026.初めての聖浄化
「いやー助かったよ!」
砂煙が消え、そこに立っていた男は軽いトーンでそう言った。
透き通るような銀の長髪を背に流した、二十代半ばの若い男性に見える。 彼は自らを「西の聖人」だと名乗った。 本来の人としての名は忘れてしまったのだと、彼は明るい表情で話す。
「私のことは気軽に、西の聖人とでも呼んでくれれば良いよ?」
欠伸交じりにそう言われた。
身に纏っているのは、かつては純白であっただろう長法衣であろうか? さっきまでは腰布一枚の姿だったはずなのに摩訶不思議である。 これが神の力……そんなどうでも良いことを考えてしまう。
そんな長法衣の袖口や裾には細かな金の刺繍が施されているが、至る所が裂け、土埃で酷く汚れていた。 彼はこれからまた山に籠り、世界平和について考えながら座禅を組むらしい。
彼のように聖人と言われる者たちは、東西南北に一人ずついると言う。 聖人となる前はただの平民だったとだけは記憶しているようだ。 それがいつしか聖人としての宿命を神より告げられ、平和を願いながら悠久の時間を過ごしていると。
「僕の祈りの力で、王国がちょっとだけ良いことがあるみたいなんだ。 収穫量が増えるとか、災害が起こる確率が減るとか? ちょっとだけね?」
「ちょっとだけ、ですか?」
「そう。 ちょっとだけって言ってた」
どうやら彼も良く分かっていないらしい。
魔人化する前、彼はここよりさらに西の山中で、日々王国の平和を祈り座禅を組んでいたという。
「ほんの二百年ほどかな?」
そう言われて引く私。
そんな彼の記憶に誤りがなければ、おおよそ一ヶ月ほど前に、そんな日常が急に馬鹿らしくなり、気付けば魔人化していたと言う。
「いやー、まいっちゃったね」
彼はへらへらと笑いながら、無造作に銀髪を掻いた。
この世界では、聖人の魔人化は二百年ごとの恒例行事なのかもしれないな。 そんなことを考えていた。
「そうだ、お礼に祈っとくね。……むにゃむにゃ~、ほいっ!」
彼が手を翳すと、私の中の何かが流れ込み熱く疼くのを感じた。 隣の愛犬も小さく鳴き、私の足に身を摺り寄せていたので何かを感じたのだろう。
「これで聖力があがるよ。 あっ、厭らしいやつじゃないよ? 聖魔力の方って言えばいい?」
私は溜息を吐きながらこめかみを抑えた。 私たちとあれほどの死闘を終えた後だと言うのに、どうしてこの男はこうも言動のすべてが軽いのかと問い質したくなる。
「じゃあ僕は行くから。 またね。 聖女様」
私は苦笑いしながら、軽く手を上げて走り去る西の聖人を見送った。
とりあえずの脅威は去ったのだ……後は街に戻ってのんびりしよう。 暫くはこのまま異世界を満喫するつもりだ。 そう考えながら、同じように呆れた様子で彼を見送っていた愛犬と目を合わせる。
のんびり生活をする前に、解決すべきことがあるのだ。 そう感じながら横を向いた。
聖人がドドドという足音を立てて去った後、遠目からこちらの様子を伺っていた二十名ほどの集団がやってきたことに気付いたからだ。 その中には、魔人に対し石を投げつけてくれたあの男性もいた。
彼は色褪せた茶色の革ベストを羽織った、がっしりとした体格の男性だった。
話を聞くと、彼らはこの街の住民で、次の馬車を待っていたところに魔人が現れたため隠れていたそうだ。 危機は去ったと伝えると、彼らは口々に私を指差し「英雄だ、勇者だ、聖女様だ」と歓喜の声を上げた。
これからどうするのかと問えば、彼らはやはり王都の方からの荷馬車で王都へ行くらしい。 たしかに魔人の脅威はなくなったが、破壊された街では生活がままならないだろう。 仕方のないことである。
「では、私たちのことは他言無用でお願いしますね?」
目立ちたくない一心でそう告げると、互いの顔を見合わせながら、最終的には頷いてくれた。
「本当に本当に、内緒にしてくださいね? 絶対ですよ?」
念を押してそう告げると、同じように首を縦に振る住人たち。
私と愛犬は、やや間があった住人たちの様子に不安を抱えながら、軽く頭をさげその場を後にする。
肉体的にも精神的にも疲れた体を引きずり、人目が届かなくなった場所から愛犬に乗って王都まで疾走した。
◆◇◆◇◆
王都へと戻り自宅で愛犬に心を癒され眠った翌日。 私は再度、愛犬と一緒に、女神に会いに神殿へと向かった。
のんびりと馬車に揺られ一時間程度、相変わらずの豪華絢爛の建物に入る。
「お待ちしておりました」
入って早々、以前は見なかった年上のお姉さんが出迎えてくれた。 なにごと? と思う程、周りのシスターたちも頭を下げてのお出迎え。 あまりのことに警戒しつつ、愛犬の頭を撫でて冷静さを保つ。
「セオトリス様がお待ちです」
そう告げられる。
やっとこの仰々しい出迎えに納得した私は、案内されるがままに女神のいるあの大きな扉の前へ。
僅かな緊張を胸に中に入ると、以前と変わらず長い金髪を風もないのにたなびかせ、たわわな胸をさらけ出すようにした露出度の高い白い布を羽織った女神セオトリスが、足を組み待っていた。
彼女は後ろの扉が閉じると同時に、満面の笑みで声を上げた。
「よくやったわ!」
ストレートな称賛に戸惑う。
「一応アレから説明もあったようだけど、あんたはこの世界の理を知らないから教えておくわね!」
そう言って話し始めた彼女によれば、あの魔人が聖人に戻ったことで王国には多少なりとも恩恵があるのは間違いないらしい。
各国に一人いると言う聖人の祈りにより、大地には聖なるエネルギーが注がれ、微力ながらも王国全体が豊かな土壌へと変わる。 それにより、今後は作物が良く育つようになったり、気候が安定しやくすなるのだと教えられた。
「ほんの僅かな違いしかないけどね!」
そう言って笑う女神を見ながら、私も異世界なんだから何でもありだなと納得する。 結局、女神からの話はそれだけらしいので、私はダメ元で新たな魔人の出現予定を尋ねた。
「えっ、次の魔人? 王国の魔人は浄化できたし、他のところは私に関係ないんだけどね? まあ良いわ!」
やや面倒そうに教えてくれたのは、ほんの僅かな情報だった。
次に魔人の危機が迫っているのは、大陸の南側に位置する山岳地帯。 アレクストラトス帝国に現れる「盾の魔人」だという。 剣の次は盾か、と私は内心で溜息をつく。
出現時期を問うが、女神からの返答は予想通りであった。
「時期なんて、そもそも私に分かるわけないのよ。 でも、そのうち南に行かざるを得なくなるから。 あんたの運命はそうなってるの。 聖女の役割を果たす、いわばシナリオって言うの? あんたの世界風に言えばね」
女神は他人事のようにそう言うと、興味を無くしたように上を向き欠伸を堪えながら両手を伸ばしていた。
その無責任な物言いと態度に殺意が湧いたが、私は愛犬の頭を撫でながら堪えていた。
「話はこんなもんかな? もう帰っていいわよ?」
そんな女神に見送られ、結局ここに来た意味はなかったのだと肩を落としながら神殿を出る。
馬車に揺られながら、急ぐ必要はないのだと自分を納得させる。
いずれ南のなんちゃらという国に行く頃になるのだ。 それまではこの王国でのんびりと暮らせばいい。 そう思いながら、愛犬を抱きながら目を瞑った。
――― 昨日からの収支
馬車運賃(往復) -30,000ダル
食費等 -12,500ダル
残高 91,513,034ダル
次回、カナの周辺がなにやら騒がしく……
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