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033.王国の夜明け


 王都内某所。


 赤髪の商人、フィルはすでに旅立ちの準備を終えていた。


 フィルはあれから一度、あの少女、カナに接触した。


 カナと何気ない会話を交わしたフィルは、彼女から隠しきれない疲れが見えているように感じていた。 そんな中、フィルは自身の正体を悟られぬよう、商談を装いながら無関係な世間話を混ぜて会話を進めていた。


「そういえばカナ君、魔人を浄化したんだよね?」


 つい核心に触れる質問が口をついてしまった。


「なんだか、できちゃったみたいで?」


 カナは淡々と答えた。


「へー、すごいね」


 フィルは当たり障りのない言葉を返したが、内面では激しい衝撃を受けていた。 浄化、結界、そして治癒。 彼女が使用したと報告されたスキルは、伝説に語られる「聖女」そのものだが、彼女のその言動から、そういった何かを感じることはできなかった。


 彼女はやはり聖女ではないのだろうか? では誰が魔人を? そう感じながらもフィルは疑問を胸にしまい込み、話題を商売へと戻した。


「何か変わった商品はないだろうか?」


 そう尋ねると、彼女は見たこともない素材に包まれた「クッキー」という菓子を紹介してくれた。


「お試しに」


 そう言って差し出された一枚を口に放り込むフィル。 しっとりとしつつも軽い歯ごたえ。 直後に、優しい甘さが口いっぱいに広がり、思わず口元が緩んでしまう。


「いくつあるだろうか?」


 フィルは考えるより先に口が動いた。 これほど美味な菓子は食べたことがなかった。


「味は三種類、一箱が十枚入りです。 それぞれ十箱ずつの三十箱ほどなら、すぐに用意できますよ?」


 フィルは少し考えた後、様子見を兼ねて一つにつき金貨二枚という値段を提示した。 この価格で手に入るなら儲けものだ。


「ではそれで」


 カナは快く頷いてくれた。


 やはりこの程度の商品は、彼女にとってはどうとでもなる品なのだと感じたフィル。 後日馴染みの子爵へ十倍以上の値段で売りつけていた。


 あの時は良い路銀ができたなと思い返す。 そんなことを考えながらレッテルキアの報告を待つ。 そして、テーブルの上に置いていた通信具が反応する。


『フィーリア様、カナ様はやはり王国を出るようです……』


 その報告にフィルは無反応を決めこむ。


『フィーリア様? あの、聞こえてらっしゃいますか? ……フィル様、聞こえていますよね?』


 無反応を貫くフィルに観念したように、彼女は偽名の方を口にした。


「……そうか。 ありがとうレッテ。 で、行き先は?」


『……南の方へと向かいました。 やはり共和国を目指すようです』


 レッテの報告を聞き、フィルも南へと旅立つことを決めた。


 テクトンティア共和国。


 鍛冶の神ヘパイストを祀り、名工の槌を崇める矮人の鍛冶師たちが中心となって興した南の大国だ。


 あの未知の魔導具の出どころも、やはり南にあるのかもしれないな。 思案を終えたフィルは、拠点の実務を仲間に任せ、彼女を追うべく王国の南門へと向かった。



◆◇◆◇◆



 王都城内。


「なに? すでに居住していた屋敷を引き払っただと? 何をやっているというのだ。 どいつもこいつもこの、無能どもめがっ!」


 王国の王は、玉座で唾を飛ばしながら叫んだ。


 今朝、監視役の者から報告があり、少女の屋敷に住居管理局の人間が集まり、清掃を始めていたという。 管理局に問い詰めると、すでに屋敷の契約は解除されていることが判明した。


「で、奴の居場所は? 新しい住処は見つけたのだろうな!」


「そ、それが……」


 伝令の兵士は言葉を詰まらせた。 彼女の行方は、再び完全に分からなくなってしまったのだ。 街の住人たちの話を総合すると、彼女はどうやら王国を出てしまったらしい。


「なんだ、はっきりせんか! 王都にはいるのだろうな? その行き先は? どこに行ったというのだ! ……なぜ誰も答えんのだっ!」


 王の怒声が響くが、兵士は黙ることしかできなかった。


 最近、王都の国民からの目は日に日に厳しくなっている。 先ほどの「国を出たようだ」という報告も、兵士たちが何度も頭を下げ、ようやく聞き出した情報だった。 当然のことながら行き先など、教えてもらえるはずはなかった。


 どこから漏れたのか、王国を救った英雄である少女を冷遇し、追い出したという情報がもたらされたことで、王家に対し国民は明確な不信感を抱いていると聞いている。 これ以上の情報は、どれだけ時間をかけても集まるはずがなかった。


 兵士は王からの苛烈な叱責を受けながら、重い足取りで部屋を後にした。


(こんな国、いっそ滅びてしまえばいい)


 彼は口を真一文字に結び、脳内で毒づいた。


 王の権威は、もはや足元から崩れ始めていた。



◆◇◆◇◆



 私は愛犬(レイ)の背に体を預け、軽快な足取りで進んでいた。


 やはり不思議な力が働いているのか、速度は出ているが揺れの少ない愛犬(レイ)の背中。 ふわふわの毛皮に顔を埋める。 僅かな揺れは心地よく、疲れを優しく癒してくれた。


 愛犬(レイ)は木陰を選びながら、軽やかな足取りで南へと進む。


 ディナからもらった簡易的な地図により、このペースなら三日もあれば国境まで到着するだろう。 共和国の中央都市までは、さらに四日といったところか。


 途中、人目のつかない場所を選んで「お風呂テント」を出せば、それなりに快適な野宿ができるはずだ。


 そんな計画を立てながら、私は愛犬(レイ)の匂いを嗅ぎ気持ちを落ち着かせると、次第に強くなる眠気に身を任せた。


「くーん、わぉーん?(妹ちゃん、眠いなら寝ていていいのよ?)」


 そんな鳴き声が、脳内に優しく響く。


(ありがとう、お姉ちゃん……おやすみ)


 思わず心の中でそう返してしまった私。 恥ずかしさで顔が熱くなった。


 私は飼い主なのだ。 私が「お姉ちゃん」であるべきなのに、どうしても愛犬(レイ)を頼ってしまう。 私はそんな自分を叱咤しながらも、今はその暖かさに身を委ねることにした。


 意識を遮断し、体の力を抜く。


 王都の喧騒を遠く離れ、私たちは穏やかな陽光の中を南へと向かっていた。


次回より、第二章、共和国編ですよ。


お読みいただきありがとうございます!

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