037.マイホームと二人の侍女
マイホームを整えた私。
明日に備えてマットレスをベッドに仕込むと、愛犬を抱き寄せながら、早々に眠りについた。
夕方まで仮眠をとっていたにもかかわらず、深い安らぎに包まれた私は、泥のように眠りへと沈んでいった。
そして、夢を見た。
―― 懐かしい、かつての私は目の前の光に向かって手を伸ばす。
光から、私を呼ぶ誰かの優しい声が聞こえ、嬉しさが込み上げ頬を緩める。
けれど、目の前の光は霧のように消え、私はまた闇へと戻った世界でへたりこむ。
あれは……誰だっただろうか? ―――
翌日。 私は気持ちよく目を覚ました。
布団から這い出ると、欠伸を堪えながら大きく両手を上げ体を伸ばす。
久しぶりの愛犬と二人の空間での眠りのせいだろうか? しっかりと眠れたようで、驚くほど体が軽くなったように感じた。 昨晩は何か夢を見ていたような気がするが、特に覚えていないので気にしないことにした。
保管ボックスから取り出した朝食を頂きくつろぐ私。
そしてお昼の少し前、ギルドの担当のお姉さんと共に、二人の侍女候補、そして見知らぬローブの男性がやってきた。
ピレとリアという人族の姉妹で、どちらも商家の御令嬢とのことだった。 それぞれ十六歳と十五歳。 十八歳になると婚約者の元へ嫁ぐのが決まっており、それまでの期間契約となる。
その場ですぐに契約を決めた私は、二人に秘匿契約を施してもらった。 もう一人の男性はこの為にいたのだとそこで気付いた。なんにせよ、これで私の秘密は守られる。
私はそれをいいことに、お姉さんたちが帰った後は自重するのをやめた。
居間にクッションマットを敷き、洗面所にはドライヤーを設置し、さらには一階の一部屋を「レイ専用ルーム」として追加購入したクッションマットと、お風呂用にと使っていたビニールプールまで設置して見せた。
出すたびに、ピレとリアの二人が「ひっ」と短い悲鳴を上げて驚くのが、少し申し訳なくも楽しかった。 一通りの設置が終わると、二人は何かを諦めたような表情になり、侍女として掃除を開始しようとした。
だが、すでに浄化スキルで屋敷中を綺麗にした後なので、首を傾げながら確認しては次の場所へと移動する二人を見送った。
「……お嬢様、埃ひとつないばかりか、空気まで澄み渡っています。 私たちが掃除をする隙すら見当たらないのですが……」
戻ってきて早々、眼鏡をかけた細身のピレが、困惑した様子で私に告げる。 その背後で様子を伺うように見ているのはリアだった。
「浄化スキルで隅々まで綺麗にしたから、今日は掃除はしなくていいからね。 食事の用意だけお願いしていいかしら? 明日からは掃除もよろしくお願いするね」
二人とも口を大きく開けたまま、石像のように固まってしまった。
その夜、二人から話を聞くと、二人は小さいころから商家のつながりで仲良くしていたため、一緒に勤務できるところを探していたようだ。
そして、今回の依頼があまりに好条件のため、別の目的で雇われるのでは?と不安だったが、私を見て安堵したものの、やはり秘匿契約を必要とするのには理由があるのだと腑に落ちたそうだ。
「驚きばかりですが、報酬が良いので全く問題はありません。 ですのでお嬢様、これからお世話になります」
丁寧にお辞儀してそう言うピレ。
「お、お世話になります!」
緊張しながら勢い良く頭を下げるリア。
「こちらこそ、仲良くしてくださいね」
私はそう返し、食後の片づけをお願いした。
「二人には明日から頑張ってもらうから」
片付けを終えた二人にそう告げる。
仕事が少なすぎるのですが?とやんわり抗議を受けるが、「よそはよそ、うちはうち」と言いながら納得してもらった。
渋々納得した二人には二階の一室を使ってもらうことに決め、丁寧にお辞儀をして二階へと上がって行く二人を見て、どうやら仲良くやれそうだ。 そう思った。
そしてその夜、自室に戻り愛犬を撫でながらベッドに腰かけ思案する。
あとは魔人が現れるまで、のんびり待つことにしよう。 私はそう思いながら、またも翌朝、二人に起こされるまで眠りにつくのだった。
二人により調理された朝食を頂く。
暖かな食事に満足し、しばし休憩。 保管ボックスからは当然ながら調理したてのお店の料理がいつでも取り出せるのだが、こうやって二人が私のためだけに調理をしてくれたのだ。 美味しくないわけがない。
このままのんびり日々を過ごしたい。 そう思っていたが、愛犬から「わん、わぉん!(妹ちゃん、体動かさなきゃだめよ!)」との声……私は重い腰を上げ、室内着から着替え、二人に見送られ家を出たた。
散歩がてら近くの森の小道へと向かった私と愛犬。 地味な茶の、緩いジャージのような井出立ちの私。
我が屋敷は、中央都市ヘパイストスの中心地から少し南に離れた場所に位置している。 東と南には広大な森が広がり、西には巨大な鉱山があるのだと聞いていた。
南へと続く長閑な森の道を歩くこと数十分。 周囲の空気が急に冷え込み、肌を刺すような刺々しい気配が漂い始めた。 足を止め耳を澄ませると、森の深部から微かな金属音が響いてくる。
「愛犬。 ここって魔物が出るの?」
「わぅ、わん!(そのようね。 鉄と獣の匂いがするわ!)」
私たちは顔を見合わせ、音のする方へと肉体改造を発動させ全力で走った。
木々が開けた場所に出ると、そこには双子のようにそっくりな二人の女の子が、巨大な狼を相手に必死に立ち向かっている姿があった。
◆◇◆◇◆
商業ギルドの小会議室。
窓から差し込む陽光が、上級仲介官ソラヴィのデスクを白く照らしていた。
彼女は艶のある灰褐色の髪を夜会巻きにまとめ目の前の二人の侍女候補の返答を待っていた。
目の前に座る二人の少女。
十六歳の少女、ピレ。勝気な光を宿した瞳に銀縁の眼鏡をかけている。 亜麻色の髪を一本に編み込み、薄茶色のコットンドレスを纏っていた。
その隣でさらに不安気な表情を見せるのは十五歳のリア。 丸顔で大きな茶色の瞳が不安に揺れている。 ピレと同じ仕立てのドレスを着ているが、落ち着きなく裾を握りしめていた。
二人はいずれも商家の御令嬢で、幼い時からの幼馴染であった。 二人が一緒に勤めることのできる働き口を希望していたため、互いに優秀ではあるが勤め先が決まっていない二人であった。
「では最終確認です。 給金は月に金貨五十枚。 交互に休日を設けるという破格の提案ですが、如何でしょうか?」
ソラヴィは青い瞳で二人を静かに見据えた。
ピレは眼鏡を押し上げ、慎重な口調で問い返した。
「ソラヴィ様。 報酬が良すぎます。 雇い主様はやはり……男性なのでしょうか? そ、その……不埒なことを強要されるのでは?」
その言葉にリアは小さく悲鳴を上げ、ピレの袖にしがみつく。
「ご安心ください。 雇い主は女性です。 非常に若いですが、大きな商談をまとめ、資金力もある方です。 さらに、魔物を使役なさっているようで、警備も問題ないようです」
その言葉を聞いても、二人は、特にリアはまだ不安を拭いきれない様子だった。
「でもぉ、秘匿契約を結ぶのですよね? 後から恐い男の人が出てきたり、誰にも言えないような嫌なことをさせられたり……」
リアの瞳に、今にも零れ落ちそうな涙が溜まっていく。
「秘匿が義務付けられるのは、あくまで雇い主の生活様式や独自の技術、所有物に関する情報です」
契約を行う際に使われる魔導書と呼ばれる特殊なインクで書かれた書類を取り出し、その内容の説明を始めた。
「あなた方に害をなすような暴力や不法行為については、契約の秘匿対象には含まれません。 そのような事態が生じた場合、契約は即座に無効となります。 ギルドが全力であなた方を保護することを約束しましょう」
断言するソラヴィの落ち着いた声に、リアは「でもぉ……」と不安気に呟いた。
すると、ピレはリアの肩を強く抱き寄せた。
「だ、大丈夫よ、リア! 何かあったら、私がガツンと言ってやるんだから! 私たちは商家の娘よ。 泣いてばかりじゃ生きていけないんだから!」
ピレは自分に言い聞かせるように、精一杯の強がりを見せた。
「決まりですね。 では、明日のお昼和えにはご案内します。 こちらにもう一度いらしてください」
ソラヴィは満足げに頷くと、そっと立ち上がり彼女たちをギルドから送り出す。
翌日、新たな雇い主と対面した二人は、別の意味で驚き固まることになるのだ。
次回、また新キャラが……
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