――第 073 幕 暴力の報酬――
重く湿った蠕動を繰り返す腸管めいた通路を抜け、下り勾配の窪みへと転がり込む。 壁の赤黒い肉が、絶えず微細な痙攣を繰り返している。
ギュルル……、キュルル……。
大量の液体が細い管を無理やり通り抜けるような腹鳴が、床から脛の骨を直接揺らす。 足元の床。 黒く変色してドロドロに溶けかけた革靴の片割れが、黄色い粘液の中に半ば沈んでいる。 サウナのような熱気。 胃酸の酸っぱさと、腐敗した排泄物の臭いがドロドロに混ざり合い、鼻腔の粘膜にべっとりと張り付く。 息を吸い込むたび、肺の奥底に細かい砂利が沈殿していく。 「私」は左手の指先で、パジャマの第一ボタンを何度も弾く。
カチッ、カチッ。
プラスチックの微小な音が顎の骨を伝う。
金髪の男が、先端のひしゃげた鉄パイプを床の肉に突き立て、それに全体重を預けている。 彼が肩で荒い息をするたび、返り血として浴びた黄色い体液が蒸発し、むせ返るような強烈なアンモニア臭が膨張する。 彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
ガリッ、メキッ。
骨を噛む硬質な振動が空間のゼリーを揺らす。 視界の端が白くチカチカと明滅し、眼球の裏側で青白い火花が弾ける。 ボタンを弾く。
カチッ。
壁の「ギュルル」という消化音が、粘り気のある空気を震わせる。 助手の顔面が痙攣した。 ひび割れた眼鏡の奥で、眼球が不規則なリズムで激しく左右に揺れる。 彼は上下の歯を激しくぶつかり合わせる。
ガチガチガチ。
彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 声帯が引き攣り、空気が細く漏れた。
「……た、助かった……」
極細の、掠れた摩擦音が空間に落ちる。 金髪の男の顔の筋肉が弛緩し、喉の奥から「ヒッ、ヒヒッ」という湿った排気音が漏れた。 彼の下腹部へ急速に血液が集中し、太腿の筋肉が微細に痙攣する。 男は爪を噛む。
カリッ。
アンモニアの臭気が鼻腔を塞ぐ。
彼らがこの一時の停滞を「安全」だと錯覚し、なぜあのように無防備に弛緩しているのか。 その心理的メカニズムを論理的に分析し、次なる脅威への警戒を促すべきなのだろう。 だが、息を吸い込むたびに鼻の奥へへばりつく排泄物とアンモニアの強烈な悪臭が、脳細胞間のシナプスの接続を強制的に切断していく。
この不潔な臭気が邪魔だ。
気管が細かく痙攣し、まともな思考の結線が組み上がらず、ドロドロに溶け落ちていく。 それはまるで、かつて泥の底に沈めた見知らぬ死体の……いや、違う。 なんだろう、あれは。
どうでもいい。
この不快な視界の明滅の奥にある連想に、意味などあるはずがないのだ。
いや、本当は違う。 私はただ、彼らが極限の恐怖から解放されて無様に安堵し、泥の中で自制心を失ってへたり込む姿を、静かに見下ろしていたかっただけだ。 他人が論理を手放し、自分以上に惨めに壊れてくれればくれるほど、あの不潔な病室で暴かれた私自身の罪悪感の輪郭が相対的に曖昧に塗り潰されていく。 彼らが弱く愚かであればあるほど、自分だけはまだ「正常で、力のある側の人間」なのだという錯覚にすがりつくことができる。 そんな極めて卑小で醜い自己正当化の欲求が、彼らに声をかけ、共に生き残ろうと結束するエネルギーを根こそぎ奪い去っていくのだ。
「私」は大きくずれた顎を元に戻し、耳抜きをした。 右手のポケットの底で、完全に炭化して肉と癒着した佐渡赤玉石の鋭い角を握り直す。 絶対零度の冷気が掌の血管から静脈を逆流し、脳髄の血管を直接凍らせていく。 胃壁が雑巾を絞るように激しく収縮し、舌の裏側に強烈な酸っぱい味が広がる。 「私」は過剰な唾液をゴクリと無理やり飲み下した。
この冷徹な物理的激痛に没頭していれば、自分が加害者ではなく、無力な被害者であるかのように振る舞えるという、浅ましい自己欺瞞。
左手の親指の爪で、人差し指の腹を強く引っ掻く。 ジワリと血が滲み、微かな鉄錆の味が口内に広がる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 パジャマのボタンを弾く。
カチッ、カチッ。
サウナのような熱気と排泄物の悪臭がこもる空間に、ただ粘液の水音と、プラスチックの反復音だけが充満し続けていた。




