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煩悩108の異世界で、踏襲少女は紅茶とともに世界を救う  作者: ふりっぷ
第三章 リアステ帝国編

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響律の巫女と殺意

帝国での踏襲任務の果て、佐和子は巫女ミネルファと対峙する。

音を支配する異質な領域の中で、逃げ場のない戦いが始まる。

「ええ、いますとも」


 ミネルファは、穏やかに微笑んだ。

 その微笑みが崩れることはないまま、

 身体の輪郭だけがゆっくりと歪んでいく。


 白い聖衣は溶けるように消え、

 代わりに現れたのは、青白い毛に覆われた異形だった。


 魚とも獣ともつかないその姿は、一定の形を保たず、

 揺らぐ水面のように絶えず変化している。


 次の瞬間、空気が変質した。


 重い。


 肺に流れ込む感触が明らかに違う。


 酸素ではない。


 粘り気を持った何か

 ――音の振動そのものが、空間を満たしている。


 視界が歪み、距離感が消える。


 上下の感覚も曖昧になり、

 立っているのか沈んでいるのかさえ判別できない。


「ここでは飛べません」


 声が、四方八方から同時に響いた。


 反響し、重なり、位置を失う。

 どこから発せられたのか、特定することができない。


「この領域では、音がすべてです。

 触れることも、壊すことも、奪うことも」


 言葉の直後、衝撃が走った。


 外からではない。内側からだ。


 肺が押し潰され、血管が軋む。

 身体の内部で圧力が弾けるような痛みが走り、視界が白く弾けた。


「見えないでしょう?」


 ミネルファの声は、どこまでも穏やかだった。


「音は嘘をつきません。

 だから私は、すべてを知ることができる」


 再び衝撃が来る。今度は側面から、いや違う。

 音が届いた場所すべてが攻撃点になっている。


 回避という概念そのものが成立しない。


 逃げ場がない。


 だから、逃げない。


「……そう」


 佐和子は血を吐きながら、足を踏みしめた。


「あなたは、巫女じゃない」


 黒槍を床へ叩きつける。


 鈍い衝撃が足元から広がり、空間に波紋のような歪みを生む。

 揺らぐだけだった空間に、強制的な基準点が生まれる。


「そこ」


 一歩で距離を詰める。


 完全に無秩序だった空間に、わずかな偏りが生まれた。


 その瞬間を逃さない。


 再び衝撃が襲う。内側から身体が軋む。


 骨が悲鳴を上げる。それでも足は止めない。


 能力の構造は理解した。


 強力だが、無限ではない。


 圧を蓄積し、解放する。

 その間に、ほんの一瞬の間がある。


 そこを突く。


「《黒星の輝き》」


 黒槍から放たれた光が、歪んだ空間を切り裂いた。

 何もないはずの場所に確かな抵抗があり、


 次の瞬間、青白い毛が散る。


 ミネルファの本体が、強制的に引きずり出された。


「捕まえた」


 距離は、ほぼゼロ。


 この距離では、音は拡散する前に干渉し、威力を発揮しきれない。


「なぜ……!」


 ミネルファの喉元に、赤い紋章が浮かび上がる。


 声が二重に重なり、歪む。


「灯火の器は孤独だ」


 その声は、わずかに揺れていた。


「だから、仲間に縋る。だから、操られる」


 周囲で音圧が膨張する。


 翼を封じられた中、至近距離での最大出力。

 回避は不可能。


 それでも。


「だから何?」


 佐和子は、踏み込んだまま黒槍を振り上げる。


「私はもう、あなたの声を聞かない」


 叩き込む。


 直撃と同時に、耳元で何かが砕けた。


 澄んだ音ではない。

 濁った、重い響き。


 ミネルファの身体が崩れ落ちる。


「私は、貴方を救える――」


「いらない」


 即答だった。


 その直後、空間が裂け、不可視の斬撃が一直線に走る。

 紙一重で跳び退き、致命を回避する。


「それほど強いのに不安定。だからこそ、使う価値がある」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが切れた。


「……しつこい」


 神力が爆ぜる。


 光が空間を侵食し、圧力そのものを押し返す。


「私を、物扱いするな」


 一閃。


 空間ごと断ち切る一撃が走り、ミネルファの腕が消し飛ぶ。


 再生が追いつかない。


 そのまま追撃に入ろうとした、そのとき。


「さっちゃん!」


 聞き慣れた声が響いた。


 ミュリアだった。


 ほんの一瞬、意識が揺れる。


 その隙を、ミネルファは見逃さなかった。


 空間が白く焼ける。


 ミュリアの悲鳴が上がり、その身体が崩れ落ちた。


「その目は、もう光を見ることはありません」


 静かな宣告。


 怒りが、臨界を越えた。


「……戻せ」


 低い声。


「ミュリアを、元に戻せ」


 神力が暴走し、床が割れる。

 宮殿全体が軋み、結界が次々と崩壊していく。


 そのとき、空間が歪み、ノクスが現れた。


「間に合ったか」


 軽く息をつきながら、状況を見渡す。


「佐和子――殺意を抱いたな」


「この気持ちをそう呼ぶなら、そう」


「いいだろう」


「ふっ、ミネルファ。へたを打ったな」

 ノクスが微笑みながら佐和子に語り掛ける。


「《欺瞞の灯》を貸して」


「させるか」


 水魚の攻撃はノクスの”魔王の目”に弾かれる。


「《欺瞞の灯》と《信仰の灯》」


 ノクスは歌うように呟くと、それを自らの両目にねじり込んだ。


「何てことをっ」


「僕は同じ魔王の残滓である君を過小評価しない」


 ノクスの全身から光が溢れてくる。


「再会したばかりで、申し訳ないが、時間がない」


 ノクスは元の少女の姿に戻った佐和子の額を軽く突く

「僕の感覚の目を君に託す」


「――行くがいい。ここはすべてが消滅する」


「あなたのことは、結局わからなかった」


 佐和子は、正直に言った。


「でも――この世界を救いたかったのは、わかったよ」


 ノクスの炎に包まれた目が、僅かに歪んだ。


 それきり、何も言わなかった。


 佐和子はミュリアを抱き上げる。


「……行こう」


「はい」


 振り返らない。


 その日。


 リアステ帝国の王宮から白熱した閃光が上がり、

 世界の観測塔から寿命蠟が、二本消えた。


 国土の一割がダンジョンに埋没し、


 世界寿命は――五百六十四日、縮まった。

佐和子が「使われる存在」から踏み出す転機となる回でした。

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