜騎手よりちょっぴり才能があったのは確かじゃが、それだけでうまさは維持できんのでな。ちゃーんと裏で努力しておる」
「やっぱり努力なんですね」
「うむ。努力に勝る秘訣なしじゃ」
「なら具体的にどこを努力すればいいんです?」
「おぬしの場合、センスがないから反復するしかないぜ。過去レースの動画を分析するのも大事じゃし、なにより自分自身のレースを何度も見返すんじゃ」
「ってことは、レース経験積まないかぎり、どうしようもないってことですか」
「その通り! 最初はまるで勝てんじゃろうが、それでも腐らず自分自身のレースを振り返り続けること」
「わかりました」
「さて、いまは追いきりに集中じゃな」
渓谷竜道を抜ければ、飛行コースに到着した。
見た目は、飛竜の爪に優しい素材で作られたヘリポートだ。飛竜は法律上ヘリコプターと同じ扱いを受けるため、航空法に基づいた規格で作られていた。
となればいつ何時どこで飛竜が飛んだのかフライト記録が必要になるので、ゼルツェンとハヤテはスタッフに口頭で申告した。
「プラット竜舎の飛竜です。《スプラッシュタワー》と《ハイボール》。搭乗者はゼルツェン・ハルパーとハヤテ・オキアミ」
「記録しました。現在C-86が空いています。そこを飛んでください」
航空ポイントを指示されたので、そこに向かって二頭の飛竜がふわっと飛んだ。
職場で飛んだことで、ゼルツェンは亡くなった父親のことを思い出した。
天才と呼ばれた竜騎手は、はたしてどんなことを考えて、本来人間が存在できない空という領域に適応したんだろうか。
いやもしかしたら難しいことなんて考えなくても、ただ思うがままに乗ったら、それが正解だったのかもしれない。
実に羨ましい才能だなぁ、とゼルツェンは思った。
凡人の息子は、なにが正解なのかわからないまま、あれこれ思案しながら空と向き合っている。
少なくとも空は人間に向いていない。騎乗した飛竜の高度が上昇するほど、重力に足を掴まれる感触があった。
それはまるで空という絶対的な支配者が、お前ら陸地を這いつくばる生き物は、この領域に踏み込むべきではないと脅迫するようだった。
そんなことをぽつぽつと考えていたら、指定の空域に到着した。
ハヤテが兜に内蔵された無線機で、ゼルツェンに指示を出した。
「普通のペースで飛ぶんでな。早すぎてもいかんし、遅すぎてもいかんぞ」
「わかりました。気をつけて飛びます」
二頭の飛竜が、並走飛行で加速していく。
あくまで追い切りなので、二頭の勝ち負けうんぬんよりも、適切な負荷をかけるためのペース配分が重要である。
ゼルツェンが騎乗している《スプラッシュタワー》だが、とても乗りやすい飛竜だった。癖竜そろいのプラット竜舎にしては珍しく真面目な性格なのである。
彼が相棒であれば、初めてのレースであっても、現場でパニックを起こさずに乗れるかもしれない。
と思っていたら、ハヤテから無線で注意された。
「ゼル坊、ちゃんとエアベルトを読むんじゃ。同じスピードでも負担の重い空域を飛ばしたら、飛竜はより疲れることになるんじゃぞ。意図的に重い負荷をかけるとき以外は、伸びやすい流れに乗せなきゃいかん」
エアベルト。惑星には対流が発生しているわけだから、風向きや温度の変化によって、飛竜が飛びやすい空気の層が刻々と変化している。
ただし人間の肉眼では認識できない道筋なので、あらゆる情報からエアベルトの位置を推測することが、竜騎手の腕の見せ所であった。
その点ゼルツェンは未熟な若手だ。自分の感覚ではエアベルトに載せているつもりだったが、一流のハヤテから見れば位置がズレていたのである。
「ハヤテさん、どこの方角に修正すればいいんです?」
「10時の方向にちょっとじゃ」
練習用の甲冑には腕時計が付属しているので、それを利用して10時の方向を確認。
ぐいっと手綱を引いて、わずかに飛竜の飛ぶコースを切り替えた。
「そこでええぞ。ただし飛竜を動かすときは、もっと効率的に優しくじゃ。なるべく翼に負担をかけないように、それでいて気分を害さないように」
「わかりました」
と答えたものの、今回ハヤテに注意されたことは、すべて競竜学校で習ったことだった。しかし頭の中に入っている知識を、現実の騎乗技術として活かせるかどうかは別問題だ。
まさしく競竜学校時代からゼルツェンが抱えている弱点そのものだ。
座学の成績だけぶっちぎりのナンバーワンなのに、肝心の騎乗技術は下から数えたほうが早くなってしまう。
「なんで俺は、頭の中の知識が騎乗技術につながらないんだろうか……?」
つぶやいたひとり言は、エアベルトの気流に飲み込まれて消えた。




