031.保護者の力
「し、死んでないよね?」
思わずそう嘆いたが、吹き飛ばされた兵士は輪になっていた他の兵士たちに受け止められ、地面との激突を免れていた。
声にならない呻きを上げるその男に、周囲の兵士が小瓶の薬を飲ませる。 ポーションの類だろう。 落ち着きを取り戻したのか、兵士はぐったりと横たわったまま、手で輪を作って無事であることを示した。
彼は恨めしげにこちらを見ていたが、私はそれを無視して元凶である小太りの男を睨みつけた。
「ひっ……なぜだ! なぜ女のお前がそんなに強い! ……ひ、卑怯ではないか!」
どこが卑怯だというのか。
「卑怯なのはそっちでしょ!」
鼻をつまみながら立ち上がったディナが言い返す。 普段とは違う可愛らしい声に、私は吹き出しそうになるのを堪えた。
「ちょ、ちょっとカナ! 笑わないでよ! でもここまできたら正当防衛よ! もうやっちゃっていいんじゃない? 衛兵には私も証言してあげるから!」
なるほど、この世界にも正当防衛という概念があるらしい。 再び笑いを堪え、口角をひくつかせながら小太り男を見る。 ならば安心して抗える。 私は小太りの男ににじり寄った。
前に出ようとする兵士に鈍器の先を向けると、彼らは小さく悲鳴を上げて後ずさった。
「食事中にあんなものを取り出すなんて……非常識なあなたには痛い目を見てもらいます! 覚悟はいいですか?」
「や、やめろ、近づくな! いやまて、待ってくれ!」
首を左右に振りながら手のひらを前に突き出し涙ぐむ男。
「そ、そうだ、私の専属護衛に、いや、なんなら第六夫人にしてやってもいいぞ! 贅沢をさせてやる。 どうだ? これなら文句はないだろう!」
少し得意気な表情に切り替わって放った男の言葉に、私の怒りは頂点に達し、男の脛に向けて鈍器を振り抜いた。
ゴキリという音と共に小動物のような悲鳴を上げ、男は転げ回って痛みを喚き散らす。 脛ならば死ぬことは無いだろう。 そう思っての一撃だったが、のたうち回った男は、奇声を上げた後、こと切れたように気を失ってしまった。
周りの兵士が彼の元に集まり治療を始めたのを見て、私はあの老兵を見た。
「ほ、本当に申し訳ありませんでしたぁ!」
老兵はそう言いながら地面に伏せた。
それを皮切りに数名の兵士が土下座、それに釣られるようにすべての兵士がひれ伏した。 治療をしていたはずの兵士たちも真似をするので、小太り男はまだ地面に打ち捨てられたままであった。
「早く周りの汚物を片付けて! 終わったら速やかに退散すること。 わかった?」
私が鼻を摘まみながらそう言うと、兵士たちから「ふひっ」と笑いを漏らすような声が聞こえた。 私はダンと足踏みをして睨みつけると、兵士たちは機敏に立ち上がり、汚物を鞄の中へと放り込んでいった。
転がっていたのはどうやら小鬼の頭らしく、原形を留めないほどに腐敗している。 どこからそんなものを入手したのか気になったが、それはさておき、まだ鼻を抑えて伏せている愛犬に駆け寄った。
結界を周りに作り出すと可能な範囲で浄化をかけた。
「くーん(ありがとう妹ちゃん……)」
愛犬が落ち込んだ様子で鳴いたのは、十分ほど後のことだった。 愛犬にとってあの臭いは相当きつかったようだ。
「二度とちょっかいを出さないように。 何かあったら今度は怪我じゃすまないから……」
かたづけを終え、逃げ去ろうとした後、もう一度老兵が謝りにきたのでそう告げる。 肩を落として了承する老兵を見送った後、私はディナたちにも結界を施す。
そして数分後、依然として悪臭が漂うその場を逃れるように、私たちは馬車に乗り込み王都へと向かった。
馬車の中は無言だった。
出発前、馬車のドアの前で土下座で謝り最後に乗り込んできたラフリコに、言葉をかける者は一人もいなかった。
◆◇◆◇◆
「聖女?」
赤髪の女性は通信具からもたらされた報告を受け、何かを考える様子を見せた。
カナという少女を見守っていたレッテからもたらされた報告。 彼女が奴隷商を生業とするクレフトロニ男爵から襲撃を受け、そこで結界と浄化、さらには治癒のスキルを使ったのを確認したそうだ。
その事実に唸るフィル。
浄化、結界、治癒。
この三つのスキルは、聖女という天職を持つことの証である。 世界にただ一人、その存在を許された女神から与えられた天職である聖女。 先代の聖女は遥か昔、魔神との戦いで命を落としたとも言われている聖女。
それが彼女だというのなら、付き従えているあの獣は聖獣様か?
そんなことを考えていた。
てっきり彼女は生産系のレアスキル持ちかと思っていたが、まさかの聖女。 であれば教会関係のルートで仕入れた物? だが教会との接触はなかったはずだ。 それに、関係を隠して商売を行う必要性は無いだろう。
聖女降臨と大々的に宣伝したのなら、その利益は彼女の持つ商品の価値をはるかに超える莫大な資金が動くはずだ。
「わからないな……」
フィルはそう呟いた後、やはり一度接触してみなくては、そう思いながら、レッテに引き続き見守りをするよう命じ、通信を終えた。
◆◇◆◇◆
「陛下、密偵からの報告で、クレフトロニ男爵が例の少女と接触、撃退されています。 戦闘能力も高く、我々の戦力では難しいかもしれません」
国王陛下の前で膝をつきそう話すのは、王国騎士隊の団長であった。
「役に立たないのだな……入れ替えが必要か?」
王から齎された苦言に顔を歪めるが、それに反論することは許されず、何より反論する言葉を持たないのだ。 王国を象徴する剣であり守る盾である王国騎士。 それがまとめてかかっても叶わぬであろう魔人を退けた少女である。
「国民に伝えよ! 聖女を城へ連れてきた者には褒美を与えると!」
項垂れている兵を追い払うように手を振りながら、傍らに控えている宰相にそう命じる。
「仰せのままに」
宰相がそう言いながら近くの者にそれを伝えていた。
「父上。 私が直接赴きましょう。 たしか見目は良かったはず。 私が娶れば万事解決でしょう。 あの時は妾にと言いましたが聖女とならば第二夫人、いや、正妻に迎えてもよいのでは?」
「うむ。 そうだな。 公爵家には第二夫人とすることを伝えよ。 正妻は聖女カナ。 これで万事解決である。 もちろん身辺を洗いなおす必要がある。 すでにすさんだ生活をしているようであれば、排除しその経歴を消さねばならぬ。 わかったな!」
王太子である息子からそう言われ、うなずく王はにんまりと笑みを浮かべながら宰相に指示を飛ばす。
カナの知らないところで、彼女の品定めが始まっていた。
次回、色々多忙になるカナ。
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