仲間との分断
半年は、あっという間に過ぎる。
消耗していると、特に。
「集めた素材をお出しいただけますか?」
ギルドのカウンターで、受付嬢が柔らかく微笑んだ。
その声音に、わずかな違和感が混じる。
佐和子とセリアは、同時に顔を見合わせた。
「……なんだと?」
セリアが眉をひそめる。
「しばらくリステア帝国に滞在されると伺っておりますので
こちらで一括管理を」
当然のように言われる。
「いつでも引き出し可能ですし、保存処理も万全です。
特に高位素材は、個人保管より安全かと」
にこやかな説明。
だが、その奥にある意図は透けて見えた。
「お前たちはそればっかりだな……」
セリアの声が低くなる。
受付嬢は笑みを崩さない。
「それに――皆様の治療も、帝国が責任をもってお引き受けいたします」
その言葉に、佐和子の視線が揺れた。
ミュリアは、まだ子猫のまま。
セリアも、魔鎧を満足に扱えないほどの損傷。
マーレも平静を装っているが、断章の制御は不安定だ。
「その間、佐和子様には
――次のA級ダンジョン攻略にご協力いただければ」
「……次って」
思わず、言葉が漏れる。
「《第47灯:憎悪》」
後ろでミネルファが淡々と告げた。
「周辺のB級、C級ダンジョンを吸収した大型迷宮です。
通常の構造ではありません」
「……時間、かかりそうだね」
「はい。帝国算定では、およそ百五十層相当と」
「それ、人が辿り着ける深さじゃないよ」
小さく呟く。
だが受付嬢は首を振った。
「通常であれば、ですが」
一拍。
「灯の器であれば、最短経路の選定が可能です。
煩悩断章を灯しながら進行することで、効率的な攻略が見込まれます」
つまり。
遠回りは不要。
危険な核だけを抜き取り、進めということだ。
「……半分以下で済む、ってこと?」
「ええ。さらに帝国で休息を挟むことで、
これまで不可能だった長期攻略も実現できます」
理屈は通っている。
だからこそ、断れない。
「……わかった」
佐和子は、ゆっくりと頷いた。
「でも」
顔を上げる。
「皆の治療が終わったら、出ていくからね」
受付嬢は微笑んだまま、何も言わなかった。
それから、半年。
集めた素材はすべて帝国ギルドに収められ、
換金され、“佐和子名義”で管理された。
だが、それに触れることはほとんどない。
引き出しには、許可がいる。
その許可は、滅多に下りない。
代わりに与えられるのは、次の任務だった。
ダンジョン。
またダンジョン。
灯を入れ、戻り、整え、また潜る。
繰り返し。
ただ、それだけ。
気づけば、A級近郊の灯はすべて踏襲されていた。
その間、佐和子は幾度も式典に引き出された。
「灯の器様、こちらへ」
手を引かれ、壇上へ上がる。
拍手が、波のように押し寄せる。
佐和子は、微笑んだ。
求められているから。
隣に、仲間はいない。
面会には許可が必要だった。
時間も、場所も、回数も。
決められている。
会えない日も増えた。
セリアは治療室に。
ミュリアは観察区画に。
マーレは、別棟に。
理由は、すべて「治療」のため。
誰も、反論できなかった。
式典に様子を見に来ていた勇者パーティーは異常に気付いていた。
「おい、お嬢ちゃん顔面蒼白だ」ディレクが声を落とす。
「セリアとミュリアは、どこだ?」
アントニオが低く問う。
「どうやら近くにいないようです。
僕たちと同じく、合流を阻まれているのでしょう」
「いい加減、式典もサロンも無視して、
佐和子に会いに行けばいいだろう?」
「僕はエラフ公国の王です。自ら儀礼を破ることは出来ません」
「あっ、奥に入ってしまうぞ」
「――僕の出番も近そうだね」
後ろでノクスが微笑んだ。
佐和子には、その会話は届かなかった。
式典が終わると、次の衣装を着せられる。
「どうぞ、こちらへ……」
侍従に手を引かれたとき、
ほんの一瞬だけ振り払おうとして――やめた。
結局、従う。
ギルドへの素材提出。
ダンジョンの魔法許可。
仲間たちの治療隔離。
佐和子自身の外出管理。
そして、祝福と監視が混ざった視線。
全部が、重い。
◆
半年と十日目の朝。
この日も、迎えが来る――。
《第47灯:憎悪》
巨大な裂け目のような迷宮入口から攻略に入り
今日はその奥。
ボス部屋を残すのみ。
ここを終えれば――
そう、思っていた。
だが。
胸の奥で、何かが軋む。
積み重なったものが、音を立てて歪む。
握りしめた手に、力が入る。
「……もういい」
誰にも聞こえないほどの声。
だが、その一言は確かに落ちた。
限界は、とっくに過ぎている。




