――第 022 幕 溶接された正義――
ゼリー状に澱んだ車内の空気が、急速に生温かい熱を帯びて膨張している。 息を吸うたび、気管支の粘膜が細かい砂利で削られるようにチリチリと痛む。 足元のカーペットは、床下の奥深くで巨大な臓器が脈打つリズムに合わせて、ドクン、ドクンと不規則に波打っていた。
その低周波の震動が、サイズの合わない革靴の底から脛の骨を伝い、胃の底に溜まった未消化物を直接揺さぶる。 左手の指先で、パジャマの第一ボタンを何度も弾く。
カチッ、カチッ。
プラスチックの微小な音が顎の骨を伝う。
天井の赤い非常灯が明滅する中、数十の肉袋たちが、狭い通路を完全に塞ぐようにして距離を詰めてきていた。 三十七度の微熱を持った圧倒的な肉の質量。 その前に、紺色のパンツスーツが動いた。
摩擦。
腰のホルスターのフラップが弾け、黒光りする回転式拳銃が抜かれる。 硬い鋼鉄のグリップを握りしめる彼女の指の関節は、血の気が失せて白く変色している。 額の毛穴からは、ドロリとした生温かい水分が絶え間なく滲み出し、顎を伝って汚れた襟元へ落ちていた。 パジャマのボタンを弾く。
カチッ。
彼女の口から、空気を引き裂くような音声波形が発せられる。 それは法に基づく警告か、それとも恐怖からの祈りか。 だが、その音声波形は分厚いゼリー状の空気に物理的に押し潰され、不規則な高周波へとひしゃげて裏返る。 銃口が肉袋へ向けられる。
トリガーは引かれない。
銃の表面に、水分を含んだ分厚い肉の弾力がまとわりつく。 冷たい金属の塊が、生温かい肉の床にズルリと沈み込み、周囲の肉と同化して黄色い気泡を立てている。 それはまるで、かつて泥の底に沈めた見知らぬ臓器の……いや、違う。
なんだろう、あれは。 どうでもいい。 この不快な視界の明滅の奥にある連想に、意味などあるはずがないのだ。
大きく顎の関節をずらし、過剰な唾液をゴクリと飲み下す。
後方の暗がりから、乾燥した砂利を擦り合わせるような数式の羅列が重なって響く。 警官の奥歯が不規則なリズムでぶつかり合い、カーペットの水分を吸って重くなった両膝が床に落ちた。 乾燥した上皮組織が細かく引き攣り、焦点の合わない瞳孔が、床で黄色い粘液に沈みゆく銃の残骸に縫い付けられている。
私は、彼女の心が折れ、武器が肉に飲み込まれる異常な物理法則を論理的に分析するべきなのだろう。 だが、息を吸い込むたびに足元から立ち上るカビと排泄物の臭いが、脳細胞間のシナプスの接続を強制的に切断していく。
臭気が邪魔だ。
気管が細かく痙攣し、まともな思考がドロドロに溶け落ちていく。 「私」は、右手のポケットの底へ指を押し込む。
熱傷。
佐渡赤玉石の札が、爆発的な熱を発し、掌の皮膚を焼き焦がしている。 融けた皮下脂肪が石の表面で沸騰する臭いが、車内に充満するカビと排泄物の臭いを強引に上書きしていく。 焼け焦げる肉の激痛だけが、網膜の裏側でチカチカと明滅する空間の揺らぎを強引に押さえ込み、意識を肉体に縫い留めている。
私は、この絶望的な状況を打破し、彼女を助けるために自らの肉体を焼いているわけではない。 ただ、目の前で権力の象徴を失って崩れ落ちる女の無様な姿を傍観することで、あの病室で暴かれた自分自身の不潔な過去から目を背けたかったのだ。 他人が自分以上に惨めに壊れていけば、自分の罪の輪郭が相対的に曖昧に塗り潰される。 そんな極めて卑小で醜い自己保身の欲求が、彼女に手を差し伸べるエネルギーを根こそぎ奪い去っていく。 左手でパジャマのボタンを弾く。
カチッ。カチッ。
三十七度の生温かい空気の中で、ただ肉の焦げる悪臭とプラスチックの反復音だけが充満していた。




