041.突然の暇を持て余し
あれから二週間が経過した。
待てど暮らせど、魔人はやってこなかった。
私は毎日のように、双子のイリオスとフェーンの薬草採取の護衛という名のお散歩に同行していた。 二人もいるのが当たり前になっているのか、私が寝坊した日も待っていてくれたりもした。
中央都市の西から南にある森を、広範囲に歩き回る彼女たちと一緒に、のんびりとついて回る。
二人も依頼を終えた後、冒険者ギルドで他の冒険者を相手に訓練をしているということで、徐々に実力を上げ、奥地へと行くようになっていた。
二人は手強くなってきた魔物たちを倒しつつも、少しずつ私たちの手を借りることがなくなったが、いざと言う時の保険と言いながら、のんびりと同行する日々を満喫していた。
しかし、そんな日常も双子ちゃんから「今日はお休みなの」と告げられたことで、私は突如として暇を持て余すことになった。
「そうだ、せっかくだから武器を購入しよう!」
愛用の鈍器は極一般的な武器屋で購入したものだ。 そろそろより強いものを入手するしかない! そう思い立った私は、中央都市の中でも特に有名だという鍛冶場へと足を運んだ。
だが、そこで待っていたのは想像以上の冷遇であった。
「ヒューマンのガキに武器なんぞ必要ないだろー」
「ここに鍋やフライパンは売ってねーぞ?」
「女だったら大人しく金物屋に行って包丁でも買ってもらえよなー」
職人たちからは馬鹿にした高笑いと共に容赦なく煽られ、苛立ちが抑えきずに一歩前に出る。
「もういい! 私が自分で作るから!」
捨て台詞のようにそう宣言しながら右足を上げてダンと音を立てた。 男たちはさらに大笑いし、何人かは私を指差したりもしていた。
「おいおい、自分で作るだって? だったら試しにこれを持ってみるか? 持てるもんならな!」
一人の職人が、巨大な鉄の槌をドカリと床に置いた。
その職人は灰色の短衣を纏い、太く短い腕を剥き出しにした大男だった。 煤に汚れたエプロンを締め、厳つい顔を不敵に歪めている。 その表情にさらに苛立ちが膨れ上がってくる。
愛犬が私を守るように前に出ると、喉の奥で唸り声を上げ男たちを見回すが、私は手でそれを制しながら槌の方へと歩き出す。
スウッと息を吸いこみ、肉体改造のスキルを全開にする。 体の奥から力が満ちるのを感じながら、私は大槌の柄を片手で握りしめ、軽々と持ち上げた。
そして、クルクルと頭上で何度か振り回した後、全力でそれを床に向けて振り下ろした。
凄まじい大音響と共に、鍛冶場の強固な石畳の床が蜘蛛の巣状に割れ、周囲に砂煙が舞う。 一瞬のどよめきの後、鍛冶場には静寂が訪れた。
「や、やるじゃねーか……よくあんなへっぴりで……少しなら、見せてやらないこともない……」
先ほどの職人が上擦った声でそう呟き、弱気な態度をみせ、奥の武器を見せてやると言い出した。
しかしその時、一人のドワーフが不機嫌そうに姿を現した。
「なにを騒いでやがる!」
怒鳴り散らしながら近づいてきたのは、不機嫌さを全身から漂わせた男性だった。
その男は、周りの男よりさらに大柄の体を揺らし周りを睨みつけている。 分厚い胸板と丸太のような腕を持つ彼は、うろたえる男たちをよそに私を見つけ目つきをさらに鋭く細めた。
煤と油で黒ずみ、固く編み込まれた赤褐色の髭が胸元まで伸びている彼は、私にゆっくりと近づいてくる。
「す、すいやせん棟梁!」
職人ドワーフたちが一斉に頭を下げる。
どうやらこの男性はここの棟梁、つまりは一番偉い職人らしい。 その頭を下げた男たちの間をなおも進む棟梁と呼ばれた男。
私は思わず身構える。 念のため横に移動した愛犬は片手で押さえておく。 私は喧嘩をしに来たわけではないのだ。
「お前、この間の人族の女じゃねーか? こんなところで何を……」
独り言のようにそう零しながら距離を詰めてくる男に、私は心当たりがなく首を傾げた。
「お前、商業ギルドで……会った……」
先ほどの勢いは消え去り、様子がややおかしい男がさらにじりじりと近づいてくる。
「グルルゥゥゥ!(妹ちゃんに近づかないで!)」
愛犬が制止を聞かずに私の前に立ち塞がり、鋭い唸り声で威嚇した。
だが、男はそれすら押しのけるように近づいた。 愛犬はその様子に拍子抜けしたのか、そのまま押しのけられてしまった。 そして男は、私の前に顔を突き出し、鼻をすんすんと鳴らし始めた。
私は嫌悪感から思わず小さく悲鳴を上げる。
「俺は、ディミウルだ……」
そう名乗られたものの、あまりの奇行にそれどころではない私は、引きつった顔のまま後ずさった。
ディミウルと名乗った棟梁は、鼻をもう一度ヒクヒクさせた後、「出せ!」と大声で迫ってきた。
次の瞬間、横から飛び込んできた愛犬の強烈な体当たりにより、大柄な男の体は鍛冶場の強固な石壁へと叩きつけられていた。 凄まじい衝撃音の後に、しばしの沈黙が流れる。
呆然とする周囲の職人たちを余所に、男はむくりと上体を起こした。
「なんだ、この獣はっ!」
「うぅーーー! わんわん!(それはこっちのセリフよ変態! 妹ちゃんに何する気!)」
立ち上がろうとしたディミウルは、再度飛びかかってきた愛犬によって床へ押し倒された。 頑強な胸板にレイが前足をグイと押し付け、なおも唸り声を上げている。
「待て待て、嬢ちゃんに危害を加える気はねえ。 嬢ちゃん、この使役獣をどかしてくれ。 頼む!」
完全に身動きを封じられた棟梁が、情けない声で懇願してきた。 周りの職人たちも、頼み込むように必死に頭を下げている。
私は愛犬の頭を優しく撫でた。
「レイ、大丈夫そうだよ。 離してあげて」
「くぅーん?(大丈夫なの?)」
「うん。 いざとなれば私も反撃するから」
笑顔でそう返答すると、愛犬は渋々といった様子で一鳴きした後、ディミウルの上から離れてくれた。
大きく息を吐き出したディミウルは、頭を掻きながらゆっくりと起き上がった。
その視線は私をじっと捉えたままだった。
次回、カナに迫る棟梁……
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