それは約束された料理の件
風呂から上がったフラウ達は、メイドたちに案内されながら広い館の中を進む。
廊下に敷かれたカーペットは踏みしめるたび心地よい感触が返ってきた。
やがて何処かから芳しい香りが漂ってくる。鼻腔を刺激されただけでフラウの口中に涎があふれた。
トノアの料理も美味しいが、今自分たちの為に用意されている料理は、貴族の屋敷にふさわしい一流の料理人が調理したものだ。
匂いだけで味も期待出来るのだが、しかしフラウの心は晴れない。それは先刻浴場でニナから言われた言葉のせいだった。
精神を耗弱させ、自分を籠絡させるための薬を料理に仕込む。
あの貴族であればそれくらいやりかね無いことが、フラウの絶望をさらに加速させた。もし本当にそんなことをしていたら料理に謝らせているところだ。
ちなみに料理人にではなく料理に対してなのがフラウらしい点だ。
匂いが徐々に強くなってくると、真面目に我慢出来なさそうだと思い始めるフラウ。もう後は料理と対面した時の自分のお腹と相談だ。
そんなフラウに対して、レイナも同じく我慢出来そうに無かった。
今日は朝から何も食べていなかったので、ただでさえお腹と背中がくっつきそうなのだ。
そもそもレイナは浴場でのニナの言葉を聞いていないので、勿論薬物の危険性など気にも留めていない。初めから料理を食べる気満々であった。
暗い表情をするフラウとふんふんと鼻歌を歌うレイナ。対照的な二人を眺めながら、唯一冷静なニナはため息をついた。
やがて大きな両開きの扉の前まで案内されると、メイドの一人がその扉を開く。
中に入り一礼、無駄のない所作ですっと室内に足を踏み入れる。他のメイドに促されるまま、フラウたちも室内に足を踏み入れた。
室内は中央に長大なテーブルが置かれており、その周囲に間隔を空けて椅子が並べられている。
テーブルから壁までの距離は長く、片側の壁際には絵画や時計などが設置されていた。どの調度品も質が良く、貴族に相応しく気品があふれている。
反対側の壁際には暖炉が置かれていた。冬場はあれで室内の温度を調整するのだろう。その暖炉の上部に馬の頭が描かれた旗がかけられている。恐らくバルトリオン伯爵家の紋章なのだろう。
「やあやあ。すっかりきれいになったようだね」
室内の様子を伺っていると、テーブルの先、上座の位置からレインの声が聞こえてくる。
先ほど会話をした時のように無機質な笑みで嫌らしく口を歪めている。これが心からの賞賛であると言うのなら、この男は心まで歪んでいるに違いない。
レインの背後には執事が控えている。そして隣の席にはボンが腕をくんだ姿勢でふんぞり返っていた。
どうやら此方に視線を向けるつもりは無いようだ。
「僕の見立て通りだ。君にはそのドレスが似合うと思ったよ」
フラウが今着ているのはシックなワインレッドのドレス。首から胸元までしっかりと布で隠されているが、背中は大胆に開けて肌を露出していた。ふわりと広がるスカートの部分には所々に精緻な花の刺繍やフリルがアクセントとなっている。
深い紅が、フラウのその艶やかな金の髪にもよく似合っていた。
よく見るとレインの言葉にボンが顔を真正面に向けたまま、視線だけチラリと横に向けている。だが目を見開いて瞳を最大限に傾けているため、見ているのはバレバレだった。
今度からボンの事はムッツリ君と呼ぶ事にしよう。フラウはそう心に刻んだ。
レインが言ったように、フラウの着用している衣装はレインが用意したものだ。フラウの元の衣服は今洗濯に回されている。
レイナとニナもそれぞれ衣装が用意されて着用していたが、レインはその事に対して触れなかった。
ちなみにレイナは豊かな胸を強調し、全体的にタイトな白いドレス。ニナは黒と白を基調にしたゴシックロリータ調のドレスだ。
「一先ず席にかけてくれ。フラウ君のために飛び切り豪華な食事を用意したんだ」
レインが指を鳴らすと脇にある扉が開き、数人の給仕が食事を運んでくる。
レインとムッツリ君の前に銀の蓋が被さった料理が配膳され、遅れてフラウ達の席だろう場所にも料理が配膳された。
レインの視線に促され、フラウ達は遠慮がちに料理が配膳された、レインたちとは対極の席に座った。それを見計らったのか、配膳を行った給仕たちが銀の蓋を順番に外してゆく。
蓋をとって露わになったのはスープだ。ポタージュだろうか、色は白く染まっている。湯気と共にふわりと食欲を刺激するいい香りが広がった。
「これは芋のポタージュでございます。バルトリオン領で採れた芋のみを使って調理致しました」
「ありがとう。では頂こうか。君たちも遠慮せず食べてくれ」
レインのホストとしてのもてなし。
しかしフラウは食事に手をつけない。レイナはスプーンを取って早速スープを口に含もうとするが、ニナがそれを慌てて止める。
その様子を見たレインが、目を細めて三人を見た。
「どうしたんだい? 早く食べないと、美味しいスープが冷めてしまうよ」
レインがスープを一口。そして大袈裟に両手を広げる。
「ほら。こんなに美味しいのに」
しかしそれでもフラウたちは手をつけない。
今まともに食事をしているのはムッツリ君だけだ。
村での態度から粗野な男かと思ったが、貴族なだけあって料理のマナーはしっかりとしていた。
音も立てず、黙々とスープを啜っている。瞳はバッチリ三人の方へ向いていた。
するといつまで経っても料理に口をつけないフラウに痺れを切らしたのか、レインはため息をつき静かに口を開いた。
「全く。君は強情だね。さて、さっきも言ったように、これはうちの領内で採れた芋で調理しているわけだが、勿論その中にはラウルホーゼンで採れた芋も含まれている」
ラウルホーゼンはフラウたちの開発で、今や商業中心の村へと生まれ変わった。ならば農業などは行っていないのかと言うと、答えは否だ。
鉱山が発掘される前はラウルホーゼンは農業で生計をたてる村だった。それが鉱山が開拓されてから商業に移ったが、その時も農業を続ける村人は一定数いた。そして鉱山が廃れ、再び商業で盛り返した今現在も、一部農業を行っている村人は存在する。
納税は別に金で納めなければならない訳では無い。農家のように、現物で支払う者も多かった。勿論価値のある物品だと村長が判断しなければならないが。
「まあでも、ラウルホーゼンで採れる食材は実際大した量じゃ無い。君も知っているだろうがね」
「………」
その言葉にフラウはただ黙って視線を向けた。
実際は今初めて農業などやっている人がいたんだと聞いて驚いていたのだが、その沈黙を是と取ったのか、レインは言葉を続ける。
「けれどラウルホーゼンは今や商業で成り立つ街へと育ってきている。だから正直、ラウルホーゼンで野菜なんて作る必要はないと思うんだよ。何が言いたいかって言うと、農業を行う人間なんて、ラウルホーゼンには別にいらないよね?」
「……何を言ってるの?」
「君は賢いから、僕が何を言っているか理解できると思うけど。君たちが僕の供した料理に手をつけないと言うのなら、それを作った人間も不要と判断せざるを得ないなぁ」
「……どうしてそこまで私にこだわるの?」
フラウの質問に、レインは口元を醜く歪める。
端正な顔立ちが幸いしてか、それでも醜い表情とまではいかないが、しかし目の前の三人に怖気を走らさせるには十分だった。
「それは君にそれだけの価値があるからさ。ラウルホーゼンに襲来したドラゴン、それを退けたんだろ?」
ラウルホーゼンへのドラゴン襲撃は、国から正式に公表されてはいないが、公然の事実として受け入れられている。
しかし誰が何をしたかまで知るものはほとんどいない。
あの戦いで避難をした人間ですら、戦っている者を気にかける余裕などなかったのだ。寧ろ戦える人間がいることさえ信じていなかった。ドラゴンは人々にとても身近な存在だが、それはあくまで御伽噺の中だけなのだ。
勿論実際に戦った面々もそれらの話を口にはしていない。知っているのはそれこそ戦った本人たちと、フラウの両親、そして国王や王女ルーシェを含む、フラウを知る一部の人間くらいだ。
その誰もがドラゴンの件を積極的に話したりはしていない。寧ろ聞かれたところで黙っている。
なら何故目の前の男はフラウがドラゴンを倒したと知っているのだろうか。いや、もしかしたらただ単に鎌をかけているだけの可能性もある。
フラウは慎重に、しかし表情を崩さぬまま言葉を口にする。
「何を言っているのかわからないけど、私はただの新米魔術師よ? 七賢人のニナに言うならともかく、結婚を申し込む相手を間違っているんじゃないの?」
ニナの名前を出したからか、テーブルの下でニナの蹴りがフラウの足に見舞われた。
それでもフラウは表情ひとつ変えずにレインを見据える。
「ふっ。あくまで君はしらを切るつもりかい。まあニナ嬢も相手としては悪くないがーー」
レインはふとニナの方へ視線を向ける。そして笑みを浮かべた。
その言葉でニナの蹴りの速さが加速する。ニナは貴族なので、貴族から縁談の話を持ち出されると簡単には反故にできない。
もし今のフラウの言葉で対象が自分へと置き換わりでもと考えると、鳥肌が止まらなかった。ニナはそれ程今目の前にいる男から結婚を申し込まれるのが嫌だった。
「だがドラゴンを討伐したのはニナ嬢ではない。先の会話で確信したが、あの中でドラゴンを倒すことができたのは君しか考えられないのだよ。フラウ君」
「私がどうして? ただの魔術師が、そんなことできるとでも?」
「普通は信じられないだろうね。けれど僕の調べた情報では、あの場でドラゴンと戦ったのは六人。そこにいるレイナ嬢とニナ嬢。そしてかつての闘技場の覇者、グレイス。他は誰だったかな? ああ、そうそう、道場破りに来たソウガって男とレイって女性だったか。そして最後がフラウ君、君だ」
どうやらグリエラまでは含まれていないようだ。まあ彼女は敵方でドラゴンを呼び寄せた張本人でもある上、素性もはっきりしていない。
調べたとして謎の女という括りになるだろうから、情報として含まれなかったのかもしれない。
しかし本来は戦った人間さえも秘匿にされているはずだが、よく情報を集めたものだ。その情報収集能力にはフラウも思わず感心してしまった。
「よく知ってるわね」
「まあね。これでもバルトリオン家は諜報を得意とする家柄だからね」
レインは余裕を崩さずにテーブルに肘をついて手を組んだ。視線の一つ一つが常に情報を集めており、まるで自分たちが丸裸にされていっているような嫌な気分になってくる。
「さて。ここまでで役者は出揃った。では順番に戦力比を見ていくと、まずこの中で最も弱いのがレイナ嬢だ」
レイナはその言葉にピクリと反応する。
テーブルの下の手が、ぎゅっと強い力で握り締められた。しかし何一つ、彼女は反論する言葉を持たなかった。
実際ドラゴンに決定的な有効打を与えられたのはレイナだけなのだが、彼女自身それはリリーナから借り受けた武器のおかげだと考えている。
勿論武器の性能を引き出せる腕が有るからこそではあるが、レイナはあの中の誰よりも、自分が劣っていると考えていた。
そんなレイナの手を、顔を真正面に向けたままのフラウの手が包み込んだ。その手はとても力強くて、けれどとても優しい温度だった。
レイナの手から、ふっと力が抜ける。
「そして次がソウガとか言う男。続いてレイという女。その後が誰か。当然グレイスだ。フラウ君は、闘技場の覇者であるグレイスを倒しチャンピオンになったそうだからね」
こんな所でグレイスを倒したことが裏目に出たかと、フラウは思わず額に手を当てた。
と言ってもその時はラウルホーゼンの村おこしを考えていなかったし、優勝したからこそ村おこしに繋げることができた。つまりフラウの優勝は、今のラウルホーゼンに必要不可欠の重要な要素だったというわけだ。
「さて。問題はニナ嬢とフラウ君のどちらが強いか、だが……。これは簡単だ。僕の情報では、とてもじゃないがニナ嬢にドラゴンを倒す事はできない。同じ七賢人といえど、どう見ても英雄ゴルタスと比べると見劣りしてしまうからね。それに君の魔法は戦闘向きじゃない。その場の他の誰より強くても、ドラゴンまでは倒せない。だとすると、残る選択肢はフラウ君しかいなくなる。あらかじめ言っておくけれど、これは推測だが限りなく確信に近い解答だよ。だから惚けるのは遠慮してもらいたい。時間の無駄だからね」
どうやら完全にフラウがドラゴンを倒したとわかっているようだ。だからこそ、この男はフラウに強い執着を抱いているのだろう。
ドラゴンを倒せる強さを持った人間というのは、それ程貴重なのである。
「そうね。そこまで言われたら私も否定はしないわ。ドラゴンに止めを刺したのは私よ。ただ勘違いしないで欲しいのは、私はあくまで止めを刺しただけ。それまでにドラゴンと戦ったみんなが手傷を負わせ体力を消耗させていたからこそよ。勝手に私一人の成果にしないでくれるかしら?」
「君も強情だねぇ。けどその慎ましい態度も、また堪らなくいいよ」
「あんたちょっと頭沸いてんじゃないの?」
くくくと笑いを漏らすレインに、フラウはものすごく嫌悪した表情を浮かべた。
「所で私からも一つ質問いいかしら?」
「ああ。構わないよ。僕は寛大だからね」
「ここに私たちを連れてきて最初に話した時、あなたは私たちを洗脳しようとしたでしょ」
「…………」
レインは一瞬だけ驚きの表情を浮かべた。だがそれは普通の人間であれば気づけないほどの刹那の事。勿論フラウとレイナは気づいたが。
「言っておくけど、これは推測だけど限りなく確信に近い質問よ。だから惚けたことは言わないわよね?」
今度こそレインは苦虫を噛み潰したように、明確に表情を変える。先ほどの言葉遊びを逆に仕掛けられた事で、レインのプライドが傷つけられたのだ。
それはプライドの塊のようなレインにとっては些か、否、かなり屈辱的な内容だった。
だがそれと共に潔い性格であるのもレインの特徴だった。
「まさか君にそんな質問を返されるとはね。そちらが答えてくれたのに、僕だけ駄々をこねるのは不義理というものか。その通りだよ。僕は君たちに、洗脳の魔法を使った」
「やっぱりね」
「僕の言葉に君が従ってくれれば話は早かったんだけどね。結局君には効かなかった訳だけど」
「お生憎様。私たちにそんなチンケな魔法なんて効かないわよ。残念でしたー」
ベーっと舌を出してレインを挑発する。
フラウの態度に一瞬額に青筋を浮かべるが、すぐに冷静になり態度を抑えた。
「君は人をおちょくるのが好きなようだ。けどだとしたら君たちが食事に手をつけないのも納得できる話だ。まあ実際、精神を崩す薬が含まれているからね」
あっけらかんと、自分の行なった悪事を晒す。
その態度にニナは驚きとともに、頭に疑問符を浮かべた。
不義理が嫌とはいえ、いくらなんでもベラベラと自分の企てを話すなんて、どうにも納得がいかない。そんな事をすれば、自分の立場を余計に危うくする事になる。
一方レイナは、料理に薬が仕込まれているという話を聞いて、食べなくて良かったと胸を撫で下ろしていた。ニナに感謝だ。
そしてフラウはーー
勢いよく立ち上がると、片足をテーブルの上に乗せて膝に手を置き啖呵を切った。
「こんな素晴らしい料理に薬を盛るなんざ何考えてんのよあんた! 料理に、食材に謝れクソ野郎!」
「料理人じゃなくてそっち⁉︎ と言うか今怒るのそこなの⁉︎」
「ちょっと期待しちゃったじゃないのよ! ひょっとしたら、ひょっとしたら食べられるんじゃないかって!!」
フラウは両手をテーブルに叩きつけた。フラウの慟哭が食堂に響き渡る。
そんな中、相変わらずムッツリ君は、目の前の食事に手を伸ばす。スープはもうとっくにカラになっていた。
その様子を見て、薬に依存性があるのではとニナは考える。国の諜報役という立場であれば、そう言った薬物を扱うのはお手の物だろう。
予想以上に、目の前の相手が大きな存在だと突きつけられた気がした。
「ははは。やはり君は面白い。ますます君を手に入れたくなった。ドラゴンを倒すだけの力を持つ魔導士をね」
「くっ。あんた一体、こんな美味しそうな料理をダメにしてまで何をしようって言うの?」
フラウの中ではどうやら料理の重要度がものすごく高いらしい。ラウルホーゼンのことはすっかり忘れてるのではないかと思えるほどだ。
「今はまだ君にそれを話すつもりは無いさ。いずれ僕を受け入れてくれたら全部話すよ。けど何日間も何も食べずに過ごせると思っているのかな? すぐにお腹が空いて、僕に媚びへつらうようになるさ。こんな風にね」
レインはムッツリ君の頭を掴むと勢いよく皿に押し付けた。
その衝撃で皿が割れ、ムッツリ君の顔に血が滲む。だがそれでもムッツリ君は感情がないかのように何も言わなかった。
これがレインが飲ませようと考えていた薬の効果だとしたら、随分と悪趣味のようだ。
「まあいいさ。まだまだ時間はたっぷりあるんだから。まさか君たちもこんな話を聞いて無事に帰れるとは思っていないよね。君たちなら余裕で逃げられるだろうけど……。その結果がどうなるか分からないほど、間抜けじゃないはずだ」
なるほどとニナは得心がいく。
初めから自分たちを帰す気などなかったからこそ、自からの行いを打ち明けたのか。
結婚が目的ならフラウは分かるが、ニナ達まで留め置く必要はなかったはず。だが戦力を削ると言う目的であれば、よほど効率的な手立てであろう。
ニナがいるだけでもラウルホーゼンは非常に強力な力を得てしまう。此処でそれを削ぎ落とすことができれば、よりラウルホーゼンの人質としての価値が上がると言うわけだ。
戦力が削られ危険度が高くなるほど、レインの言葉の真実味が増していく。否応なく従わざるを得ない状況に陥ってしまっていた。
その余りに嫌らしい手口に、ニナはギリリと歯を食いしばる。
「せっかくの料理だけど、フラウ君が食べてくれないなら仕方がない。今日の所は残念だけど、空腹はそう耐えられるものじゃないよ。もし食べたくなったらいつでも言ってくれ。その時はとびきりの料理をご馳走しようじゃないか」
「何が残念よ。残念なのはこっちの方よ全く」
フラウはがるるると猛犬のように喉を鳴らす。
その反応を見てレインは可笑しそうに笑った。
「君のそういうじゃじゃ馬なところも僕は気に入ってるんだけどね。主人に噛みつこうとする獣を無理やり屈服させる。実に楽しそうじゃないか」
その弑逆的なレインの言葉に三人はひどく不快になった。やはり目の前の男は、とてもまともではないようだと理解させられる。
「さて、楽しい食事会はお開きだ。彼女らを部屋へと案内してくれたまえ」
レインが合図を出すと、側に控えていたメイド達がフラウ達に退席を促した。
メイド達は完全に主人に従っているのか、顔色ひとつ変えることはない。
自分であればあんなのが主人であればすぐに殴っていてもおかしくない。
実際使用人たちに直接的な害は無いのかもしれないが、ただその無表情からは複雑な感情が滲み出ているように感じた。それに耐えている彼ら、彼女らは凄いなとフラウは心の中で思う。
部屋を出る前にもう一度、レインへと視線を向ける。
フラウの視線に気づくと、彼はただ勝ち誇った表情を浮かべるだけ。
きっとこれは彼にとって、野望を達成するための一ステップに過ぎないのだろう。これから何を起こすのかは知らないが、どうやら自分たちはこれから起こる厄介な出来事に巻き込まれたようだ。
だがそう易々とレインに従ってやる謂れはない。
後で嫌というほど、その憎たらしい顔を殴ってやると心に誓いながら、フラウは部屋を後にするのだった。
「あれがドラゴンを倒したという魔導士ですか」
それは唐突だった。
フラウ達が去った食堂のちょうど暖炉の向かいあたりに、まるで初めからいたかのように忽然と仮面を被った謎の人物が立っていた。
その突然の珍客に、レインの側に控えていた執事が主人を護ろうと前に出る。
しかしそれはその主人によって制された。
「これはフェルクス殿。つまらない所を見られてしまいましたね。まあなんだ。どうぞおかけください」
「いや結構。私はそろそろ失礼させてもらいます故。彼女を見られただけで良しとする」
「確かに。あなたの洗脳が効かないのであれば、ここにいる意味はないでしょうからね」
「いやはや参ったもの」
レインの皮肉に、しかし仮面の人物は軽く受け流す。
それが面白くないのかレインは僅かだけ口角をひくつかせた。
「それでは使用人が玄関までお送りしましょう。誰か、フェルクス殿を案内してくれ」
「いや結構。案内は不要な故。ここからすぐ立ち去る。失礼」
いうや否や、仮面の人物は空気に溶け込むかのように目の前から消えた。
気配も何もかも感じ取れない。この部屋から完全にいなくなったようだった。
立ち去った客人に、レインは大きく舌打ちをする。
「バケモノめ。だがあんたらは踏ん反り返っているがいい。最後に全てを手にするのはこの俺なんだからな」
食べ物を粗末にするのはダメ、ゼッタイ。




