第13話 仲間がいれば貧乏もへっちゃら
元許嫁に本名がバレそうになるトラブルがあったものの、とにかく午前の仕事が完了した。
昼休憩の時間になったので、ゼルツェンは腹の虫をぐーぐー鳴らしながら、職員用食堂にやってきた。
竜舎スタッフも、競竜を運営している役人も、あらゆる関係者が利用しているので、一般的な食堂の二倍サイズだった。
そこの一角のテーブル席に、すでに同期の仲間たちが集まっていて、食事を始めていた。
「ゼルツェン、ちょっと遅かったね」
まさか元許嫁に本名がバレそうになったせいで遅れたとはいえなかった。
「いやぁ、事務手続きに手間取ってね」
適当に嘘をつきながら、食券を購入するわけだが、職員用食堂のメニューは激安であった。おおむね一般的な商店の半額である。
貧乏な若者にとっては、実にありがたい値段設定であった。
「これだけ安くても、割安の日替わり定食しか買えないからなー」
お金持ちの生活をしていたのは12歳までだ。それ以降はすっかり庶民の生活になったし、競竜学校に通ってからは貧乏生活だ。
第二の実家であるグラーブファームは中小企業なので資金に余裕があるわけではないため、すべて自力でなんとかしないといけない。
新人竜騎手の収入なんてたかが知れているので、無駄遣いは一切禁止だ。
それでも田舎に引っ越したころみたいな不満を感じなかった。
むしろやる気がみなぎっているのだ。どんな困難だって自分の力で切り開けると思っていたし、いま貧乏生活していることも充電期間だと割り切れた。
なんでこんなに気力が充実しているのか、その答えは同期の仲間たちと同じテーブルに座ったことで理解した。
志を共にする仲間がいれば、貧乏なんてへっちゃらなのである。
「今日の日替わり定食はエビフライだけど、明日は唐揚げらしいぞ」
ゼルツェンは日替わり定食をがつがつ食べながら、同期の仲間たちが食べているものに注目した。
みんな日替わり定食だ。みんなお金がないのである。それでも元気だけは余っていた。
この連帯感こそが、貧乏生活を乗りこなすための原動力だ。
日替わり定食を食べ終わるころ、同期の仲間が、ぼろぼろのスマートフォンで地図を表示した。
「トレ谷の近くにさ、激安ドラッグストアがあんだよ。仕事終わったらいってみようぜ」
● ● ● ●
トレ谷の仕事は朝早かった分だけ、ちょっとだけ帰りも早い。夕方にはお仕事完了だ。
夜間は保安スタッフにバトンタッチとなるため、引継ぎの作業を行う。
担当の飛竜の食欲はどうだったか。手足や翼の状態はどうだったか。細かいところをすべて記録に残す。
すべての引継ぎが終われば、いよいよ上りだ。
ゼルツェンは、同期の仲間たちと一緒に自転車を走らせて、ドラッグストアに遠征した。
友達のデルデが、自転車をこぎながら言った。
「いつかレースでたくさん勝てるようになって、でっかい車買いたいなー。7人乗りとかのでっかいやつ」
ゼルツェンも軽い坂道を立ちこぎしながら、公道を走るかっこいいSUVを見た。
「俺はああいうスタイリッシュな車が欲しい」
あれが欲しいこれが欲しいと言いながら、みんなと一緒に激安店に向かうのは、はっきりいって楽しかった。
うまくいえないのだが、まるでみんなと一緒に貧乏を楽しんでいるみたいだった。
おそらくだが、同世代の仲間たちと一緒に独身寮に住んで、貧乏生活を創意工夫で乗り切ることは、若いうちしか楽しめないのではないか?
という感じでドラッグストアに到着した。
「本当に安いな……!」
洗剤、シャンプー、スポンジ、トイレットペーパー。日常生活に必要なものはすべて安かった。
実にありがたい価格設定だ。これなら食費もそこまで切り詰めないで大丈夫そうだ。
どうやらこの安さはトレ谷関係者にも知れ渡っているらしく、ぼちぼち見たことのある人たちを見かけた。
そのうちもっとも知っている顔が、ぬるっと床に陳列された段ボールの裏側から出てきた。
師匠のハヤテだった。
「トレ谷には慣れたかのぉ、若者たち?」
あまりにも唐突な出現に、ゼルツェンは軽く腰を抜かした。
「ハヤテさん、まさしく忍者みたいに顔を出しましたね」
「うむ。実家の習慣が、いまだに抜けなくてな、つい気配を消してしまうのじゃ。そんなことより若者たちよ、おぬしたちの買い物、全部ワシが払ってやろう。デビュー直後は金ないじゃろ」
なんとハヤテがすべての日用品を支払ってくれた。
やったーと同期の新人竜騎手たちは飛び跳ねて喜んだ。
弟子のゼルツェンも子供のように大喜びである。
「ありがとうございます、ハヤテさん! ちなみにハヤテさんは、ドラッグストアでなにを買ったんです?」
「プロ野球チップスじゃ。プロ野球カードをコンプリートするのが趣味でな」
ハヤテはプロ野球チップスをカートン単位で買っていた。ボックス買いではなくて、カートン買いである。
1ボックス24袋入っているのだが、そのボックスが12箱入っているやつが1カートンだ。つまり288袋のプロ野球チップスを購入していた。
趣味のためにそこまでお金を投入できるなんて、さすがG1勝ちまくりの一流竜騎手だ、金が余っている。
と思ったからこそ、ゼルツェンはつい師匠に失礼なことをいった。
「なんていうか、結婚できなさそうですね、ハヤテさん」
「かっかっか! ところがどっこい、すでに結婚しておるし、小学生の子供もおるわい!」
「えー!? 妻子がいるのに、ドラッグストアでプロ野球チップス買い占めてるんですか!?」
「おうよ。趣味というのは年齢や妻子持ちなんて属性を飛び越えてしまうものなんじゃ」
なんでこの人は堂々としながら恥ずかしいことを口走れるんだろうか。
もしやこのスタイルこそが癖竜を乗りこなすための秘訣なのかもしれない。
● ● ● ●
ドラッグストアの帰り際。ハヤテはカートン単位のプロ野球チップスを自家用車に積み込みながら、ゼルツェンたちに聞いた。
「若者たち、ワシはプロ野球カードだけ欲しくて、チップスはいらんのじゃ。おぬしたちチップス全部食べてくれんか?」
「チップスいただきます!」
「ならチップスだけ独身寮に運んでおくぜ。ああそうそう、おぬしたちお菓子の食べ過ぎには注意じゃぞ。体重制限を突破してしまうからな」
たとえ体重制限の罠があろうとも、わーいタダでお菓子が食えるぞ、と若者たちは喜んだ。
ゼルツェンも若者なので、タダで食えるお菓子ほどうまいものはない、と思っていた。
せっかくなので、若者たちはプロ野球チップスをハヤテの自家用車に積み込むのを手伝った。
その際、同期の女の子が、ハヤテに質問した。
「ハヤテさん。わたしたちもうすぐレースデビューなんですけど、気を付けたほうがいいことってありますか?」
「ずばり安全運転じゃ。いきなり勝てるやつなんてそうおらん。調教師や竜主だって新人の一発目に期待なんてしておらんから、まずはレースを邪魔しないように雰囲気だけ掴んでくればええ」
超一流にそこまでいってもらえるなら、とにかく現場を経験してレースに慣れたほうがいいんだろう。
ゼルツェンは、へんに背伸びして失敗するより、小細工なしで体当たりして経験を積もうと思った。




