5.幼馴染みな問
最終話です。
「…」
「あの…春樹?」
「米買ってから一旦家に戻って着替えてから買い物出るか」
「あの…春樹、わざわざよかったんだよ…ゆきちゃんたちと…」
握る手の力が強くなり、春樹は更にあみに問いかける。
「亜美暑くない?アイスでも買って帰ろうか?」
「あ…うん…」
春樹の機嫌が悪い。
『あちーな、アイスでも買って帰るか』
いつもの彼ならそう言うはずなのに。
優しい言い方は春樹が静かに怒りを堪えている証拠なのだ。
やっぱり春樹を誘わなかったから拗ねてるのかな。ちっちゃい時からゆきちゃんたちと遊ぶ時は春樹も一緒に行ってたもんね。
そういえばゆきちゃんに悪いことしちゃったな。大丈夫だったかなぁ。
よく考えたら、春樹も誘って5人で会えばよかったんじゃん。
そうすればゆきちゃんの希望にも添えるし、春樹も拗ねて機嫌悪く何ないし、一石二鳥じゃん、あったまいい、わたし。
そうだ、これからそうしようっと。
「ごめんね重いでしょ、春樹。いつもありがとね」
一通り自分の世界に浸り、考えをうまくまとめたところで、亜美はお米屋さんで精米したての米10キロを購入し、右腕に持つ春樹に声をかけた。
「半分はオレが食ってんだし、こんくらい当たり前っしょ、マジで」
左手は相変わらず亜美の手をしっかり握りしめながら、アイスを買うためコンビニの自動ドアをくぐりながら春樹は答える。
あ、機嫌なおった。
やっぱり自分だけ仲間はずれになったのが嫌だったんだ。
大きくなっても、やっぱ小学生だもんね、うん。
「なにニマニマしてんだよ」
「ニマニマなんてしてないよ」
「気持ちわりぃやつ」
「ひどっ、高いやつ選んでやるっ」
コンビニのアイスコーナーでアイスを物色しながらいつもの軽口が戻ったことにほっとしつつ、亜美は宣言通りこのコーナーで一番高いプレミアムストロベリーのアイスを選ぶ。
ただいま、の挨拶をして家に入り、購入してきた米を亜美の母に渡す。幼いころから亜美の母に徹底して教え込まれた手洗いうがいを済ませると、3人でプレミアムアイスクリームを食べる。その後亜美は着替えるため2階の自室に行き、春樹は麦茶を飲み干すと、亜美の母に入校許可証を返し、買い物リストの記入を依頼した後、亜美の自室へと階段を上った。
足音がノック替わりの春樹はそのまま亜美の自室のドアを開ければ、既に私服に着替え終えた亜美が肩までの髪を片側に束ねるためにシュシュを手首に鏡の前で結んでいる最中であった。
そっと近づき背後から抱きしめる。
春樹と亜美の身長差はちょうど彼の口元に彼女頭頂部がくる高さである。
抱きしめて彼女の薫りを吸い込む。
肌からの体温と体内から、外側からも内側からも彼女を補充できるこの体制が最近の春樹のお気に入りである。
「ちょぉっとぉ、髪がぐちゃぐちゃになったじゃん、ばか春樹!」
せっかくうまく髪が纏まりかけていたのに、またやり直しだ。コンビニの最高級アイスをご馳走になった位では、この遺憾な思いはとても帳消しに等できるはずもなく、スポンサーに思い切り苦情を言った。
彼女を充電中の春樹の思いなどかるくスルーするそんな薄情なことをいってのける愛しい女を先ほどよりも強く抱きしめる。
途端に亜美はビクリと身を固くする。
な、なに、もう、む、胸に手が思い切り当たってるって。
最近やたらと抱きしめてくるし。
抱きしめ方もなんかやらしいし、抱きしめてる時間も長くなってるし。
ガツンと言わなきゃだめかな。
「亜美はこんなふうにオレに抱き着かれるのイヤ?」
春樹に注意をすべく息を吸い込んだ亜美が発しようとした言葉は、春樹が先に発したことによって遮られる。
『だきつく』?
『抱きしめる』じゃなくて。
そっか、なんだ…わたしだけ…
変に意識しちゃってたのわたしだけなんだ…
あー、もう、バカみたい、小学生なんだよ、春樹は!
体はわたしより大きくてもまだまだ子供なんだから。
しっかりしろ、わたし。あー、ハズイ。
「や…じゃな…いよ」
亜美は全身が恥ずかしさのあまり熱くなるのを感じた。恐らく、いや絶対に顔が赤い。亜美はこの時ほど春樹のお気に入りの背後から抱きしめるこの体制に感謝したことはなかった。
しかし彼女は重要なことを忘れていた。
自分は髪を束ねようと姿見タイプの鏡の前に立っていることを。
前から抱きしめられていたら、絶対バレてた。
あ、『抱き着かれていたら』だ。
鏡の前だということをすっかり失念している彼女は呑気に心の中で絶賛独り言中だ。
「そっか、じゃあほかの奴、んーそうだな例えば本宮さんとかは?」
春樹は非常に不本意ながら本宮に敬称をつけて問うた。
「ムリ」
はっきりと否定の言葉を聞き出し安堵のため息を漏らす。
「オレ以外の男にこんなふうにされるとか…亜美?」
もっと確認したくてしつこく問いだだす。
「やだ。絶対ムリ、春樹以外とか想像しただけでキモいから」
「ふーん。オレならよくって、気持ちいいんだ?」
未だ自分を見られているとは気が付きもしない大好きな彼女を鏡越しに見つめながら春樹は訊く。
「き、気持ちいいとかっ、はっ…春樹とはべつにいいんだもん」
「うん、よくできました。それが正解。オレ以外は絶対ダメだかんな」
「あ、あったりまえじゃんっ」
愛しい女からの言質。
きっと今の自分はにやにやとだらしない顔をしてるに違いない。顔を見られていなくて助かっているのは春樹も同じだった。
鏡の中の亜美の様子に大いに満足した春樹は抱きしめている腕に更に力を込める。
この体制に感謝しているのは何も亜美ばかりではない。春樹もまた自分の肌で、鏡越しではあるが、目でも彼女を堪能できているのだから。
亜美は自分の気持ちが落ち着いて顔の赤みが取れるまで、おとなしくこの体制を許し続けるに違いない。その時間が一分でも一秒でも長く続くことを祈りながら相変わらず彼女の薫りを吸い込み、体内にも亜美を補充する。
自分を男として意識し始めた亜美に心の底から喜びを感じながら、亜美を補充し続けていた。
買い物リストを書き終えた亜美の母親の大きな声が下からこだまするまで、あと5分…。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ムーンさんで高校生の二人を載せていただいてます。
18歳以上の方で、読んでやってもいい!と思って下さった方は是非!!