第12話 がんばれ新人竜騎手
ゼルツェンは故郷を出発すると、トレーニングセンター谷形式・略してトレ谷に到着した。
トレ谷は、飛竜谷を人工的に再現したトレーニング施設で、競争飛竜をレース用に仕上げる場所だ。
惑星全土に点在していて、現在は35件が稼働している。
どのトレ谷も例外なく面積が広く、故郷のグラーブファームの三倍ぐらいあった。
それぐらい広い敷地内に、竜舎が並んでいた。調教師が管理していて、担当の飛竜たちが竜房で寝泊まりして、レース向けに体を仕上げているのだ。
新人竜騎手は、必ずどこかの竜舎に所属して、競竜のお仕事を学んでいくのだ。
所属の基準だが、おおむね竜舎側がスカウトする。
ゼルツェンの場合、北半球の【旧帝都付属トレ谷】に配置されたプラット竜舎にスカウトされた。
「ようこそゼルツェン・ハルパー。どうやら癖竜に乗れるらしいじゃないか。あのハヤテが太鼓判を押したんだから、将来が楽しみだ」
プラット調教師は、老獪なタヌキみたいな男だった。ふてぶてしい顔つきであり、太鼓腹もどこか毒々しい。丸刈りの頭にハンチング坊をかぶっていて、スタッフジャンパーも蛍光色だ。
なんだかちょっと怖そうな調教師だが、せっかくスカウトしてくれたんだからがんばろう、とゼルツェンは思った。
「が、がんばりますっ」
「ずいぶん緊張してるなぁ。まぁ競竜学校の卒業成績もバランス悪いしな。座学と飛竜のお世話だけぶっちぎりの一番なのに、肝心の騎乗技術が下から数えたほうが早い」
やっぱり卒業成績は業界関係者に伝わっているのだ。これだけ評判が悪いのだから乗鞍を集めるのが大変だ。
「いまは下手ですが、いつか必ずうまくなりますよ」
「期待してるぞ。癖竜使いの弟子。うちで管理してる飛竜は、どいつもこいつも癖竜だらけだからよ」
実はプラット調教師が管理する飛竜たちは、八割ぐらいが癖竜なので、人間を舐め腐っているのが伝わってきた。
竜舎のスタッフたちが癖竜たちと向き合う姿勢は、生き物のお世話をしているというより、消防士が火災と向き合うようなイメージだった。
「だから俺がスカウトされたんですね……」
ゼルツェンは悟った。癖竜に乗る才能があって、しかも飛竜のお世話スキルが高いから、ここの竜舎にスカウトされたのだ。
並大抵のお世話スキルだと、飛竜に舐められすぎて仕事にならないからである。
「そういうことだ。がんばれよ、期待してる」
竜舎所属の初日は、書類の提出や、スタッフジャンパーの採寸など、初回手続きが大量にあったので、具体的な仕事は明日の早朝からになった。
ゼルツェンは独身寮に戻るなり、明日から本格的に忙しくなりそうだなぁと期待と不安に胸をふくらませた。
● ● ● ●
競竜関係者の朝はかなり早い。
しかも竜舎に所属している新人の場合、竜騎手の仕事だけではなく、竜舎の仕事もこなさないといけないので、早朝というより深夜の段階で出勤することになった。
同じトレ谷の独身寮には、友達のデルデも所属していた。
運よくデルデも、旧帝都付属トレ谷の竜舎にスカウトされていたのだ。
他にも三人ほどの同期が、旧帝都付属トレ谷の竜舎にスカウトされていたので、みんなで一緒に起床していた。
「おはようゼルツェン、トレ谷の朝は、競竜学校より早くて困ったね」
デルデはまだ寝ぼけていた。
「早起きなら得意だ」
ゼルツェンは故郷のグラーブファームでお仕事を手伝うことが多かったので、朝に強かった。
「オラ、ぜんぜん慣れないよ。でも遅刻できないから、急ごう」
五人の同期は、独身寮で共同管理している自転車に乗ると、竜舎コーナーに向かった。
トレ谷の内部は広すぎるので、徒歩で移動するのは現実的ではないのだ。
同期の女の子が、ねぼけまなこで自転車をこぎながら言った。
「昨日はあんまり寝られなかったよ。今日から初仕事だからさ」
ゼルツェンも表情が強張っていたが、気合は十分だった。
「きっとすぐに慣れるさ。競竜学校で習ったことの続きなんだから」
本番のレースはもっと先の話だ。まずは竜舎の仕事に慣れて、トレ谷のルールに馴染んで、ようやくレースだ。
それまで新人はひたすら競竜業界の基礎を学ぶことになる。
デルデはあくびをしながら、同期の隊列から最初に離れていく。
「じゃあオラの竜舎こっちだから、昼飯のときに食堂で会おうよ」
竜舎コーナーだけでかなりの広さなので、ひとり、またひとりと隊列から離脱して、あっという間にゼルツェンもプラット竜舎にたどりついた。
「なんだかんだ緊張するなぁ」
プラット竜舎には、すでに明かりがついている。ゼルツェンだって早起きだが、責任者であるプラット調教師はもっと早い。
これは負けていられないな、と対抗心を燃やしつつ、ゼルツェンは竜舎のドアを元気よく開けた。
「おはようございます、新人のゼルツェンです! よろしくお願いします!」
プラット調教師は、ばりぼりとお菓子を食べながら、ホワイトボードを手の甲で叩いた。
「いいタイミングで出勤してきたな、ゼルツェン。さっそくミーティングするぞ」
まずはミーティングからだ。
竜房の清掃から、飛竜のトレーニングまで、どのスタッフがどこを担当するのか決めていく。
ゼルツェンは新人なので、すべての仕事を均等に手伝うことになった。しばらくは現場に慣れるための雑用だ。
大変といえば大変だが、競竜学校でやっていた飛竜のお世話と同じ内容なので、適応するのは早かった。
すべての雑用のお手伝いが終わるころには、すっかり太陽も昇っていて、気温も上昇していた。
事務関連のお仕事が残っているのだが、その前に休憩時間に入った。
コーヒーを飲みながら、新人用の心得の冊子を読んでいると、プラット竜舎のドアがノックされて、来客があった。
「ごめんくださーい。回覧板を持ってきましたわ」
なんと元許嫁のティアだった。
約7年ぶりの再会が、唐突に発生してしまい、ゼルツェンはコーヒーを吹き出しかけた。
なんでこんなところにティアがと思ったら、どうやら彼女の管理する竜舎は隣だったらしい。
さーっと血の気が引いた。なんで本名を知っていそうな人物が、お隣さんなのだ。
もし正体がバレてしまったら、父の冤罪を証明できなくなる。
ゼルツェンがパニックを起こしかけている横で、プラット調教師は回覧板を受け取った。
「ティアさん、こいつがうちの新人のゼルツェンだ。下手くそだが、やる気は十分だから、なんでも雑用を押し付けてくれ」
下手くそだし、やる気があるのはそうだが、ティア竜舎の雑用を請け負うのは本名バレのリスクが高すぎる。
余計なことをしないでくれプラット先生、とゼルツェンは心の中で叫んだ。
この心配は的中であった。
ティアは、ゼルツェンの顔を、穴が開くんじゃないかと思うほど見つめた。
「どこかで見たことあるような……?」
ゼルツェンはスタッフ用の帽子を深くかぶると、やや低い声で答えた。
「いえ、今日が初対面です」
「そうですか? どうも他人の空似とは思えなくて……あなたヴァルケナンではありませんか?」
「と、とんでもない! 自分の名前はゼルツェン・ハルパーでありますっ! ただの田舎者ですから、あなたのような高貴な方と知り合うことなどありませんっっ!」
「ふーむ、ならいいのですが……?」
お隣のティア竜舎から「ティア先生、竜主さんからお電話です」とスタッフに呼ばれたので、彼女は小走りで自分の竜舎に帰っていった。
ゼルツェンは、ふーっと肩の力を抜いた。本当に危なかった。竜騎手デビュー1日目で本名がバレるところだった。
プラット調教師が、ゼルツェンの肩を強めに叩いた。
「いいか新人、いくらお隣さんが美人だからって粉かけようとするなよ。気が強いし、良いところのお嬢様だし、お前みたいな下手くそには釣り合わないからな」
そう、ティアは超絶美人に成長していた。
元々美しい少女であったが、それが凛とした美女にクラスアップしていた。
住んでいる世界が違うなぁと感じてしまうほどの気品と、なんであんな美人が芸能人じゃなくて調教師をやっているんだろうかと思ってしまうほどのスタイルの良さだ。
だからこそ落ちこぼれ世代の代表的な下手くそである自分と、すでにG1を勝った彼女が釣り合わないことなんて、わかりきった話だった。
「わかってますよ、先生。ティア竜舎のお仕事は、さっと終わらせて、さっと帰ってきますよ」
「いい心掛けだ。女にかまけてないで、仕事に集中しろ」
正論である。本名を隠し通すためには、怪しまれないことが大切なわけで、そのためには業界の空気に一秒でも早く馴染んだほうがいい。




