Parental duty
この話は、短編として出すInevitable and miracleの次の話です。露骨な誘導です、これで閲覧数がっぽがっぽって計算よ。見てくれる前提でね!
……番外編って書こうと思うけど、あれ? おかしいな…既に番外編はあるじゃないか。これは俺が始めた旧物語だった。あれも、書き直さなきゃなぁ。
家の外は白く染め上げられて、桶に張った水は既に凍っている。鍛錬した後の上気した全身から蒸気が立ち込める。
「……ん? 珍しいな、お前がここに来るなんて」
「私はもう高い窓から空を見る小鳥ではないのよ。汗をかいたあなたに手拭いを渡す事だって……合っても良いでしょうに」
少し前から覗いていたのか、手拭いを差し出す手が冷たい。それとも、俺の手が暖まっているのか。
「そうか……あの子たちの様子はどうだ?」
軽く身体を拭ったそれを肩にかけて、レティシアを見た。
「そうね、何処かの誰かさんが民の血税で渡した贈り物にフリューゲルは困っていたわ。ちゃんと村の人たちに話したの?」
「ああ、それは問題ない……あいつらの詫びとして使わせてもらったからな」
首を傾げる彼女に、俺はきっと苦々しい顔をしながら話したのだろう。あまり機嫌の良い話ではないから。
「隣町で買い出しに行く役をもらいに行くついでに、フリューゲルの事を話した。いくら子供たちの事とはいえ、大人が事情を知らないのはいけないと思ってな。……まあ、それで謝意をせしめてきた」
「ああ、そういうこと……にしては晴れた顔をしていないわね」
納得した様子で頷いた後、レティシアは視線を俺に戻した。それで割り切っていない俺の様子が気に掛かったのだろう。
「いや、俺も人事ではないなと……あの子達が順調に育っているのは間違い無いんだが。俺は父親としての役割を果たしているのか……あいつなら、兄貴ならどうしてたと考えちまう」
俺はあいつらではないから、そんな事を考えても仕方ない事は分かっている。だが、それで本当に良いのだろうか。
「……あなたは相変わらず、身体を動かさないと落ち着かないのね。そんなに心配なら、あの子たちに温かな飲み物でも届けてちょうだい。着替えを終えるまでには用意するから」
何かを思い出して微笑む彼女に、俺は顔を逸らして頭を掻いた。
「……すまねえな、俺だけが愚痴って。気を遣わせちまった」
「ふふっ、おかしな話ね。私はあなたに頼み事をしたのだから、謝罪をされる筋合いはないわ。これじゃあ、竜皇も驚いてひっくり返ってしまうわよ」
微かに漏れた笑い声が重なり合って、白色の世界に暫く響いていた。
*
「フリューゲル、入っても良いか?」
レティシアの入れたミルクをお盆に乗せて、フリューゲルの部屋の前まで来た。
「え? ……ちょっと待ってね、キリの良いところまで終わらせるから」
どたどたと音がした後、少し開かれた扉からフリューゲルは顔を出す。
「なにか——あっ、飲み物を持ってきてくれたんだ。ありがとう」
部屋から出ると、何故かフリューゲルは扉を閉めてマグカップを受け取った。
「……なあ、フリューゲル。何で部屋の様子を見せないようにした? もしかして、部屋を見せるのが恥ずかしいのか?」
フリューゲルは少し硬直した後、恐る恐るこちらの様子を伺いながら口を開いた。
「部屋の様子を見ても怒らないって、約束してくれる?」
「ああ、例え春本であっても母さんや、フィーネたちには内緒にしてやるよ」
それが男の約束ってものだ。昔同じ部屋に住んでいた同僚にも同じ約束をしたことがある。……まあ、誰かが密告して、そいつは暫く反省室入りさせられていたが。
「春本? それは分からないけど、散らかってるから後で片付けないと……お姉ちゃんに怒られるから」
フリューゲルの部屋はかなり散らかっていた。具体的に言うと、あらゆる所に所狭しに何かが置かれており、足の踏み場も確認しないと何かを踏んでしまいそうだ。
「これは……お前一人で片付けられるか?」
「大丈夫、今は広げてるだけだから。それに、そんな事したらマグカップの中身が冷めちゃうよ」
そんな事をフリューゲルは言っているが、これは少し手伝った方が良いだろう。
「せめて、ベットまでの道のりくらいは作ってやるから、お前はそれを飲んでおけ」
精々まとめて積み上げるくらいしか出来ないが、しないよりは良いだろう。そんな事を考えながら整理していると、机の様子が目についた。
「あの錬金術の道具はどんな感じだ?」
「うん、凄く便利だよ。せっかくお父さんが買ってくれたから……使わないと勿体無いからね」
そう言われると悪い気はしない。その言葉を聞けただけで、あいつらも落とし所のない謝意の着地点を見つけて、胸を撫で下ろすことができただろう。
「ただやれる事が多くなり過ぎて、今は大丈夫なんだけど……年が明けたら、暫くは何も手につかないかもしれない」
申し訳なさそうにフリューゲルは俯いていた。その原因はフリューゲルの机で輝きを放つ錬金術の道具だろう。
「……フリューゲル、それはおまえを応援するために買ったものだが、やる事を強制している訳じゃない。もしする事がなくて困ったら、俺やフィーネたちと遊べば良い。もし退屈に思うなら、俺の稽古相手はいつでも空いてるからな」
「ははっ、そうなったら加減してくれると嬉しいな。厳しくされると、簡単に倒れちゃうから」
「そうならないように鍛えてるんだよ」
頰を書いて、苦笑いを浮かべるフリューゲルに、その背を俺は強く叩いた。
*
フリューゲルと会話を終えた後、次に隣にあるアリアの部屋まで来た。
「アリア、いるか?」
「んー? もしかして、お父さんが来たの? 随分と珍しいね」
目を擦りながら、アリアはカーメルと一緒に出迎えてくれた。
「ああ……お前らがどうしてるかも気になってな」
耳の痛い話だ。普段は家のことをレティシアに任せているから、実は今も少し浮き足立っている。
「へー、私は最近部屋で寝てるだけだよ? 外に行っても、寝床がなくなっちゃったし……村の友達も忙しそうだからね」
アリアは一体、普段から何処にいるか分からない。気付いた時にはフィーネの隣に、もしくは寝ていたりする。
「友達って、フリューゲルに会わせてた子か?」
「うん。その子たちは外に馴染めてなさそうだったから、互いに良い関係を築けるんじゃって思ったんだけど……やんちゃな子たちの集まりに知られてたみたい」
両手の人差し指を近づけて、接しようとした時に片方が倒れる。そんなジェスチャーをした後、アリアはため息をついた。
「そうそう上手くはいかないね。今はそれを解決する為に動いてるから、起きた事はしょうがないよ」
暫くの沈黙が場に流れた後、アリアは思い出したように俺の手元にあるマグカップを見た。
「あっ、折角のミルクが冷めちゃうね! えっと、私のカップは……こっち」
背伸びをして、顔より高いところにあるマグカップを見ようとするアリアに、俺はしゃがんでお盆をアリアの見易いところまで下ろした。
「……なあ、アリア。もしかして、このマグカップは誰がどれを使うのか決まってるのか?」
一瞬、アリアは目を伏せて、次にこちらの瞳を覗き込んだ。
「うん。私も皿洗いや、食事の支度をする手伝いで知ったんだ。でも、一番こだわってるのはフィーちゃんみたいだよ」
適温になったミルクをちびちびと飲みながら、アリアはマグカップの柄を弄り始める。
「フィーネが? ……ああ、確かにあの子は細かな事まで気にする質だからな」
フィーネは普段からレティシアと家事を手伝っている様子を見る事が多い。ただ稀に、他の時間では家の調度品を変えたり、薬草畑の世話を見たりしている時がある。小さな変化でも、その積み重ねが心を豊かにする。大人になってから、やっと気付いた事だ。
「そうだね。フィーちゃんって図太いけど、繊細でもあるから。お父さんが私たちに構ってくれるのは、とても嬉しいよ。でも、フィーちゃんの側にはもっといてほしい」
「これでも、大切に思ってるつもりなんだがな」
大切な家族を無碍に扱ったりなどしたら、あいつらにも顔向けできない。……何より、自分が許せないが。
「でも、一番じゃないよね。私たちも合わせて三等分……お母さんも入れれば四等分。お父さんはどれかに優劣をつけられないよね? 私が言っている事はそういう事だよ」
「それは……すまない、俺には出来そうもないな」
あの時に誓った『家族を守る』という楔は、俺の足を強く縫い止める。家族の為なら何でもするが、フィーネだけを特別に扱う訳にはいかない。幾つも抱え込むことを時間は許してはくれないから、かけられる時間も限られてしまうが故に。
「分かってるよ。だからね、せめてフィーちゃんのところに早く行ってあげてよ。本当は真っ先に行って欲しかったけど、今ならフィーちゃんも遠慮せずに済むから……えへへ、なんか恥ずかしいね」
はにかみながらも、アリアは幸福な夢を想像して頰を緩めている。……その期待に、俺は応えなければならない。
「任せろ。冬は寒いからな、どんな生き物も暖かな寝床を求める。思い上がるつもりはないが、一家の中心として団欒を作る責務がある。……にしても、アリアは本当にフィーネのことが好きだな」
思わず呟いてしまった一言に、アリアの目は少し揺れて、心の奥にあるものを切実に口に出した。
「……うん、一方的なものだけどね。その理由も、もう朧げで。でも、フィーちゃんには幸せになってほしいから。そうなる資格を持ってるから」
健気に笑うアリアに、俺は紛らわすように雑に頭を撫でることしかできなかった。
*
緊張をほぐすために大きく息を吐き、ドアをノックした。
「ふぅ……フィーネ、いるか?」
「いるけど、どうしたの? 取り敢えず入ってきて」
逆に、フィーネが普段と違う様子で驚かしてしまったようだ。
部屋に入ると、フィーネは椅子に座って編み物をしている途中だったらしい。今はそれを止めて、首だけこちらに向けていた。
「ああ、飲み物を持ってきてくれたんだ。今は手を離せないから、そこの棚にでも置いといて」
再びフィーネは手を動かして、何かを編んでいる。
「何を編んでいるんだ? もしかして、気になる子でもできたか……」
フィーネも、最近は村に行く事が多くなっている。俺の見ない間にそんなものでも出来ていれば、その根性と意気を試さざる終えないだろう。
「気になる子? 最近気になるといえば、アリアが退屈してそうなことね。いつ邪魔されるか、そう考えると落ち着かないわ」
心の底から吐いたようなため息、心なしかフィーネの背がいつもより小さく見える。
「そう言えば、少し前まで一緒に遊んでた子らはどうなんだ? お前ら、いつの間にそんな友人を作って……俺にも紹介してほしかったな」
子供の成長は早いものだ。目を離せば、幾つもの認識を覆される。それは嬉しく、自身とも重ねてしまう。
「だって、父さんは夜になるまで帰らないじゃない。ロデルたちが可哀想よ、冷たくなってきた空の下で小さな子どもが……」
「悪かった! だから、勘弁してくれ。……お前にまで叱られたくはない。お前が言うと、レティシアの前にいるのと同じ気分になる……」
あいつも、俺のわがままなところに厳しいんだよな。小さい頃から、何度言われたことか。
「……そんなに、母さんに似てたの?」
レティシアに似た気の強そうな瞳がこちらを覗く。
「似てるさ。長年一緒にいるんだから、そういうとこもあるだろうよ。ま、似てるのは性格だけじゃなくて、小さい頃のレティシアに似ている」
いまでも初めて会った時のことを覚えている。今よりもお転婆で、気が強く、それでもいつの間にか俺の心配をしているような奴だった。いまでは大人びて、落ち着いてきたが……それでも、本質は変わらない。
「そう、じゃあ似てないのはこの髪だけなのね」
フィーネは髪に目を落として、短く切り揃えられた髪を手で梳く。それはドルイド特有の髪の毛だ。
「俺の娘だって言えるのはそれだけだな……」
少し残念に思いつつも、下手に俺の部分を受け継いでないことにも安堵している。
「その髪は呪いみたいなものでな、この村で生まれた子は全員鮮やかな緑色の髪になる。つまり、緑の髪ってのは身分を証明してくれるものだ。……何処かのガキどもはそれを権威の証と驕ったみたいだがな」
この目立つ髪は良いことばかりではない。偉大な先祖たちの功績によって、ドルイドは広く信用を得ているが、恨みを持つものもざらにいる。
……その教育は村の学舎できっちり教わるはずなんだが。一度見に行った方がいいかもしれない。
「……私は好きだよ。この綺麗な色は、世界が美しいって思い出させてくれるから」
何処か遠くを見つめながら、フィーネは自身の手のひらを閉じたり、開いたりと動かしている。
「フィーネ、おまえが元は何者であろうが関係ない。少なくとも、お前は俺たちの家族なんだ。だから、どーんっと寄りかかってくれていい。それが俺の——父親ってもんだろ」
小さい頃、俺が見ていた父親の背中は大きかった。決して折れず、強風に煽られても、根を張り、しなやかに受け流す。そんな立派な巨木のような親父だった。……その背は既にこの世になく、俺はまだその背を追い続けている。未熟なのは知っている、だが父親ってものはその部分を取り繕いながらも、ただ子のため諸肌を脱ぐものだ。
少し躊躇うそぶりを見せながらも、フィーネは息を吐き、俺に向き直った。
「父さん、私は今でも満足してるわ。でも、これからフリューゲルみたいな事件が起こらないとも限らない。その時は頼らせてもらうわね」
「ははっ、全く。いつでも良いんだがな」
確かに、俺はそれぐらいしか力になってやれないな……と、結局最後まで格好はつけられなかった。
*
三人と話し終えて、俺はソファにどっかりと座り込んだ。
「はぁ……あいつら、しっかりしてるな」
少し前まで、あんなに小さかったのに……子供の成長はあまりにも早い。
「自慢の子供たちでしょう? 何を不服に思うのよ」
レティシアが片手にグラスを持って、隣に座った。その朴は少し赤く染められている。
「おいおい、まだ昼だろ」
「うっさい、やることないのよ。あの子が手伝ってくれるから、いつも余裕が生まれるのよ。逆に持て余して、困っちゃう……ひっく」
こちらに寄りかかり、頰を膨らませて、こちらを睨む。どうやら既に酔っているようだ。こいつは酔うと、途端に人当たりが変わる。
「……はぁ、俺も飲むか」
カーペットを捲り、その下にある小さな貯蔵庫からボトルを一本取り出した。
昔は付き合いで飲んだ事はあったが、今ではめっきり飲まなくなっていた。中にあるボトルで比較的新しいものを選び、台所からグラスを持ってきて注ぐ。
「全く……良いご身分だな。昔は親父も酒を飲んでいたが、その気持ちは分かる気がするよ。俺はちゃんとあいつらに背中を見せてやれてるのかって……まあ、飲む理由は真逆だろうが」
子供が後ろをついてきてくれる親であれるのか、手本として正しい姿を見せられるのか。その不安はどんな時でも襲ってくる。
「なあ、レティシア……俺はちゃんとやれてるか?」
唯一の救いは、俺にはまだ相談できる相手がいる事だ。
レティシアは俯きながら、口をとがらせて呟いた。
「もう……私だって分からないのに。……はぁ、私から言える事は、今も昔も変わらず、あなたの隣は安心するってだけよ。だから、あの子たちも、そう思ってくれてる。だって、あなたは父親なんだから」
「そうだな……俺も、父親になった」
様々なことを経験し、俺たちは今まで託されてきた。きっと、次は俺たちがあの子らに託す番なのだろう。
口に含んだ酒は苦く、甘い香りがした。
一見、すごくだらしない大人たちに見えるけど、果たして弱音を吐かない大人が何人いるか……その中でも、信念を持って折れぬものこそ聖人と言える気もする……
大人の本音なんて、酒を使わないと出せるものではないのかもしれない。何故なら、彼らはもう大人であり、道を指し示す存在はいないのだから。
鮮烈に輝く英雄の姿に
幾ら手を伸ばしても届く事はない
ただその姿を胸に焼き付けて
それすらも辿り着かなかった境地を目指すだけなのだ




