――第 092 幕 熱源の囲い――
骨の結晶が砕ける音が鳴る。少し開けた歪な窪地。
前方を塞ぐのは、天井まで届く赤黒い肉の襞。 太い血管が幾重にも絡み合い、微かな痙攣を繰り返している。
息を吸う。
気管支をチリチリと焼いていたサウナのような高温と腐肉の湿気が消える。 氷点下の冷気が、肺の奥底を直接刃物で抉るように突き刺さる。
息を吸い込むたび、肺の奥底に細かい砂利が沈殿していく。 「私」は左手の指先で、パジャマの第一ボタンを何度も弾く。
カチッ、カチッ。
プラスチックの微小な音が顎の骨を伝う。
背後で、金髪の男が荒い息を吐きながら、血と泥にまみれた右足を引きずる。
ズリッ、ズズッ。
靴底が骨の結晶を削り取る不快な摩擦音が、空間を震わせる。 男の口の端から、白く濁った粘着質の泡がこぼれ落ち、顎の無精髭にこびりつく。
彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
ガリッ、メキッ。
骨を噛む硬質な振動が空間のゼリーを揺らす。 泥と血と汗の発酵した臭いが、氷点下の冷気と混ざり合って膨張する。
ボタンを弾く。
カチッ。
隣で、紺色のスーツを着た女が、極度の寒さに肩を震わせている。 彼女は枯れ果てた右腕を左手で抱え込み、上下の歯を不規則なリズムで激しくぶつかり合わせる。
ガチガチガチ。
彼女の毛細血管が破裂した眼球は、赤黒く脈打つ前方の肉の壁に縫い付けられている。 彼女は自らの親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 ヨレたカーディガンを着た助手は、白濁した眼鏡の奥で瞳孔をデタラメな方向へ揺らし、虚空に向かって音素を吐き出している。
なぜ、この前方を塞ぐ巨大な肉の壁の構造を論理的に分析し、氷点下の冷気から身を守る方法を模索しないのか。 だが、息を吸い込むたびに鼻の奥へへばりつく泥と汗の発酵した悪臭が、脳細胞間のシナプスの接続を強制的に切断していく。
この不潔な臭気が邪魔だ。
気管が細かく痙攣し、まともな思考の結線が組み上がらず、ドロドロに溶け落ちていく。 それはまるで、かつて泥の底に沈めた見知らぬ死体の……いや、違う。
なんだろう、あれは。
どうでもいい。
この不快な視界の明滅の奥にある連想に、意味などあるはずがないのだ。
私は、彼らが冷気と恐怖に震え、無様に顔を引き攣らせる姿を、ただ薄目で見下ろしていた。 他人が本能に支配され、自分以上に惨めに壊れてくれればくれるほど、あの不潔な病室で暴かれた私自身の罪悪感の輪郭が相対的に曖昧に塗り潰されていく。
彼らが無力であればあるほど、自分だけはまだ「正常で、耐え忍ぶ側の人間」なのだという錯覚にすがりつくことができる。 そんな極めて卑小で醜い自己正当化の欲求が、彼らに手を差し伸べるエネルギーを根こそぎ奪い去っていくのだ。
「私」の右手のポケットの底。
完全に炭化して肉と癒着した佐渡赤玉石。 熱気と氷点下の冷気が衝突し、掌の血管から静脈を逆流する冷気が、脳髄の血管を直接凍らせていく。
胃壁が雑巾を絞るように激しく収縮し、舌の裏側に強烈な酸っぱい味が広がる。 「私」は大きく顎をずらし、過剰な唾液をゴクリと無理やり飲み下した。
この冷徹な物理的激痛に没頭していれば、自分が加害者ではなく、無力な被害者であるかのように振る舞えるという、浅ましい自己欺瞞。
左手の親指の爪で、人差し指の腹を強く引っ掻く。 ジワリと血が滲み、微かな鉄錆の味が口内に広がる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 パジャマのボタンを弾く。
カチッ、カチッ。
視神経が点滅し、網膜にザラザラとした砂嵐が走る。 氷点下の冷気と汗の発酵した悪臭がこもる空間に、ただ粘液の水音と、プラスチックの反復音だけが充満し続けていた。




