――第 105 幕 罪の残り香――
背後で、分厚い肉の襞が重なり合う。
「ゴゥン」という鈍い音が響いた。
巨大な弁が完全に閉鎖され、肉袋の中身が吸い尽くされる「ジュルルル」という吸引音が遮断される。 前方の空間から気流が流れ込む。 水飴のように肺にへばりついていた空気が薄れる。
「私」は大きく息を吸い込んだ。
萎縮していた肺胞が一気に膨張し、寸法の足りない肋骨が内側からミシミシと軋む。 湿った土とメタンガス、血の鉄錆臭がドロドロに混ざった空気が、気管支の粘膜にべっとりと張り付く。
息を吸い込むたび、肺の奥底に細かい砂利が沈殿していく。 「私」は左手の指先で、パジャマの第一ボタンを何度も弾く。
カチッ、カチッ。
プラスチックの微小な音が顎の骨を伝う。
「私」の胃壁が雑巾を絞るように激しく収縮し、舌の裏側に強烈な酸っぱい味が広がる。 「私」は大きくずらした顎を戻し、過剰な唾液をゴクリと無理やり飲み下した。 四肢の末端に、ドクンと血流が戻る。
視界の端が白くチカチカと明滅し、眼球の裏側で青白い火花が弾ける。 血の鉄錆臭が膨張する。 ボタンを弾く。
カチッ。
「……」
ひどく掠れた摩擦音が静寂を破った。 助手の顔面を覆うピンク色の肉芽が、ヒクヒクと一斉に開閉している。 彼の唇は弧を描き、顔面の筋肉が不規則に痙攣している。 彼は上下の歯を不規則なリズムで激しくぶつかり合わせる。
ガチガチガチ。
彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。
紺色のスーツの女は、自らの左手の人差し指を凝視していた。 割れた爪の隙間から、赤い血がジワリと滲んでいる。 彼女は、泥だらけになった制服の裾で、何度も何度も指を擦り続けていた。
ゴシッ、ゴシッ。
布の繊維が皮膚を削り、赤く薄皮が剥ける。 彼女は上下の歯を不規則なリズムで激しくぶつかり合わせる。
ガチガチガチ。
彼女は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
カリッ、カリッ。
「……、……」
壁に背中を預けたチンピラが、濁った排気音をこぼす。 彼は自身の親指の爪を犬歯で激しく噛みちぎる。
ガリッ、メキッ。
骨を噛む硬質な振動が空間のゼリーを揺らす。 視神経が点滅し、網膜にザラザラとした砂嵐が走る。 彼は床に向かって、空気を押し出す。
「ペッ」
という音と共に押し出されたのは、白く濁った、カニの吐くような粘着質の泡だった。 泡は床に届かず、顎の無精髭に絡みつき、口の端から垂れ下がる。 彼は上下の歯を不規則なリズムで激しくぶつかり合わせる。
ガチガチガチ。
「私」は左手の親指の爪で、人差し指の腹を強く引っ掻く。 ジワリと血が滲み、微かな鉄錆の味が口内に広がる。
カリッ、カリッ。
爪が皮膚を削る。 パジャマのボタンを弾く。
カチッ、カチッ。
湿った土と血の鉄錆臭がこもる空間に、ただ乾いた足音と、プラスチックの反復音だけが充満し続けていた。




