――第 070 幕 凝固する喉――
赤錆の浮いた配管の奥で、何かが詰まったような極めて湿った異音がした。 四十度前後の生ぬるい大気の中で、蛇口の先端から無色透明な液体が流れ落ちる。 サウナのような熱風と、古い血の鉄錆臭が空間に分厚く澱む。 息を吸い込むたび、肺の奥底に細かい砂利が沈殿していく。 「私」は左手の指先で、パジャマの第一ボタンを何度も弾く。
カチッ、カチッ。
プラスチックの微小な音が顎の骨を伝う。
金髪の男の眼球の毛細血管が赤く染まり、まぶたの筋肉が限界まで引き上げられる。 彼の首の皮膚の下で、喉の筋肉が不規則に上下に動いた。 視界の端が白くチカチカと明滅する。 彼は激しく震える両手をすり鉢状に組み合わせ、流れ落ちるその液体をすくい上げる。 彼は自らの親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
ガリッ、メキッ。
骨を噛む硬質な振動が空間のゼリーを揺らす。 ボタンを弾く。
カチッ。
彼は、泥と他人の黄色い体液で汚れた顔面をその手に埋め、一気に口の中へ流し込んだ。 強烈なアンモニアの臭いが膨張する。
この配管から出る無色透明な液体の成分を論理的に分析し、彼に警告を発すべきなのだろう。 だが、息を吸い込むたびに鼻の奥へへばりつく古い血の鉄錆臭とアンモニアの悪臭が、脳細胞間のシナプスの接続を強制的に切断していく。
この不潔な臭気が邪魔だ。
気管が細かく痙攣し、まともな思考の結線がドロドロに溶け落ちていく。 それはまるで、かつて泥の底に沈めた見知らぬ死体の……いや、違う。 なんだろう、あれは。 どうでもいい。 この不快な視界の明滅の奥にある連想に、意味などあるはずがないのだ。
「私」は、数歩離れた場所で、サイズの合わない革靴を粘液の床に沈めたまま止めている。 右手のポケットの底。 完全に炭化して肉と癒着した佐渡赤玉石が、絶対零度の鋭い冷気を放ち続けている。 掌の血管から静脈を逆流する冷気が、胃壁を雑巾を絞るように激しく収縮させる。 眼球の裏側で微小な火花が弾ける。 「私」は大きくずらした顎を戻し、過剰な唾液をゴクリと飲み下した。
私は彼を止め、この得体の知れない液体から引き離すべきなのだろう。 だが、私はただ薄目を細め、彼が渇きに狂って未知の液体を貪り、無様にのたうち回る様を静かに見下ろしていた。 他人が本能に支配され、惨めに壊れてくれればくれるほど、あの不潔な病室で暴かれた私自身の罪悪感の輪郭が相対的に曖昧に塗り潰されていく。 彼らが異常であればあるほど、自分だけはまだ「正常で、力のある側の人間」なのだという錯覚にすがりつくことができる。 そんな極めて卑小で醜い自己正当化の欲求が、彼らに手を差し伸べるエネルギーを根こそぎ奪い去っていく。
左手の親指の爪で、人差し指の腹を強く引っ掻く。 ジワリと血が滲み、微かな鉄錆の味が口内に広がる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 ボタンを弾く。
カチッ、カチッ。
男の筋肉の動きが、不自然に停止した。 喉の奥へ液体を送り込もうとした彼の首の筋肉が、途中で奇妙に引き攣って固定されている。 首の皮膚が不自然に隆起し、青黒い静脈がミミズのように浮き上がった。 直後。 眼球の白目の部分で、赤い毛細血管がブチブチと弾け飛ぶ。 空気が極端に狭い気道を漏れ出るような濁った摩擦音が鳴る。
「ガハッ……! グボォッ!」
口から透明な粘液の塊がゴボゴボと溢れ出す。 彼は自らの首を両手の爪で激しく掻きむしり、洗面台のシンクに上半身を乗り出した。 首筋の皮膚が深く裂け、赤黒い血が滲み出る。 古い血の鉄錆臭が四十度の熱風に乗って濃度を増す。 彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。
視神経がチカチカと点滅し、網膜にノイズが走る。 この冷徹な物理的激痛に没頭していれば、自分が加害者ではなく、無力な被害者であるかのように振る舞えるという、浅ましい自己欺瞞。 四十度を超える熱気と鉄錆の悪臭がこもる空間に、ただ粘液の滴る水音と、プラスチックの反復音だけが充満し続けていた。




