――第 111 幕 鉄の軋みとウールの壁――
足元から、激しい縦揺れが突き上げてくる。
ガタン、ゴトン。
鉄の車輪がレールを削り取る鋭い高周波が、鼓膜を直接突き破る。 前後左右を隙間なく囲むグレーのウールスーツの壁が、不規則なリズムで一斉に傾き、「私」の肋骨をミシミシと圧迫する。 インクが酸化した酸っぱい臭いと、何日も洗われていない頭皮の古い皮脂の悪臭が、気管支の粘膜にべっとりと張り付く。 息を吸い込むたび、肺の奥底に細かい砂利が沈殿していく。 「私」は左手の指先で、パジャマの第一ボタンを何度も弾く。
カチッ、カチッ。
プラスチックの微小な音が顎の骨を伝う。
前方に挟まれた助手の首が、不自然な角度で折れ曲がっている。 酸で爛れた顔面のピンク色の肉芽が、ウール生地の摩擦で削り取られ、黄色い体液が滲み出している。 彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 彼は上下の歯を不規則なリズムで激しくぶつかり合わせる。
ガチガチガチ。
視界の端が白くチカチカと明滅し、眼球の裏側で青白い火花が弾ける。 インクの臭気が膨張する。 ボタンを弾く。
カチッ。
右斜め後ろの金髪の男の口から、白く濁った粘着質の泡が絶え間なく溢れ出し、隣の首なし男のスーツをドロドロに汚している。 彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
ガリッ、メキッ。
骨を噛む硬質な振動が空間のゼリーを揺らす。 紺色のスーツを着た警官の枯れた右腕が、「私」のコートの背中に硬く押し付けられている。 彼女の喉から、千切れた笛のような摩擦音が鳴る。 彼女は自らの親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
カリッ、カリッ。
古い血の鉄錆臭とカビた紙の匂いがドロドロに混ざり合う。 視神経が点滅し、網膜にザラザラとした砂嵐が走る。
なぜこの異常な満員電車の中で、私は彼らがウールの壁に圧殺されていくのを見過ごしているのか。 この空間の物理的構造と、彼らの精神崩壊の相関関係を論理的に分析し、何らかの打開策を見出すべきなのだろう。 だが、息を吸い込むたびに鼻の奥へへばりつくインクの酸っぱい臭いと古い皮脂の悪臭が、脳細胞間のシナプスの接続を強制的に切断していく。
この不快な臭気が邪魔だ。
気管が細かく痙攣し、まともな思考の結線が組み上がらず、ドロドロに溶け落ちていく。 それはまるで、かつて泥の底に沈めた見知らぬ死体の……いや、違う。 なんだろう、あれは。
どうでもいい。
この不快な視界の明滅の奥にある連想に、意味などあるはずがないのだ。
いや、本当は違う。 私はただ、彼らが極度の圧迫と悪臭の中で限界を迎え、無様に涎を垂らして壊れていく様を、薄目で見下ろしていたかっただけだ。 他人が尊厳を失い、自分以上に惨めに壊れてくれればくれるほど、あの不潔な病室で暴かれた私自身の罪悪感の輪郭が相対的に曖昧に塗り潰されていく。 彼らが弱く惨めであればあるほど、自分だけはまだ「正常で、耐え忍ぶ側の人間」なのだという錯覚にすがりつくことができる。 そんな極めて卑小で醜い自己正当化の欲求が、彼らを助け出そうとするエネルギーを根こそぎ奪い去っていくのだ。
胃壁が雑巾を絞るように激しく収縮し、舌の裏側に強烈な酸っぱい味が広がる。 「私」は大きくずらした顎を戻し、過剰な唾液をゴクリと無理やり飲み下した。
この冷徹な物理的激痛と息苦しさに没頭していれば、自分が加害者ではなく、無力な被害者であるかのように振る舞えるという、浅ましい自己欺瞞。
右手のポケットの底。 完全に炭化して肉と癒着した佐渡赤玉石が、チリチリと微熱を放っている。 焦げた肉の香ばしい悪臭が、インクと皮脂の臭気と衝突する。 左手の親指の爪で、人差し指の腹を強く引っ掻く。 ジワリと血が滲み、微かな鉄錆の味が口内に広がる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 パジャマのボタンを弾く。
カチッ、カチッ。
インクの酸っぱい臭いと古い皮脂の悪臭がこもる空間に、ただ鉄の軋む音と、プラスチックの反復音だけが充満し続けていた。




