――第 106 幕 収縮する乾燥路――
サイズの合わない革靴が踏みしめる足元の床から、完全に水分が抜け落ちた。
パサッ、ギシッ。
ひび割れた土壁のような表面が、体重をかけるたびに砕ける。 極度に乾燥した土埃と、古い血の鉄錆臭が、逃げ場のない空間で巻き上がる。 気管支の粘膜が細かい砂利で削られるようにチリチリと痛む。 息を吸い込むたび、肺の奥底に細かい砂利が沈殿していく。 「私」は左手の指先で、パジャマの第一ボタンを何度も弾く。
カチッ、カチッ。
プラスチックの微小な音が顎の骨を伝う。
ギチチ……、ギチチ……。
周囲を囲む黄土色の壁が、鈍い摩擦音を立てて迫り出してくる。 管の直径が狭まる。 空間の体積が削り取られ、四人の肉体が強制的に中央へと押し集められる。 視界の端が白くチカチカと明滅し、眼球の裏側で青白い火花が弾ける。 乾燥した土埃の匂いと、発酵した汗の悪臭が膨張する。 ボタンを弾く。
カチッ。
「……ッ」
前を歩く助手の肩が、不規則に上下する。 彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 紺色のスーツを着た警官の枯れた右腕が、「私」のコートの袖に擦れる。 彼女は上下の歯を不規則なリズムで激しくぶつかり合わせる。
ガチガチガチ。
彼女は自らの親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
カリッ、カリッ。
アンモニアの悪臭が鼻腔を塞ぐ。 視神経が点滅し、網膜にザラザラとした砂嵐が走る。
金髪の男の背骨が、「私」の胸元に迫る。 彼の口の端から垂れ下がった白く濁った粘着質の泡が、硬く乾燥して顎の無精髭にこびりついている。 彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
ガリッ、メキッ。
骨を噛む硬質な振動が頭蓋骨に響く。
なぜこの壁が迫ってくるのか、空間の物理的な収縮率と脱出経路を論理的に計算すべきなのだろう。 だが、息を吸い込むたびに鼻の奥へへばりつく極度に乾燥した土埃と発酵した汗の悪臭が、脳細胞間のシナプスの接続を強制的に切断していく。
この不潔な臭気が邪魔だ。
気管が細かく痙攣し、まともな思考の結線が組み上がらず、ドロドロに溶け落ちていく。 それはまるで、かつて泥の底に沈めた見知らぬ死体の……いや、違う。 なんだろう、あれは。
どうでもいい。
この不快な視界の明滅の奥にある連想に、意味などあるはずがないのだ。
私は、彼らが壁に押し潰されようとしているのを見かねて、何か言葉をかけ、連携を図ろうとしているのだろうか。 いや、本当は違う。 私はただ、彼らが極度の乾燥と圧迫にパニックを起こし、無様に身を縮めて怯える様を、薄目で見下ろしていたかっただけだ。 他人が限界を迎え、自分以上に惨めに壊れてくれればくれるほど、あの不潔な病室で暴かれた私自身の罪悪感の輪郭が相対的に曖昧に塗り潰されていく。 彼らが弱く惨めであればあるほど、自分だけはまだ「正常で、冷静な側の人間」なのだという錯覚にすがりつくことができる。 そんな極めて卑小で醜い自己正当化の欲求が、彼らを助けようとするエネルギーを根こそぎ奪い去っていくのだ。
「私」の右手のポケットの底。 完全に炭化して肉と癒着した佐渡赤玉石が、チリチリと微熱を放っている。 焦げた肉の香ばしい悪臭が、土埃の匂いと衝突する。 胃壁が雑巾を絞るように激しく収縮し、舌の裏側に強烈な酸っぱい味が広がる。 「私」は大きくずらした顎を戻し、過剰な唾液をゴクリと無理やり飲み下した。
この冷徹な物理的激痛と息苦しさに没頭していれば、自分が加害者ではなく、無力な被害者であるかのように振る舞えるという、浅ましい自己欺瞞。
左手の親指の爪で、人差し指の腹を強く引っ掻く。 ジワリと血が滲み、微かな鉄錆の味が口内に広がる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 パジャマのボタンを弾く。
カチッ、カチッ。
極度に乾燥した土埃の匂いと発酵した汗の悪臭がこもる空間に、ただ壁が軋む音と、プラスチックの反復音だけが充満し続けていた。




