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南嘉手納荘四号棟  作者: Resetter


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12/18

12. 監査員


 翌日。

 リッセーに言われた通り、診断書を持って出社した。


 社員通用口に入ってからというもの、すれ違う社員たちの視線が、絶えない。

 嫌な顔、顔、顔……。

 身体の具合も悪いのに、朝から気分まで下げられるとはね……。

 

 でも、どうしてもやるべき事がある。


 この会社内には、派閥争いがあるらしいけど……。

 昨日は、アードの話以外に、その派閥についても聞いた。


 リッセーによると、戸田は、意外にも社長派らしいのよね。

 そして、意外と言えば、石田ちゃん。

 実は、白峰派の相当深いところにいるらしく。そりゃ、聞き込みをしたところで、答えてくれるわけがないわね……。

 

 無所属派は、平社員には多いらしいけど、役職付きは大体派閥に組み入れられてるという話。

 

 ちなみにリッセーは、どの派閥にも()()()をしているそうで。聞いていて、背筋(せすじ)が冷えたわね。綱渡りが過ぎる……。


 まぁ、私はそこには関わらない。私に出来ることを。それだけ。

 



 環視の森を抜け、部署室に着くと。


「あら、佐藤さん。いいご身分ねぇ……って、何その顔色。変な病気じゃないでしょうね? 移さないでよ?」


 いつも通り、戸田部長の嫌味から始まった。

 久しぶりだというのに、本当に()()()()してるわね。


「おはようございます。こちら、診断書です。ご迷惑をお掛けしました。移る病気ではないので、ご心配なく」


「あっそう。ならいいけど。じゃ、それ受け取っとくわ」


 サッと診断書は、ひったくられた。


 ――さて。戸田部長。


「はい。ありがとうございます。あ、そうだ。戸田部長。国税監査が来ていると聞いたんですけど」


 反撃、させてもらいますよ?


「……はぁ。そうなのよ……。面倒臭いことにね……。全く……。経理部も全員辞めちゃって、今や私一人だし……。本当に無能ばっかで困るわね。根性もないし。おかげで人手が足りないのよ……。あ、そうだ。佐藤さん、あなた、確か経理経験者だったわね?」


「そうですね」


 経理部、戸田のいびりで全員辞めちゃったのにね。自業自得と反省するべきところを、他責にすり替えられるなんて。便利な思考回路よね。


「あんたも手伝いなさい。もうすぐ、監査員が来るだろうから」


 戸田部長は、盛大な溜息を吐いた。


 ――本当に、リッセーの言う通りになったわね。


 これでやっと、堂々と帳簿を触れる。

 

 棚に、手を伸ばした。

 

 この前コピーを取ったものは、そのままの状態だった。流石にいじってはないようね。

 その他に怪しいものと言えば、資産管理台帳と、貸借対照表たいしゃくたいしょうひょう勘定科目(かんじょうかもく)。それと、収支計算と経費計上……。

 捜査に協力して、少しでも白峰にダメージを与えないと……!


 ……これは。


 経費計上が酷すぎる。

 特に、白峰と中村が遣いすぎている。接待交際費が、三百万円を超えている月すらある。


 それに、白峰の交通費や通信費、それぞれ百万円以上……。

 行先は……沖縄が多いわね……。沖縄……? 嘉手納……?

 不意に、白峰の笑い声が……脳内で、弾けた。息が、詰まる。


 資産……コピー機の台数が変ね。こんなにないはず……。

 それに、この土地というのは……何かしら? 住所は、山の方ね。

 山……? これって、まさか……。いえ、そんな。まさか、ね。


 車両管理台帳の古いものをめくる。


 つい、目を擦った。

 会社の前にあるのは、計八台のはずなのに。何故か、十四台あることになっている。


 指先で、記録をなぞる。

 ブレイブからの購入が、計十台。


 そのうち一台の車庫証明が、南嘉手納荘になっている……。

 駐車場番号、四〇二号室……? そんな……噓でしょう……?

 ドンドンと、耳奥が煩い。

 

 震えながら、それぞれの車庫証明を確認していく。

 さっきの山の住所が、一台。そして、他はそれぞれ別の住所だった。


 ああ、もう吐きそうだわ……。


 しばらく国税監査員が居るかもしれないって、リッセーが言ってたけど……。なるほど……ね。

 これは、ただの不正じゃない。もっと、恐ろしい隠蔽……だ。


 ……寒気が、収まらなかった。




 それから一時間ほどすると。

 内線が、けたたましく鳴った。

 戸田が眉間を寄せて、受話器を取る。


「はい。お疲れ様です。経理部、戸田です。……はい。……はい。お通しして」


 どうやら、監査員が来社したようだった。



「佐藤さん。監査員が来社したそうだから、行ってきて」


 この一週間以上の間……こういうこと(雑用)、どうしていたのか疑問ね。


「はい。お出迎えします」



 部署室を出る。

 前方、廊下の曲がり角。一瞬ピンク色が視界に映って、消えた。あれって……?

 

 ――見られてた?

 

 気味が……悪かった。


 階段前に着くと、下からカツカツと足音がいくつか響いてきた。


「おはようございます」


 冷たい声色で挨拶してきたのは、眼鏡をかけた、蛇のような男だった。

 年齢は私と同年代くらい、かしら。他にも二人、もう少し若い男女が、後ろに続いていた。


「おはようございます。佐藤と申します。よろしくお願いいたします」


 普段なら、あまり仲良くなれそうにない……という印象を受けていたと思う。

 でも、上山さんが呼んでくれた唯一の希望だ。今出来る精一杯の笑顔を作って挨拶した。


「ああ、あなたが佐藤さんですか。お噂はかねがね。森島です。よろしくお願いします」


 意外にも、丁寧に返された。

 もしかしたら、この人、上山さんの関係かも知れないわね。


「山田と申します。よろしくお願いいたします」


「吉岡と申します。よろしくお願いいたします」


 男性が山田さん、女性が吉岡さんね。深々としたお辞儀だった。二人とも、三十前後かしら。ちょっとお堅い雰囲気ね。


「では、行きましょうか」


 三人を引き連れ、ひとまず経理室へ向かった。

 廊下は、照明の具合でも悪いのか、チカチカと点滅している箇所があった。

 この前替えたばかりなのに。おかしいわね……。


 社屋が、薄暗い気がした。

 いつもの無機質な冷たい印象だけでなく、今日は何か……嫌な雰囲気だった。


「あの、森島さん。今、どの辺りまで調査が進んでいるのでしょうか?」


 部屋に着く前に、世間話がてら、進捗状況を確認しておこうと思った。戸田の前では、あまり見せたくない姿でもあるからね。

 

「そうですね。あまりこの会社の方々は、協力的でないので、経理室の資料を半分ほど……というところでしょうかね。ずいぶん杜撰な資料のようで、なかなかに実態を掴むまでに難儀しそうですがね」

 

 国税監査に協力的な会社の話など、聞いたことがないけど……と、苦笑しそうになった。

 でも、私はその国税監査員に、出来る限り協力する。そう決めていた。資料整理に、現場確認、やることは山積みね。頑張らないと。



「おはようございます」


 経理室に着くと、戸田が苦々しい顔で挨拶をした。


「おはようございます。昨日頼んでおいた資料等は、用意出来ていますか?」


 森島が、AIのように冷たく言い放った。その目は、獲物を見詰めているようだった。


「いえ、通常の業務もありますので……」


 戸田は、いつもの勢いはどこへやら。弱々しい声で、顔色すら失っていた。きっと、蛙の気分を味わっているんでしょうね。


「そうですか。あなた、経理部長さんですよね? 我々国税監査が入っているという事実がどういうことなのか、きちんと認識出来ていないようだ……」


「あ、いえ……その……。あ、今日からはその佐藤が、監査のお手伝いをしますので。どうぞ、手足のように! 何なりと申し付けてください!」


「そうですか。わかりました。それで、社長やその他取締役員の方々は、本日は来られますか?」


「えっと……私は存じておりませんが……」


「そうですか。社員名簿などもありましたかね? 逃げられるようなら、ご自宅までお伺いすることになりますがねぇ……」


「そ、そうですか……」


 戸田は、小人にでもなるんじゃないかというくらいに、縮こまっていた。普段も、役員たちの前では大人しいし、権力には逆らえないタイプなのかも知れないわね。まさに井戸の中……と、いうわけね。笑える。


「佐藤さん」


 森島さんが、くるりとこちらに向き直った。


「はい」


「そういうことらしいので、全面的にご協力お願いいたします」


 そして、軽く頭を下げた。監査員と言えば、血も涙もないイメージだったけど、違うみたいね。


「承知いたしました。では、まずこちらを……」


 そして、まずは(くだん)の台帳を開いて、森島さんに渡した。


「ああ、寮の件ですね。昨日確認しました。後ほど、現地確認に行きたいのですが」


「鍵も私が管理していますので、同行いたします」


「それはありがたいですね。それと、倉庫や場合によっては、役員宅にも同行していただくかも知れません。ご承知おきください」


「承知しました」


「では、社内にある資産と台帳の照合をしたいと思います。案内をお願いします」


「はい。離れた場所へは、車を手配しますので」


「助かります」


 こうして、私は社内を回ることとなった。

 

 狙い通り……上手くいくかしら。

 いえ。……やるしか、ないのよ。



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― 新着の感想 ―
戸田の小物感もいい感じだし、色々と明るみになってきましたね 敵を追い詰める距離では、敵の攻撃も受けやすいので気を付けて欲しいものです テンポ良く進んで、内容も毎回ドキドキさせられるほど詰まっていて…
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