030.仮面の集団
薄暗い炭鉱を出た私たち。
小屋のそばに座り込み、馬に水と飼葉を追加すると、昼食のための準備を始めた。
保管ボックスから肉を挟んだサンドイッチ、スープ、サラダを適当に取り出し、小屋の前にある簡易な休憩場のテーブルの上に並べる。
ラフリコとクリスは待ってましたとサラダには目をくれず、サンドイッチを両手に持って確保する。
「野菜も食べないと」
私が二人の前に大森のサラダの皿をひとつ置くと、ラフリコは気づかないふりをして横を向く。 クリスは渋々といった様子で、サラダを口へと運んでいた。
苦笑いしながらそれを眺めた後、愛犬の食事を用意し、ディナと二人でサンドイッチにかぶりつく。 焼きたてのまま保管されていたそれは、この世界の硬いパンであっても十分に美味しかった。
しばらく食事を楽しんでいると、愛犬が警戒した様子で唸り声を上げた。
「ヴゥゥゥ(妹ちゃん気を付けて)」
周囲の影から、銀の鎧を纏った兵士たちが数十人も現れた。
いつの間にか、私たちは完全に包囲されていたようだ。
「お前が勇者だ聖女だと持て囃されている女か?」
兵士を掻き分けるようにして、小太りの男が出てきて早々、不躾にそんな質問を投げかけてきた。 その男の風体から、貴族なのだろうと予想する。
私はそんな無粋な質問には答えず、黙って男を凝視した。
「おい! クレフトロニ様が質問されているだろう! さっさと返事をせんか!」
男の隣に立つ、豪華な鎧を着た老兵が怒号を飛ばす。
それを無視して周囲を確認すると、以前返り討ちにした兵士AとBの姿があった。 彼らは私と目が合うと身を縮めて後退ろうとし、他の兵士に睨みつけられていた。
「カナ、どうする? 一応あの方は御貴族様だから、無難に対応した方がいいんじゃない?」
ディナが小声で耳打ちしてくる。 クリスは私の前に立って庇ってくれたが、ラフリコは戸惑いながら様子を窺っているようだ。
「ちょっとおじさま、私にも見せて下さいよ! 話題の英雄様を!」
甲高い女性の声と共に、またも兵士たちの間から人影が合わられた、 この場に似つかわしくない露出の多いドレスを着ている若い女性だった。
「プ、プラナちゃん!?」
ラフリコが声を上げると、彼女は「やっほー」と笑顔で手を振った。
「な、なんでここに……」
戸惑うラフリコに、私とディナたちは不審な目を向ける。
「うーん、英雄さんに会いたかったから?」
彼女は小首をかしげて答えた。 ラフリコが気まずそうにこちらを見る。
「だったら別のタイミングでもいいだろ? それに、おじ様ってそちらの方のことか?」
「そうそう。 私のパパのお兄様。 おじさまからお願いされたのよ、英雄さんに会わせてって。 だからラフちゃんからお話聞いて、今日ここで会えるって教えたのよ?」
軽いトーンで話す女性に、私は呆れ果てた。
「あれ、最近入った娘だろ? やたらとお前に愛想良かったけど、これが目的?」
「そんな……」
クリスとラフリコが小声でそう話すのが聞こえてきた。 どうやらここに訪れることを漏らしたのはラフリコだったのだろう。
愛犬はラフリコを睨んで唸り、ディナとクリスは白い目を向けている。 この場が物理的にも精神的にも、不穏な空気に包まれていた。
「おい! 私を無視して何を話し込んでいる! カナだったか、お前は私の配下にしてやろう。 私のためにその力を使って存分に働くが良い!」
クレフトロニと呼ばれた小太りの男が一歩前に出る。
「お断りします」
私は軽く頭を下げながら、きっぱりとそう告げた。 この国の人間でもない私が、貴族だからと従う義理はないのだ。
「くっ、生意気な……まあいい、 その生意気な態度も今のうちだけだ。 ……おい、やれ!」
小太り男が鞄から取り出した仮面を被ると、プラナや他の兵士たちも次々と仮面を装着した。
色違いまであるカラフルな仮面集団の誕生に、私は思わず引いてしまった。 そんな私たちを放置し、先ほど怒鳴った兵士が鞄から何かを取り出し、こちらへ投げつけてくる。
それは私たちの数メートル前に落ち、ゴロリと転がった直後、耐え難い悪臭が立ち込めた。
「う、うげぇ!」
私は嘔吐を堪えながら、地面に手をついて悶絶した。 愛犬も前足で鼻を押さえ、転げ回っている。 ディナたちも多少の違いはあれど似たような状況だ。 仮面を被った兵士たちが、じりじりと輪を狭めてくる。
激しい怒りのためかで鈍感になった気がする嗅覚に、私は気力を振り絞り立ち上がることはできた。
「おお、立ち上がってきたな! だが頼りの獣は動けんぞ! さあ、その女を捕らえろ! 首輪をしてしまえばこっちのものだ!」
仮面越しのくぐもった声で叫ぶ小太りの男は、腰の鞄から首輪を取り出し隣にいた兵士に渡す。
そのタイミングでディナが放った魔法は、兵士の抜刀と同時にかき消され、ふらつきながらも短剣片手に飛び掛かったクリスも、返す剣撃により一撃で横に飛ばされたのが見えた。
ラフリコは震えるだけで動けないようだ。
私を捕まえようと手を伸ばす兵士の顔面めがけて、私は結界を生成した。 衝撃で尻餅をついた兵士の顔面に、肉体改造で強化した脚で蹴りを叩き込む。 仮面が吹き飛び、兵士は悪臭に悶絶していた。
「な、何をやっている! 女ごときに負けるなど、醜態を晒しおって! 次だ、お前が行け!」
私はファイティングポーズを取り、首輪を手にした新たな兵士と対峙した。 膠着状態の中、再び漂ってきた臭いに苛立ちが募る。
「なんで私が……私がいったい、何をしたっていうんですかぁ!」
私は体の周りを結界で覆い、内部の空気を浄化する。 匂いが消えると同時に、力を隠すことが馬鹿らしくなってきた私は、保管ボックスから相棒の鈍器を取り出した。
私は鈍器を高く掲げると、その先をくるくる回し、にじり寄る兵士が飛び掛かってくるのに合わせ、両手でしっかりと持って豪快なフルスイングで薙ぎ払った。
思った以上に綺麗なフォームで振り切ることのできた鈍器により、直撃した兵士から不快な鈍い音が響き、目の前の体はくの字に曲がって数メートル先まで吹き飛んでいった。
その光景に驚く周囲の様子を窺いながら、恐らくは一番びっくりしているのは私だろう。
そう思った。
次回、カナ、頑張ります。
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