――第 038 幕 赤い石の静寂――
白濁した振動が、頭蓋骨の裏側を直接削り続けている。 奥歯の銀の詰め物が高熱を持ち、口腔内の粘膜をチリチリと焼き焦がす。
タンパク質が焦げる臭いと、微細な毛細血管が破裂した鉄錆の味が唾液に混ざり、喉の奥へとドロリと流れ込んでいく。 視界全体が、ザラザラとした砂嵐となって明滅を繰り返す。 三半規管内の体液がデタラメな方向に波打ち、上下の座標がドロリと溶け落ちる。
左手の指先で、パジャマの第一ボタンを何度も弾く。
カチッ、カチッ。
プラスチックの微小な音が顎の骨を伝う。 足元のカーペット。 紺色のスーツを着た警官が自らの爪で両耳の穴を深く抉り、その横で助手の首の筋肉が異常な速度で収縮と弛緩を反復している。
彼らの耳から溢れ出した生温かい血が、「私」のサイズの合わない革靴の底をヌルリと濡らした。 ボタンを弾く。カチッ。
この致死的な周波数の発生源と対抗策を論理的に分析すべきなのだろう。 だが、息を吸い込むたびに鼻の奥へへばりつく生温かい血の匂いと、口内に広がる鉄錆の味が、脳細胞間のシナプスの接続を強制的に切断していく。
この臭気と味が邪魔だ。
気管が細かく痙攣し、まともな思考の結線がドロドロに溶け落ちていく。 それはまるで、かつて泥の底に沈めた見知らぬ死体の……いや、違う。 なんだろう、あれは。
どうでもいい。
この不快な極彩色の明滅の奥にある連想に、意味などあるはずがないのだ。
胃壁が激しくねじれ、冷たい胃液が食道を逆流しかける。 右手のズボンのポケットに突っ込んでいた指先。 氷塊のように冷え切っていたはずの佐渡赤玉石の札が、溶接機から火花を散らした直後の鉄塊のような、純粋な高熱を放ち始めている。
熱傷。
ズボンのポケットの内張りが瞬時に焦げ、黒い煙が上がる。 「私」は大きく顎をずらし、その焼け焦げる石の塊を、右の手のひらで力任せに握りしめ、空間へと引き抜いた。
蒸発。
外の空気に触れた瞬間、石から爆発的な熱波が放射される。 石が掌の肉を溶かし、熱量に変換して吐き出している。 掌の皮膚が一瞬にして炭化し、剥がれ落ちる。
皮下脂肪が熱でドロドロに融解し、石の表面にへばりついて黄色い微細な気泡を立てて沸騰する。 チリ、チリチリ……。 脂が焦げる音が鳴る。
神経の束を直接ペンチで引き抜かれるような、鋭利な痛覚が脳髄を切り裂く。 「私」の口から「あぐっ」と、濁った呼気が漏れる。
痛い。
だが、この純粋な物理的激痛に没頭していれば、あの病室で突きつけられた自らの罪から目を背け、自分が被害者であるかのように振る舞える。 焼け焦げる激痛を自らに科すことによる、ただの自己欺瞞の防衛本能。 その生々しい痛覚だけが、視界の端で明滅する世界の中で、「私」の意識をかろうじて肉体へ強引に縫い留めている。
左手でボタンを弾く。
カチッ。カチッ。
石から放たれた熱線が、空間を満たしていたゼリー状の空気と、鼓膜を削る周波数を一瞬にして焼き払った。
真空。
鼓膜を内側から引き裂こうとしていた高周波と重低音が、唐突に途絶える。 鼓膜が外側に引っ張られ、張り付くような静寂。 自分の心臓が血液を送り出す「ドクン、ドクン」という重い拍動すら、分厚い水槽のガラス越しに遠く聞こえる。
鼻腔の奥に、脂の焦げた香ばしい獣臭だけが、べったりと張り付いている。 静寂の中、通路を塞いでいた数十の肉袋たちの表面が波打った。
収縮。
石が放つ高熱に、彼らの体を構成するタンパク質が変色しながら縮み上がっていく。 のっぺらぼうの表面がドス黒く変色し、丸い体は座席や壁の方へと、ズルズルと後ずさっていく。 床にこびりついていた彼らの足の裏の突起が引き剥がされる、粘着質な水音だけが、無音の空間に微かに響く。
ボタンを弾く。カチッ。
「私」は、猫背のまま立ち尽くす。 右手の掌は完全に焼け焦げ、指を少し動かすたびに「ピリッ」とひび割れた皮膚から血が滲み、石の熱でジュッと沸騰する。 タンパク質の焦げる臭い。
大きくずらした顎を戻し、熱で乾燥しきった喉から、掠れた摩擦音を絞り出した。
「……下がれ」
声帯の震えは弱く、掠れていた。 だが、その呼気は、完全な静寂に支配された三十七度の生温かい空間に、重い摩擦音となって落ちていった。 これは彼らを守り、空間を支配する怪物を退けるための勇敢な一言などではない。
これ以上、周囲の者たちが狂気に沈み、理性を手放してしまえば、あの不潔な病室で暴かれた自分自身の罪悪感を押し隠し、自分だけが「正常な側の人間」だと錯覚することができなくなる。 だからこれ以上壊れるな、私の安寧を脅かすなという、ただの卑小で利己的な命令だった。
左手の親指の爪で、人差し指の腹を強く引っ掻く。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 肉が焦げる臭いと、プラスチックの反復音だけが、真空のような車内に充満し続けていた。




