042.棟梁の求むもの
私をじっと見つめる視線。
棟梁はその視線を私の腰辺りに移動させる。
私は危険を感じ、両手で身を抱いて後ずさる。
その私の動きに戸惑った様子の棟梁は、壁際で頭を掻きながらゆっくり起き上がる。 煤まみれの衣服を叩いて身なりを整えている。
ディミウルと名乗った大男の彼は、再び私に近づいてきた。 肉体改造を全力で展開しながら身構える。
「いきなりすまんな。 だが嬢ちゃんから神々しい匂いがただよってきてな……あるんだろ? なあ、持っているんだろ?」
彼は再び目を血走らせながら、鼻をさらにヒクヒクとさせてドンドン顔を近づけてくる。
私はその異様な迫力に引きながら、顔を強張らせさらに後ずさる。 次の瞬間、またも横から低い唸り声が響いた。 愛犬が再び牙を剥き出しにしたため、ディミウルは顔を引きつらせながらその場で足を止めた。
私は彼から目を離さず警戒しつつも考える。
「神々しい匂い?」
私の魅力はもはや神といっても良い域に達したのか? 一瞬そう考えたが、冷静に自身を顧みる。 そして、先ほどの視線を思い出し身震いした後、その視線の先にあるスリングバッグに手を突っ込んだ。
保管ボックスの中身を確認する。 当然バッグには入っていないのだが、出し入れにはここを経由させているので、その中の何かの匂いを感じたのだろう。 驚きの嗅覚だ。
何を取り出せば良いのか全く見当がつかない……が、神々しい何か……真っ先に該当すると感じたドライヤーを取り出してみる。
「ぐっ、その魔道具はあんときの奴じゃねーか! まだ持ってたんだな! それをよこせ! 前と同じ額で買い取ってやる! ……じゃなくて、ほら、あるだろ? 俺が欲しているのは……分かるだろ? 神からの賜りもの、お前、収納持ちだろ? それでも匂うってこたー、かなりの大きさのはずだ!」
必死に両手を動かしそう呟くディミウルは、左手の親指と人差し指で3センチぐらいの大きさを示している。 なぜスキルがバレた? 疑問に思いながらもなお考える。
かなりの大きさといいながらそのサイズ? そして私は閃いた。
私は愛用の鈍器を取り出して見せた。 彼の示したそのサイズは幅なのだと。 ちょうど鈍器の先がそのぐらいの幅であるはずだ。 ディミウルは私が得意気に差し出すメイスを一瞥すると、露骨に嫌そうな顔をして鼻を鳴らした。
「なんだこれは……。 こんなクズメイス、よく俺の前に出せたな。 ぶち折って燃やしちまうぞ?」
ドワーフの基準ではゴミ同然の代物だったようだ。
だが、私を支えてくれた相棒を馬鹿にされ、苛立ちを覚えながら鈍器を保管ボックスへと戻した。
ほかには何があっただろうか。 私は考えながら、何気なく前世から持っていた財布とスマホをバッグを経由して取り出した。
「それだーーー!!!」
ディミウルが叫びながら、左てに持った財布を目がけて猛然と手を伸ばしてきた。 私は慌ててファイティングポースをとる。
しかし、私が瞬きをしている間に横から強い風圧を感じ、直後にディミウルの脇腹に愛犬が突撃したのが見えた。 ディミウルはくの字に体を曲げ、再び強固な石壁へと吹き飛んでいった。
凄まじい衝撃音が響き、ドワーフの職人たちが再び「棟梁ーーー!!!」と悲鳴を上げる。
「レイ、ありがとう」
私は誇らしげな愛犬のふわふわな頭を撫でて褒めちぎった。 壁からずり落ちたディミウルは、頭を激しく振りながら執念深く立ち上がってきた。
「その、左手の中に持っているやつだ! もう絶対に触ったりしねえから、それを見せてくれ! お願いだ……せめて香りだけでも……」
彼の必死な様子に負け、私は左手に握っていたレザーの二つ折り財布を開いた。
すでにWaooon Shopping の機能により、財布の中に入っていたはずの日本円の紙幣や硬貨はすべて換金されて消滅している。 中身はカード類やレシートの残骸、それと……。
私は、カードポケットの奥に挟まっていた、一枚のコインに目を留めた。
王国の城から叩き出された際、ツインテールの侍女が「これ落ちましたよ」と渡してくれた、女性の刻印が入ったあの不思議なメダルだ。 以前はパチスロ店のメダルか何かかと思っていたのだが……。
「それだぁーーー!!!」
またも弾かれたように飛びかかってきたディミウルだったが、私が避けるよりも早く愛犬の攻撃によりまたも吹き飛ばされた。 懲りないなぁと思いながら起き上がるのを待った。
数分後。
すっかり大人しくなり私の前に正座したディミウルは、真剣な顔で語り始めた。
「それは……神銀、オリハルコンという超希少な金属だ。 加工することで、あらゆる聖なる魔力を増幅し、杖の核となる神話級の触媒なんだ……その大きさなら、城がいくつも買えるだろう……」
彼は自身から湧き出る感情を必死で押さえるようにしながら語った。
「つまりだ。 そんな金属を平然と所持し、あの聖なる魔道具を作り出せるということは、嬢ちゃん……あんたが本物の聖女様だった、というわけだな?」
私は即座に、きっぱりとそれを否定した。
「私は通りすがりの商人です」
「嘘を言うな! すでに王国から白い獣をつれた黒髪の娘がドライヤーを持ち込んで、それが聖女だって報告は受けているってんだ!」
その返答に私はぐっと息を呑む。 なぜバレた……。
「……だが、嬢ちゃんが何者であっても構わない。 どうかその神銀を、この俺に加工させてくれ! なあ、いいだろ? 一生のお願いだっ!!!」
ディミウルは石畳の床に額を擦り付け、必死に土下座を繰り返した。
この頑固そうな棟梁がこれほど懇願するのだ。 下手に断ってまた奇行を繰り返されても面倒だ。 それに、これほど大きな鍛冶場の棟梁に何かを作ってもらえるのだ。
珍しい金属か酒を与えれば、ドワーフ族は喜んでくれるというのは異世界あるあるだし、悪いことにはならないだろう。 そう思った私は、そのコインを彼に預けることを承諾した。
「本当か! ありがてえ! 嬢ちゃんのことは聖女様として、この国を挙げて大歓迎してやるからな! 楽しみにしておけ!」
豪快に笑うディミウルの発言に、また目立ってしまうのだとため息をつきつつも首を傾げた。 職人の一言で、国を挙げて歓迎するとは大げさすぎる。 そんな私の表情に、何かを気付いた様子のディミウル。
「その様子じゃ嬢ちゃんは知らんだろうな。 この俺は面倒なことだがこの国の補佐官を任されている。 いわば国のかじ取り役って奴だ」
そんな発言を聞き、なるほどなーと気の抜けた返事の私。
「それに、 この前ギルドにもう一人、俺の隣にいただろ? あの方が今のテクトンティア共和国の元首、エフリステ大統領だ。 ドライヤーの件もあって、近々宮殿に呼ぶつもりであったんだ」
私はその言葉にこめかみを押さえた。 また目立ってしまうことを面倒を感じつつも、すべてを諦め、彼に神銀と言われたそれを託した。
次週、カナの運命は……
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