027.横柄な訪問者
神殿から王都に帰り着く。
時刻はすでに夕方、馬車の乗り合い広場から自宅へと向かう。
道すがら、何やら奇妙な視線を感じた。
そして、自宅まで間もなくという所で、待ち構えていたようにディナと遭遇する。 私を見つけディナが勢いよく駆け寄ってきたのを見て、なぜか不安を感じた。
「カナ! 魔人をやっつけたんだって?」
開口一番、突然のその言葉に、私はしばし息ができなかった。
ようやく意識をはっきりとさせた私は、ディナから聞いた話を、冷や汗をかきながら聞くことになる。
「―――という話が、いま王都中で広がっているよ」
ディナの話では、西から避難してきた人々から魔人討伐の朗報が届いたようだ。 それを成したのは、黒髪の少女と獣という組み合わせの勇者、もしくは聖女であると。
やはり人の口に戸は立てられぬものかとため息をつき、そう切り抜けようかと思案する。
「に、似たような人もいるんだねー」
とぼけてみるが、ディナは苦笑いしながらこちらを窺っている。
「とりあえず、今日は帰るね?」
誤魔化すのを諦めそう伝えると、ディナは少し寂しげに頷いた。
「そうだよね。 カナもなんだか疲れているようだし、今日のところはそうした方がいいのかな? ……また明日、話、聞かせてね?」
そう言いながら、ディナは不安の混じった優しい笑顔を向けてくる。
私への気遣いの言葉を忘れない彼女になら、私と愛犬が異世界から召喚されたことを伝えても良いのでは? そんな思いが込み上げるが、関係が崩れてしまうかも?という不安は消えず、踏ん切りはまだつかない。
私は頬を掻き、彼女と別れた。
自宅へと戻り、全てを投げ出すように愛犬を抱きしめる。
「レイ、どうしたらいいかな?」
「くぅーん? わぉ、わぉーん!(妹ちゃんの好きにしたら? 何があっても、お姉ちゃんが守ってあげるから!)」
頼もしい返答に嬉しさが込み上げる。 何とかなるさ。 そう思って立ち上がった私は、まずは腹ごしらえだと呟きながら、いつものように買い置きの食材で夕食を作ることにした。
「やっぱりお料理は気分転換になるなー」
そんなことを言いながら、ぶつ切りの野菜と肉を鍋に放り込み、適当な調味料を投入して出来上がるのを待つ。
翌日から多少は騒がしくなるだろう。 でもまあ何とかなるかな? この時の私はまだ楽観視していたのだと、翌朝になって気付くことになる。
そして翌日、それは起こった。
ドアをけたたましく叩く音が響く。
「いないのかー! いるなら早く出てこい!」
怒鳴り声に苛立ちを覚えつつ、身支度を済ませて愛犬と一緒に玄関へ向かう。
「はーい」
冷静を装ってドアを開けると、目の前には苛立った兵士が立っていた。 突然のことに驚いた私は、後ずさりながら拳を握りファイティングポーズを取る。
男は四十代半ばほどだろうか? 脂ぎった顔に短く刈り込んだ髪、目を血走らせた髭面のおじさん。 咄嗟に観察スキルで名を見るが、覚える気は無いので兵士Aとしておこう。
綺麗に磨かれた銀の鉄胸当てには、赤い炎の中に剣という紋章らしきマークが刻まれていた。 王国の兵士? それとも貴族の私兵ってやつ? そんなことを考えてみる。
「遅い!」
「は?」
兵士Aの言葉に思わず素で返してしまう。
「お前がカナという平民か!」
その乱暴な物言いに我慢できず言い返そうと、拳をさらに強く握り一歩踏み出した瞬間、目の前の兵士Aが吹き飛んだ。
「ぐるぅぅぅ!(妹ちゃんに何するの!)」
毛を逆立て、吹き飛ばした兵士を前足で踏みつける愛犬。
それを見て、私の怒りはしゅんと消えてゆく。
よく見ると兵士Aの背後にはさらに二人の兵士が控えており、二人は慌てて剣を抜き愛犬へ向けた。
「レイ!」
「わん!(大丈夫よ!)」
心配で叫んだ私に、愛犬がそう鳴いた。 それでも心配で肉体改造を発動させ、いつでも飛び出せる準備をする。
「この獣風情がぁ!」
高く振り上げられた剣に飛びつこうと考えた私だったが、いざとなると体が動かなかった。 そして、兵士Bが力強く振り下ろしたた剣は、愛犬を包み込むように空中に生じた光の壁に弾かれた。
剣を跳ね上げられ、あわわと声を上げながら尻もちをつく兵士B。
隣の兵士Cは、その光景に構えた剣を震わせ、後ずさっている。
「今の何?」
驚きながら観察スキルで愛犬を視ると、『結界』というスキルが増えていた。
あの魔人との死闘で覚えたのだろう。 私はそんなことも確認せずにいたが、さすが私の愛犬。 しっかりと把握して活用してらっしゃる。
さすが姉。
……いや違う。 私は愛犬の保護者なのだ。 しっかりしなければ。 そう思って拳を握り謎のガッツポーズ。
「ぐっ……私は、クレフトロニ男爵様の使いなのだ! その私にこんなことをして……許されると思ってぐほぉぅ……」
組み敷かれたAが叫ぶが、愛犬が圧を強めたのか、最後まで言い切ることができていない。
「男爵であれなんであれ、こんな朝早くから女性の家に突然訪ねてきて、失礼だと思いませんか?」
呆れたトーンで言うと、兵士たちはなぜか呆気に取られた表情を見せた。
「もうすぐ昼になる! 何が朝だ、このズボラ女め!」
兵士Aにそう言われ、首から下げている時計を見ると、確かにお昼に近かった。 私は何事もなかったかのように咳払いをする。
「レイ、戻っといで」
「くぅーん(優しいのね)」
レイを呼び寄せ、撫でまわして気持ちを落ち着ける。 その間に倒されていたAは立ち上がったが、既に逃げ腰だ。
「で? そのなんたら男爵さんのお使いは何の用ですか?」
馬鹿にしたように聞くと、兵士AとBは悔しそうに歯噛みしている。 最後尾に控えていたまだ若いと思われる兵士Cは、そばかすの散った顔を青ざめさせていた。
騒ぎを聞きつけたのか、門の外には野次馬の人たちが集まってきていた。 兵士Cだけは、怯えた様子で周囲を気にしている。
「クレフトロニ男爵様がお前と会いたいそうだ! 今すぐに俺たちと一緒に来い!」
「えっ、なんで? 嫌ですけど?」
私の当然の拒絶に、兵士Aは激怒したが、怒りに任せて飛びかかるほどの勇気はないようだ。 仲間の二人に手で合図をした後、背を向けて門のところまで歩き出し、乱暴に足音をたてながら振り返る。
「女、後悔することになるぞ!」
そんな捨て台詞を残して彼らは去っていった。
唯一、兵士Cだけが門を出る時にペコリと一礼していった。 彼のことだけは許してやろう。 覚えていたらだけど。
兵士たちが出ていった後、こちらを覗いていた野次馬たちと視線があったが、すぐにばつが悪そうに散っていった。
私はこんな面倒な朝(昼)を迎え、今後のことはディナに相談しようと軽く考えながら、ため息をつきながら部屋へと戻った。
中に入ると私のお腹が自己主張する。
「うん。 まずはご飯だね」
、そう呟きながら、私は昨日の残りの鍋を温めはじめた。
次回、ディナに相談したら何とかなる……ハズ?
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