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南嘉手納荘四号棟  作者: Resetter


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10/18

10. 赤い雫



 静謐な程の、個室。

 

 ――コンコンコン


「失礼します」


 その凍った空間を融かすように、女性店員が現れた。煌びやかな輝きを纏うが如くの、寿司を持って。


「おまかせ十貫です」


「お! これこれー! あざっす! ほら、佐藤さん、見てよ!」


 女性店員から寿司を受け取り、子供のようにはしゃぐリッセーだけど。

 さっきの雰囲気は、ただ事じゃなかったわよね……。

 そう……。まるで、白峰や篠原みたいな……。

 

「……うん。すごいねぇ。こんなお寿司、初めて見たわよ」


「だろー? オレも初めて見た時ビビったもん」


 でも、この笑顔は、いつものリッセーだ……。

 小さく息を吐きながら、額を拭う。


「そうなの……。確かにすごいもんねぇ。誰と来たの?」


「ああ、最初は一人だよ。出張の時だったしね」


()()()ってことは、その後、誰かと来たの?」


「ん。……アードだよ」


「そうなんだ? 外部講師なのに、仲良かったのねぇ」


「うーん。理由は知らないけどさ。やたらフレンドリーというか、ぐいぐい来るというかでさ……。まぁ、色々連れてったんだよなぁ……」


 リッセーは、ふいっと目線を外して、遠く虚空を見詰めた。


 それは、とても切なげな表情で……。

 何だか……胸が、締まる。


 だから……。


「そう……」


 と、だけしか言えなかった。


「なんつーかさ。オレなんかが……あんな金髪美女に懐かれるってのが、最初はホントに実感なかったなぁー」


 リッセーは、(あじ)の寿司を、箸で弄んでいた。


 ()()()……って。自己評価、低過ぎない?


「まぁ、温泉巡りで同室に泊まれって言われまくって、流石に気が付いたけどさ……」


 そして、ひょいと掴んで、口に運んだ。

 美味しいはずのそれを咀嚼しながら、段々とその顔が陰っていく。


「会社で会うことは、あんまりなかったけどさ。月二回だったしな、講習会。でもまぁ、毎日電話掛かってきてさ。週二回くらいは会ってたかもなぁ……」


「そうだったんだ……。それで、それが今回のことと、何の関係が?」


「うん……」


 もう、リッセーの表情には、色がなくなっていた。



「……アードはさ、死んだよ」



「……えっ?」


 雷に打たれたような衝撃が、全身を貫いた。


「急に来なくなったのはさ、死んだからだ」


 リッセーは、死人のような顔だった。

 きっと、この話は本当なんだろうけど……。

 ……俄かに信じられなかった。



「死んだって……なんで? 若い子だったじゃない」


 確かにあの子、急に来なくなったけど……。

 講習会の効果がないから止める……という話だと記憶していた。

 死んだから来なくなった、ですって?


「……オレの代わりに、死んだんだ、アードは……」


 地の底から絞り出すような、深く(ひず)んだ声色だった。


 テーブルの上で、小刻みに震えるリッセーの拳が、握られていた。

 ミキキッという音……そして、バキッと箸が折れた。


「ちょっと、大丈夫……? それ、手……」


 つうっと、赤いものが、リッセーの手を……伝っていった。


 それは、ぱたたっと、テーブルを染めていく。

 (たい)の握りにも赤い雫が降り注ぎ、血化粧で(まぐろ)のようになっていた。


「こんな痛みはどうでもいい。どうでもいいんだ……。オレは……アードの仇を討つ。絶対に……な」


 くっと上げたその瞳から、雫が溢れた。つうっと、頬をなぞっていった。


「仇って……?」


 殺された……ってこと?


 私は、自分で思っていたよりも、遥かに震える声だった。


「……アードはな。結構好奇心旺盛でさ……。まぁ、オレもわりとそうなんだけど。変な事件に巻き込まれたりとかもあったなぁ……。まぁ、それはいいとして……」


 ふっと吐いた息が、冷気を帯びたようだった。


「……講師の仕事の最中、四〇二号室の噂を聞いちまったらしい。それで、調べたいとか言い出してさ……。あいつ、結構我儘(ワガママ)言うけどさ。まぁ、素直なところは素直だったんだけどな。でも、好奇心が勝っちまうと、止まんなくってさぁ」


 一瞬だけ、昔を懐かしんでいるのか、リッセーの表情が柔らくなった。

 でも、すぐに影が差す。


「当時、その部屋に住んでた奴の部屋に行ったんだ。小野の前の住人だな。……まぁ、怪しいモノばっかの部屋だったわけだ。それで、オレもアードも、気付いたのさ。あの部屋は、組織末端の部屋だ……ってな」


「組織末端……?」


「ああ。オレは、十代の頃、そういう世界に触れてた。アードも、イギリス出身だが、色んなところを回ったらしい。そんな知識はあった。だからすぐに分かったよ。小野の前の住人は、オレたちが探り出したすぐ後に、消えた。……だからオレには、今回の小野の件も、またかって印象だった」


 それで、あんなに断言していたのね……。


「まぁ、元々会社の良くない噂は知ってたしな……。でも、そこまで興味がなかった。オレに害がないなら、勝手にしてくれって感じだったしさ」


「……ああ、それ、たまに言ってるわね」


「そうね。……でもまぁ、害が、出ちまったんだよな……。オレは、社内で迫害されるようになった。陰湿な社内イジメ……って感じだったかな。最初は、中村派か、白峰派か分からなかったんだよな。社内全体に波及するのが、あっという間だったしなぁ」


「……そんなことが」


「まぁ、探ろうとした"見せしめ"だったんだろうなぁ。幸い、アードに直接何かってことはなかった。講習会が、月一に減らされただけだ。社内イジメも、オレにだけだったしな。まぁいいかって感じで。住人は口封じされたんだろうし、それ以上はないだろうと……。油断……してたんだろうなぁ……」


 イジメ……。

 戸田や池上の顔が、ちらついた。


「ある日、アードと歩いていた時にな。車が……突っ込んできたんだ。猛スピードで……な。気付いたら目の前、でさ……」


 リッセーが、深く息を吐いた。

 

「そしたら……な。アードに……突き飛ばされたんだ、オレ……。鈍い、音がしたんだ……。アードが……宙を舞ってたよ……。街灯の薄明かりに浮かんだ金髪が……闇を照らしながら溶けていって……。赤い、雨が……。手を……伸ばしたんだ……オレ。あいつ……闇夜に呑まれながら……綺麗な顔で……笑ってた……よ……」


 虚空を見詰めるリッセーが、笑顔なのか、泣き顔なのか……もう、分からなかった。


「……アードはな、最期に言ったよ。『りせゆきが、無事ならよかった』ってな……。あいつ、いつも『死ぬ時は一緒だよ。心中しようね』とか、言ってやがったくせに……」


 心中って……。りせゆきなんて愛称まで付けて……。

 アードって、独占欲の塊だったのね。孤独に生きてきた私には、分からない感情……ね。


「オレは……許せなかったよ……。突っ込んで来やがった奴も、やらせた奴も、オレなんかを庇ったアードも……。それを守れなかったオレ自身も! 許せなかったんだ!!」


 絞るように叫ぶリッセーが、ドンッと、テーブルを叩いた。心臓が、跳ねた。


「……やらせた、奴?」


「ああ、突っ込んできた奴は、もちろん捕まったさ。……壊れたジャンキーだったよ。ブレイブに出入りしていた奴の内の一人だった。だから、すぐに気付いたのさ……」


「……えっ?!」


「おまけに、白峰のやつに呼び出されてな。答え合わせは完璧ってな。中村派主導じゃなかったってことだ」


 白峰……。

 

「ハッ……。白峰の野郎、平然と言いやがったよ。『生きてて、よかったな。お前のような便利なやつには、しっかり働いてもらわないと』ってな。どんな脅しだってんだ。あん時の(ツラ)ァ……忘れねぇよ……」


 私は、ここまで怒りを露わにしているリッセーを……知らなかった。あまりの覚悟と迫力に、身震いが止まらない。


「オレは、そこから……大人しく、裏で探ったよ。色々とな……。派閥争いにも、手を貸す振りをしたりしてな。信頼を作ったのさ」


「じゃあ、今回のことって……私が、邪魔したってこと?」


「ハハハ……。そんなふうには思ってないって。……社畜仲間だろ? だから、下手なことに首突っ込んで欲しくなかったってだけさ……。国税なんかじゃ、白峰は止まらないから、な……」


 薄い笑顔で、力なく笑うリッセーが、私には……たまらなく、痛くて……哀しかった。


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― 新着の感想 ―
一先ずここまで拝読いたしました。 とても読みやすく、面白くて、先が気になります! おネェ口調のおじさんが主人公っていうのも新鮮でいいですね 笑 個人的にかなりツボです! どんどん深みにはまって行く不穏…
リッセーの闇が打ち明けられる描写は涙涙でした いつも明るく振る舞ってるのにこんななんて… リッセーの胸の内が明らかになって、今後の二人はどんな動きを見せるのかな?
Xから来ました! 読み始めの時点では、完全なホラーなのかなぁと思っていましたが、読み進めていくうちに、私の大好物であるホラーミステリーであって、とてもドキドキワクワクしながら読めました! しかも、…
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