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――第 091 幕 鋭利な花園――

 チンピラの、古い汗とアンモニアが染み込んだ背中の筋肉が、歩くたびに不規則に波打っている。 「私」は、その背骨の隆起に頬を押し付け、半ば閉じた瞼の隙間から空間の光の屈折を受信する。 足元には、細断された衣服の化学繊維と、乾燥した埃が絡み合った純白の層が分厚く堆積している。 チンピラのゴム底の靴が踏み込むたび、微細な繊維が「サワッ」と無音で舞い上がる。 舞い上がった繊維が、乾燥しきった空気と共に鼻腔の奥へ侵入し、気管支の粘膜(ねんまく)にザラリと張り付く。 息を吸い込むだけで、喉の奥を細かいヤスリで擦られるような痛みが走る。 息を吸い込むたび、肺の奥底に細かい砂利が沈殿していく。 「私」は左手の指先で、パジャマの第一ボタンを何度も弾く。

 カチッ、カチッ。

 プラスチックの微小な音が顎の骨を伝う。

 周囲の壁と床から、骨と金属の残骸が剣山のように突き出している。 薄暗い空間の中で、乱反射する光の粒が網膜をチカチカと刺す。 視界の端が白く明滅し、眼球の裏側で青白い火花が弾ける。 古い汗とアンモニアの悪臭が膨張(ぼうちょう)する。 ボタンを弾く。

 カチッ。

「あ……」

 助手のひび割れた唇から、空気が漏れた。 彼は、自らの指先から噴き出す血の軌跡を見つめている。 彼は上下の歯を不規則なリズムで激しくぶつかり合わせる。

 ガチガチガチ。

 彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。

 カリッ、カリッ。

 爪が皮膚を削る。

「私」の太腿を掴む、チンピラの指の関節が鳴る。 彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。

 ガリッ、メキッ。

 骨を噛む硬質な振動が空間のゼリーを揺らす。 彼は湿った音を立て、血を流して立つ助手の真横を通り抜けた。

 右側の壁から、巨大な大腿骨の結晶が、通路の真ん中へせり出している。 チンピラは前を向いたまま、自身の左腕を硬い丸太のように突き出し、せり出した結晶の刃へ向かって力任せに叩きつけた。

 パキンッ。

 骨と結晶が砕け散る乾いた音が響く。 チンピラの左腕から、ドクドクと血が噴き出す。 血の鉄錆臭が、乾燥した埃の匂いとドロドロに混ざり合う。 彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。

 ガリッ、メキッ。

 私は、彼が自らの肉体を犠牲にして血路を切り開くのを制止し、他の合理的な回避ルートを探るべきなのだろう。 だが、息を吸い込むたびに鼻の奥へへばりつく古い汗とアンモニアの強烈な悪臭が、脳細胞間のシナプスの接続を強制的に切断していく。

 この不快な臭気が邪魔だ。

 気管が細かく痙攣(けいれん)し、まともな思考の結線が組み上がらず、ドロドロに溶け落ちていく。 それはまるで、かつて泥の底に沈めた見知らぬ死体の……いや、違う。 なんだろう、あれは。

 どうでもいい。

 この不快な視界の明滅の奥にある連想に、意味などあるはずがないのだ。

 いや、本当は違う。 私はただ、彼が私の身代わりとなって結晶に腕を叩きつけ、血を流して惨めに壊れていく様を、彼の背中の安全な位置から薄目で見下ろしていたかっただけだ。 他人が自分より先に傷つき、痛みと恐怖に喘いでくれればくれるほど、あの不潔な病室で暴かれた私自身の罪悪感の輪郭が相対的に曖昧に塗り潰されていく。 彼が血まみれになればなるほど、自分だけはまだ「正常で、守られるべき側の人間」なのだという錯覚にすがりつくことができる。 そんな極めて卑小で醜い自己正当化の欲求が、彼を止めようとするエネルギーを根こそぎ奪い去っていくのだ。

「私」は、ホッチキスで乱暴に縫合された左腕の傷口から微熱を放ちながら、小さく顎を引く。 胃壁(いへき)が雑巾を絞るように激しく収縮(しゅうしゅく)し、舌の裏側に酸っぱい味が広がる。 「私」は大きく顎をずらし、過剰な唾液(だえき)をゴクリと無理やり飲み下した。 チンピラの太い首筋から漂う、乾いた汗と安タバコのヤニ、そして生々しい血の鉄錆臭。

 この冷徹な物理的激痛(ペイン)と他人の悪臭に没頭していれば、自分が加害者ではなく、無力な被害者であるかのように振る舞えるという、浅ましい自己欺瞞。

 左手の親指の爪で、人差し指の腹を強く引っ掻く。 ジワリと血が滲み、微かな鉄錆の味が口内に広がる。

 カリッ、カリッ。

 爪が皮膚を削る。 パジャマのボタンを弾く。

 カチッ、カチッ。

「私」は、彼の首筋の熱と悪臭に深く顔を埋めた。 乾燥した埃の匂いと古い汗の悪臭がこもる空間に、ただ骨が砕ける音と、プラスチックの反復音だけが充満し続けていた。


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