――第 078 幕 腐肉と芳香――
紺色のスーツを着た警官の爪の裏側に、どす黒い赤が張り付いている。 彼女は床の肉に座り込み、自らの制服を汚した赤い液体を見つめる。 親指と人差し指の腹で執拗に擦り合わせる。
ズリッ、ズリッ。
落ちない。 ブヨブヨとした床の肉から黄色い粘液が「ジュワッ」と滲み出し、ストッキングを濡らす。 彼女は自らの親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 何日も炎天下に放置された生ゴミと、焦げた髪の毛の臭いがドロドロに混ざり合い、鼻腔にべっとりと張り付く。 息を吸い込むたび、肺の奥底に細かい砂利が沈殿していく。 「私」は左手の指先で、パジャマの第一ボタンを何度も弾く。
カチッ、カチッ。
プラスチックの微小な音が顎の骨を伝う。
「脂質と糖質の加熱臭……メイラード反応……」
ヨレたカーディガンを着た助手の口元から、ドロリとした透明な唾液が糸を引いて白衣の襟へと落ちる。 視界の端が白くチカチカと明滅し、眼球の裏側で青白い火花が弾ける。 彼は上下の歯を不規則なリズムで激しくぶつかり合わせる。
ガチガチガチ。
生ゴミの悪臭の底から、甘ったるい加熱臭が重く這い上がってくる。 ボタンを弾く。
カチッ。
この異常な加熱臭の発生源と、それに誘発される彼らの行動原理を論理的に分析すべきなのだろう。 だが、息を吸い込むたびに鼻の奥へへばりつく生ゴミと焦げた髪の毛の強烈な悪臭が、脳細胞間のシナプスの接続を強制的に切断していく。
この不潔な臭気が邪魔だ。
気管が細かく痙攣し、まともな思考の結線が組み上がらず、ドロドロに溶け落ちていく。 それはまるで、かつて泥の底に沈めた見知らぬ死体の……いや、違う。 なんだろう、あれは。
どうでもいい。
この不快な視界の明滅の奥にある連想に、意味などあるはずがないのだ。
金髪の男が、ふらふらと奥へ向かって歩き出す。 助手が、靴底にこびりついた粘液を「ネチャ、ネチャ」と鳴らしながら足を引きずって続く。 床に座り込んでいた警官が鼻を引くつかせ、立ち上がって歩き始める。 男は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
ガリッ、メキッ。
骨を噛む硬質な振動が空間のゼリーを揺らす。 排泄物の臭気が膨張する。 甘ったるい匂いと排泄物の臭気が混ざり合う。 「私」は口を開く。
口蓋に溜まった苦い唾液が気管に絡み、「ガハッ」という空気が漏れる摩擦音だけが鳴る。
男が、通路の突き当たりにある赤黒い筋肉の括約筋の前に立つ。 彼は口の端から涎を垂らし、その筋肉の隙間に指をねじ込み、左右へ引き裂く。
裂開。
筋肉の繊維が引きちぎられる湿った摩擦音。 そこから、濃厚な湯気と熱気が通路へと溢れ出してくる。
生ゴミと排泄物の悪臭がこもる空間に、ただ粘液の水音と、プラスチックの反復音だけが充満し続けていた。




