――第 136 幕 異常な行列――
果てしなく続く灰色のコンコース。 白く粉を吹いたコンクリートの床を削り取る無数の革靴の摩擦音。 背中には、骨が砕けた右足をぶら下げた男の重く湿った肉塊。 左腕の、錆びたホッチキスで乱暴に縫合された裂傷が、重力でミシミシと引き攣れる。 右手の掌には、完全に癒着した石札の微熱と、警官と助手を繋いだ革ベルトが食い込む。
ザッ、ザッ、ザッ。
グレーのウールスーツが擦れ合う「カサ、カサカサ」というノイズが、空気を震わせる。 インクが酸化した酸っぱい臭いと、カビた紙の甘い臭気が、極度に乾燥した空気の中で濃縮され、気管支の粘膜にザラザラと張り付く。 息を吸い込むたび、肺の奥底に細かい砂利が沈殿していく。 「私」は左手の指先で、パジャマの第一ボタンを何度も弾く。
カチッ、カチッ。
プラスチックの微小な音が顎の骨を伝う。
これほど密集しているのに、誰も「私」たちにぶつからない。 「私」の右足が、前のグレーのスーツの靴の踵が床から離れた座標に、数ミリの狂いもなく着地する。 左足が続く。 腹の裂け目から漏れる「ブツブツ」という低周波のノイズに合わせて、肺郭が収縮する。 視界の端が白くチカチカと明滅し、眼球の裏側で青白い火花が弾ける。 インクの酸っぱい臭気が膨張する。 ボタンを弾く。
カチッ。
右手に握られたベルトの先で、警官と助手が歩いている。 彼らの瞳孔は散大し、明滅する青白い蛍光灯の光を反射する。 背中に張り付いた男の浅い呼吸音が耳元を撫でる。 ウールの擦れる摩擦音が巨大な砂嵐となって耳の穴を塞ぐ。 「私」は自らの親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。
なぜ私は、この狂った首なしの行列に寸分の狂いもなく同調し、機械的な歩幅を刻み始めているのか。 その身体の反射と空間の同化プロセスを論理的に分析し、直ちに軌道を外れるべきなのだろう。 だが、息を吸い込むたびに鼻の奥へへばりつく酸化したインクの酸っぱい臭いとカビた紙の甘い臭気が、脳細胞間のシナプスの接続を強制的に切断していく。
この不潔な臭気が邪魔だ。
気管が細かく痙攣し、まともな思考の結線が組み上がらず、ドロドロに溶け落ちていく。 それはまるで、かつて泥の底に沈めた見知らぬ死体の……いや、違う。 なんだろう、あれは。
どうでもいい。
この不快な視界の明滅の奥にある連想に、意味などあるはずがないのだ。
私は、背中に負った男や、ベルトで引く彼らを見捨てずに、共に脱出するために歩みを進めているのだろうか。 いや、本当は違う。 私はただ、この終わらない行進の中で、自らの意志で歩くことを完全に放棄し、前の背中と同じ動きを反復するだけの空っぽの『部品』になり下がることで、あの不潔な病室で暴かれた私自身の罪悪感の輪郭を相対的に曖昧に塗り潰していたかっただけだ。 彼らという重荷を引きずり、物理的な痛みに耐えていればいるほど、自分だけはまだ「正常で、自らの意志で歩を進めている側の人間」なのだという錯覚にすがりつくことができる。 そんな極めて卑小で醜い自己正当化の欲求が、この行列から外れようとするエネルギーを根こそぎ奪い去っていくのだ。
ドンッ。
不規則な振動が床を走り、隣を並んで歩いていたグレーのスーツの肩が、「私」の肩に激突した。 「私」の頸椎が沈み、頭部が斜め下へ下がる。 相手のスーツも、腹の縦の裂け目から「……すいません」と湿った空気を漏らして、体を半歩ずらす。
「私」の胃壁が雑巾を絞るように激しく収縮し、舌の裏側に強烈な酸っぱい味が広がる。 「私」は大きくずらした顎を戻し、過剰な唾液をゴクリと無理やり飲み下した。
この冷徹な物理的激痛と息苦しさに没頭していれば、自分が加害者ではなく、無力な被害者であるかのように振る舞えるという、浅ましい自己欺瞞。
左手の親指の爪で、人差し指の腹を強く引っ掻く。 ジワリと血が滲み、微かな鉄錆の味が口内に広がる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 パジャマのボタンを弾く。
カチッ、カチッ。
視神経が点滅し、網膜にザラザラとした砂嵐が走る。 心臓の拍動が、周囲の足音と同期し、「ドクン……ドクン……」と鳴る。 痛む左腕の傷も、背中に食い込む男の体温も、ベルトを引く肩の軋みも、カビの悪臭と混ざり合う。
「私」の頸椎が傾き、斜め下四十五度で固定される。 背中が丸まり、歩幅が数センチ縮む。 目の前を歩くグレーのスーツの歩行姿勢と一致する。 乾燥しきったコンコースの空気の中へ、透明な唾液がポタリと零れ落ち、床の白く粉を吹いたコンクリートに黒い染みを作った。
インクの酸っぱい臭いとカビた紙の悪臭がこもる空間に、ただ無数の足音と、プラスチックの反復音だけが充満し続けていた。




