監禁と覚醒
A級ダンジョン踏襲を重ねる中、
各国の世界の寿命を示す蠟に異変が起きる。
サン・ヴォーラ王国、
祈律調整ギルド《ルミネ=サンクト》の観測室に、
張り詰めた緊張が満ちていた。
「巫女様、大変です。寿命蠟が――」
観測士の声は、抑えようとしても震えを隠しきれていない。
「すべて、灰色に濁っています
……灯が、明らかに小さくなっています」
世界の残り時間を示す聖具――寿命蠟。
その異常は一部ではなかった。
室内に並べられたすべての蠟が同時に濁り、炎は弱々しく揺らいでいる。
個別の事故では説明がつかない規模だった。
誰かが踏襲に失敗したのか。
それとも、分岐世界のどこかが静かに沈んだのか。
可能性はいくつも浮かぶが、どれも決定打にはならない。
ただひとつ確かなのは、「順調」という報告と、
この光景が明らかに矛盾しているという事実だった。
巫女レン・ウィンは、問いに答えなかった。
無言のまま手にした刃で蠟の表面を削り、
歪んだ灯の形を整え直していく。
削り粉がぱらぱらと落ちる音だけが、
やけに大きく響いた。
その手は冷静に見えて、ほんのわずかに震えている。
「これほどの同時異常は……前例がありません」
補佐官が言い淀む。
「リアステ帝国の踏襲任務でしょう」
レンは短く言い切った。
「進捗は順調と報告されていますが、このまま看過するわけにはいきません。
一度、状況を確認します」
言葉は落ち着いているが、その胸中に沈んだ違和感は消えなかった。
順調であれば、これほどの歪みが現れる理由が、
どこにも見当たらないのだから。
◆
その頃、リアステ帝国の宮殿奥深く。
佐和子は窓のない部屋のベッドに腰掛け、じっと動かずにいた。
帝国に来てから、半年が過ぎていた。
踏襲任務と称されたダンジョン攻略は絶え間なく続き、
その合間には式典や宗教儀礼への出席が当然の義務として組み込まれていく。
休息という言葉は存在していても、
実態としては「次の任務までの待機時間」に過ぎなかった。
仲間たちは、少しずつ、しかし確実に引き離されていった。
セリアは治療室に収容され、魔鎧の再調整を理由に長期隔離。
ミュリアは観察区画に移され、
神力の変質を理由に外部との接触を制限されている。
マーレもまた別棟に移され、
断章の制御訓練という名目で面会はほとんど許されなかった。
結果として、佐和子は一人になった。
面会には許可が必要になり、時間も回数も厳しく制限される。
外出はさらに厳しく、半年の間で許されたのは、わずか三日だけだった。
自由というものが、ここには存在しない。
ドンドン、と扉が叩かれる音が響く。
「佐和子様。本日はダンジョン踏襲の日でございます」
カンメル宰相の声が、規則正しく告げる。
予定は常に向こうが決めるもので、こちらの都合が入り込む余地はない。
返事はしなかった。
「……佐和子様?」
続いて、柔らかな声が重なる。ミネルファだ。
「どうか、お声をお聞かせください。
ご体調に問題があるようでしたら、調整を――」
その言葉を、途中で遮る。
「……あなたたちは、何者?」
扉越しに放たれた一言に、廊下の空気が止まった。
「我々は協力者です。世界を守るための踏襲任務を――」
「では、なぜ私を踏襲装置のように扱うの?」
静かな問いだった。だが、逃げ場のない形で突きつけられる。
返答は、すぐには返ってこなかった。
沈黙が、それ自体で答えになっている。
「この部屋にかけられた二重の結界も、信頼の証なのかな」
淡々とした声音のまま、言葉だけが重く沈む。
「私は、この国に来てから、一度として自由に外へ出ていない」
そこには怒鳴り声も、感情の爆発もない。ただ事実だけが並べられていく。
「これが、あなたたちの言う守護?」
「……安全のためです。万が一があっては――」
「では」
即座に返す。
「いま、私がこの部屋を出ても、構わないのね?」
一瞬の間のあと、宰相が答える。
「護衛を用意いたします」
「不要」
その瞬間、部屋を覆っていた結界が軋み、次の瞬間には砕け散った。
扉もろとも吹き飛び、破片が廊下に散乱する。
黒槍が空間を裂き、その余波で空気が震えた。
ゆっくりと、佐和子が歩み出る。
背には四枚の翼。抑え込まれていた神力が、外へと解放される。
廊下にいた者たちは、思わず後ずさった。
「神格位を持つ私を、害せる者が――」
静かに視線を上げる。
「この国に、いるのかしら?」
帝国での抑圧と、佐和子の静かな怒り。
ここまで来たらとまりません。
次回は爆発します。




