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040.それぞれの疑念


 買い出しを終え、住み込んでいる新しいお屋敷へと戻る道すがら、ピレとリアの二人は並んで歩いていた。


 高品質な食品を中心にこの共和国でもそれなりに名の通っている商家の娘、ピレは十六歳。


 銀縁の眼鏡の知的な少女は、その瞳を少し曇らせ、前を見据えている。


 もう一人、国外からの輸入品を中心に財を成している商家の娘、リアは十五歳。


 丸顔の愛らしい輪郭に大きな茶色の瞳に少しの不安を抱え、ピレの後ろをついて歩いていた。


 二人は、カナから支給されたこの共和国の貴族通りにある一番店の装飾品店から取り寄せたものと思われる、上品な装飾を施された清潔な白いエプロンドレスを身に纏っている。


 上質な生地で作られたそれは、これまでに彼女たちが商家で着ていたものよりも遥かに着心地が良く、動きやすかった。


 抱えた買い物袋の重みを感じながらも、二人の表情はどこか浮かない。


 それは、仕事が大変だからではなかった。


 むしろ、その正反対だった。


 先日、雇い主となったカナから手渡された準備金の額が、すべての不安の一端でもあった。


 初日の夜、雇い主でもあるカナお嬢様は「一ヶ月分の食料や、必要な雑貨を買うのに使ってね」と言いながら、鞄から白金貨を二枚、さらりと取り出したのだ。


 二百万ダル。


 一般的な平民の家庭であれば、二年は何不自由なく暮らせるほどの金額だ。 もちろん商家の出の二人にとって、それはそれほど大きくはない額だった。 だが、お嬢様は「使った内訳の報告は口頭で、適当でいいからね?」と、信じられないような言葉を添えていた。


 普通であれば、このぐらいの金額を預けるなら、支出についてきっちりと報告を求めるはずだ。 それを適当でよいなどと言われ、二人は「裏で試されているのではないか」と勘繰り、不安からあまり夜も眠れないほどあれこれと考えてしまった。


 お嬢様は自分を平民だと言っていたが、その常識の無さや金銭感覚の狂った様子から、本当はどこか高貴な、やんごとなき身分の方なのだろうと感じていた二人。


 数年後には結婚を控え、それまでの短い間の腰掛けとしての契約のつもりであった。 だが、このままでは早々に「不要な存在」として、屋敷から追い出されてしまうのではないかという不安が、二人の胸を支配していた。


 交互に休日をいただく予定になってはいるが、あまりに楽すぎて、休む気すら起こらなかった。 実際には二人が交互にお嬢様への声がけをする程度しか役割がなかった。


 朝に送り出し、夕方に出迎える。 それだけで、約束された高額な給金が支払われるのだ。


 掃除についてもほとんどすることがなかった。 お嬢様は日中、使役獣のレイ様を連れて連日森へと足を運んでいる。 帰ってくるのは夕方を過ぎた頃であり、屋敷はほとんど汚れることがない。


 お屋敷の限られた場所に落ちる、レイ様のふわふわとした抜け毛の処理さえ、お嬢様から渡された「クルクルローラー」なる未知の道具のおかげで、一瞬で終わってしまった。


 粘着質の紙が巻かれた筒を床に転がすだけで、面白いくらいに毛が取れるその魔法のような道具に、ピレたちは感動を通り越して呆然としたものだった。 ぜひ商品化したいと思っているが、その話をするタイミングを伺っている段階であった。


 仕事があまりにも少なすぎる。


 だからこそ、せめて食事だけでも豪勢に、と二人は自身の実家の伝手を使って仕入れた新鮮な食材を使い、手の込んだ料理を毎日作り続けていた。 食事作りはピレが得意としており、食後の紅茶などをうまく淹れることができるのはリアだった。


 食材だけではなく、食器などの身の回り品についても伝手を使って最高級の品を仕入れ、なるべく気持ちよく過ごしてもらえるよう手配しているが、それでも渡された分を使い切るには程遠かった。


 不安は未だに拭えない。


「ねえ、ピレちゃん……。 私たち、このままで本当にいいのかな?」


 リアが買い物袋を抱え直しながら、消え入るような声で姉に尋ねた。


「……カナお嬢様が満足してくださっているなら、いいのよ。 でも、私も少し怖いわ。 こんなに天国のような場所、他にはないもの」


 ピレは眼鏡を少し押し上げ、深い溜息を吐いた。


 もし、このままこのお屋敷で雇い続けてもらえるのであれば。 いっそのこと、決められた婚約者の元へ嫁ぐのをやめ、このお屋敷に骨を埋めたい……。


 二人はお互いの顔を見合わせ、言葉にせずとも同じ不埒な願いを抱いていることに気づき、頬を朱に染めながら、急ぎ足でお屋敷への帰路を急ぐのだった。



◆◇◆◇◆



 ある夜、イリオスは錫色の長い髪を後ろでラフに結び、自宅の椅子の背を預け、天井を見つめて思案を巡らせていた。


 その傍らでは、妹のフェーンが透き通るような蒼白色の髪を揺らし、楽しげに鼻歌を歌いながら晩御飯の支度をしている。


「このまま甘えて良いものだろうか……」


 イリオスの口から思わず零れた独り言。


 ここ数日、カナというお姉さんと、レイという名の使役獣が、散歩がてらと称して自分たちの護衛についてくれている。


 カナは旅の商人だと言っていて、冒険者のあれこれを知りたいと、情報料代わりに護衛をしてくれているが、明らかに一流の上級冒険者並みの実力を持っている。


 思えば最初の出会いも、自分たちが魔物に囲まれて絶体絶命のピンチに陥った際、颯爽と現れて狼を一刀両断してくれた。


 助けてくれた時のことを思い出し、イリオスは首を傾げる。


 確かにお姉さんは強かった。


 なのだが、お姉さんの剣捌きはどことなくぎこちなかったなと、何度目かの思案をはじめる。 本当は剣士ではなく魔導士なのだろうか? 不得手なはずの剣で、あの規格外の身体強化の威力だというのだろうか? 謎は深まるばかりだった。


「ねえ、フェーン。 カナさんのこと、どう思う?」


 支度を終え、テーブルに温かいスープとパンを並べ始めたフェーンに、イリオスは尋ねた。


「ん?……お姉ちゃんは良い人だよ。 レイちゃんもふわふわで可愛いし」


 フェーンは首を傾げ、瞳をきょろきょろと動かしながらにこりと笑った。


「そう、よね……」


 イリオスはまだ半疑のまま、うーんと小さく唸った。


 自分たちに都合がよすぎる現状が、どうにも引っかかるのだ。 旅人だと言っていたが、彼女が住むのは中心部から少し南に離れた、かつて貴族が住んでいたという大きなお屋敷のようだ。


 実はどこかの高貴なお嬢様なのだろうか?


 それとも、上級冒険者で自分たちをスカウトしに来たのだろうか?


 考えたところで答えは出なかった。


 悩み多きイリオスは、それ以上の思考を放棄し、フェーンが用意してくれた良い匂いのする夕食へと意識を移すのだった。


次回、カナ、待ちぼうけ……


お読みいただきありがとうございます!

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