109
「リリ、これからSOSを出している船のところに全速力で向かうそうだ。近付いてみないと暗過ぎて何があったのか分からないらしい。すでにキャシーの船は向かったって」
キャシーが船長を務める護衛船は、他の船よりも一回りほど小さいのでスピードも小回りも利くそうだ。
左右を固める護衛船は我々の船と同じくらいの大きさだが巨大な砲弾を積んでいる。この船の船倉にも砲弾はあるが、護衛船は砲弾を撃つ船窓が倍以上ある。
ちなみにバンヤンツリー船団が船隊を組んで出発すると、タイミングを合わせて前後に出発する船が多いと聞いた。なぜならバンヤンツリーのこの戦力は海軍並みなので、近くの海域にこの船団がいるという事は他の船団も安心して航海が出来るからなのだそうだ。
夜の海は真っ暗で先の方は全く見えない。
でもスネイプニル達は何か見えているのか前方を食い入るように見ている。
緊張感の走る中、20分ほど船が進むとキャシー達の船の灯りが見えてきた。もっと近付くと、大きな船がグラグラと船体を揺らしているのが見えたが、何で揺れているの?
キャシーの船も甲板に出ている人達が大騒ぎしているのが見える。一体どうしたの?!
更に近付くとキャシーの船に、それはそれは大きなタコが絡み付いて船に攻撃していた。
「クラーケンだ!!」
「クラーケンって“イカ”なんじゃないの?!」
「リリ、今それか?」
「足の数が減って良かっただろう!」
と言いながらバニヤンがリリベル達がいる甲板の先端まで出て来た。
「クラーケンは大型のイカやタコの総称です。姉が襲われた船を助けようとして逆にクラーケンの標的にされたようですね。姉の船の方が小さいですから」
長男も一緒に出て来た。二人とも手に大きな銛を持っている。
「船をもっと近付けろ!」
バニヤンが舵を取る水夫に命令している。
「こんな時は護衛船が行くんじゃないのか?」
王弟殿下も出て来た。
「相手が船ならな!だけど相手は化け物だ。しかも俺の娘が危ない」
まさかクラーケンに遭遇するとは…夏場は少ないって聞いていたのにとリリベルが思っていると背後で蹄の音が…。
「へっ?!」
と思って後ろを振り向くと、興奮して前足で船の床を引っ掻く2頭の馬が!
「わっサオリ?!」
バニヤン達がキャシーの船に飛び移れる距離になるのを、待っている横からサオリが飛び出して行ってしまった。
セノビックもあとに続こうとしたので慌てて背に飛び乗る。
「わーっ!!リリまで行っちゃった…」
「凄い跳躍力だな…」
2頭と1人のせいで勢いと出鼻を挫かれたバニヤンが呟いた。
「キャシー!!」
キャシーは長い銛を槍のように構えてタコの足と戦っている。
「わっ白馬の妖精?危ないよ!」
キャシーは銛に魔法の炎を纏わせてタコ足を払い除ける。
船員達も皆、炎の魔法で応戦しているので船はグラグラ揺れるがタコは上手く船に足を絡められずにいるようだ。でも絡められたら引きずり込まれる。
サオリがタコの頭が見えると飛び上がって強烈な蹴りを加えているが、軟体動物と戦うのは初めてなんだろう。タコは一時的に引っ込むが、あまりダメージが無さそうだ。
「アイツらは足を切り落とすか火で体を燃やさないとダメなの!」
火の魔石は部屋に置いたままだ。サオリ達の首輪は水の魔石だし、今、リリベルが海の上で使える魔法は光の剣と光の刃だけだ。でも光の刃は一回しか撃てない。
短剣の柄を出して魔法を込める。火山の国に来て、石化を解く魔法の練習を始めてから光の剣も随分成長した。
長剣の柄ではないけど光の刃を細長く出せばレイピアになる。
「セノビック、行こうか」
と言おうと思った時、サオリが戻って来た。セノビックが自分の背に乗ったリリベルに首を向けて見る。サオリに乗れってことか。
リリベルはセノビックから降りてサオリに乗り換える。サオリにしか乗ったことがなかったから、やっぱりサオリがしっくりくる。
「よし!サオリ行こうっ」
「妖精ちゃん、タコの足は任せて!頭を狙って!タコはイカより頭も狙いにくいけど」
「ありがとう。キャシー!セノビックも行くよっ」
セノビックがタコを陽動してくれる。スネイプニル達のせいでタコは闇雲に足を振り回すようになった。
キャシー達が火魔法をぶつけてくれているが、タコの足は粘液でヌルヌルしていて決定的なダメージを与えられていない。
「吸盤だ!足の吸盤部分には粘液が無い」
キャシーの指示で吸盤に火魔法が集中砲火される。
海に逃げられる前に致命傷を与えないと!
リリベルはサオリと一緒にタコの隙を伺う。
セノビックに気を取られたわずかな隙に、光のレイピアをタコの目に突き刺す。と同時にタコの足が焼ける臭いがしてきた。
怯んだタコが海に逃げようとしたが「逃すか!」バニヤンが放った大型の銛がタコの体に突き刺さる。
バニヤンが銛に結ばれた縄を引くが、タコの力の方が強くてバニヤンごと海に引きずり込まれそうになり、慌てて船員達が駆け寄ってバニヤンを捕まえた。
「セノビック!」
アイザックはセノビックを呼び寄せ、バニヤン達が握っている縄をセノビックの体に結びつけて叫ぶ。
「皆、縄から離れろ!セノビック引っ張れっ!」
セノビックが引っ張ると銛の刺さったタコの巨体が甲板に引きずり上げられた。さすがスネイプニル!凄い力だ。
だからその瞬間を見逃さない!
リリベルがタコの頭に目がけて渾身の光の刃を放つ。
タコの頭は胴体と切り離され、海にドボンッと落ちて暗い海底に沈んでいった。




