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024.聖女としてのお役目


 西に向かって愛犬(レイ)に乗り疾走する。


 数時間後、愛犬(レイ)が唸り声を上げ始める。 何かを感じているようだ。 そして数分後、私の肉眼にも小さな街並みが見え、そこから微かに大気が焦げるような臭いが感じられた。


 薄暗くなった夕日に照らされた街並みの外れ、破壊された家屋からは、立ち昇る黒煙と絶え間なく響く破壊音が確認できた。


 私は愛犬(レイ)の背から降り、岩陰に身を潜めて前方の様子を伺った。


 しばらく進むと、そこには掲示板の情報の通り……いや、それ以上に身を竦むような恐怖の対象が存在していた。


 肉体改造のスキルにより強化された視界で、魔人の姿をはっきりと確認する。


 二メートルは優に超える巨躯。 鋼のように鍛え上げられた漆黒の肌は鈍い光を放ち、遠目からも強者を感じ取ることができた。 その肌には浮き出た血管が脈動している。


 額からは50センチほどだろうか? 鋭く反り返った歪な二本の角が伸び、背中には蝙蝠を思わせる巨大な皮膜の翼が重々しく畳まれていた。 腰布一枚を纏っただけの半裸の姿。


 その手には、闇を纏ったような光を生み出す漆黒の長剣が握られている。


 私はごくりと息を呑み、呼吸を整え震える両足を強く握る。


「レイ、こっそり近づいて……やるわよ!」


「わぉん!(慎重にね!)」


 私たちは息を殺し、瓦礫の山を伝って最短距離まで詰め寄った。


「覚悟!」


 私は叫ぶと同時に魔人目掛けて走る。 叫ぶ必要はなかったなとやや後悔しながら、こちらを見た魔人に向かい聖浄化のスキルを放った。


 愛犬(レイ)も呼吸を合わせ、弾丸のように横から回り込むと、前足を前に突き出し全身から眩い聖なる光を放射する。


 浄化の光が奔流となって魔人を飲み込み、周囲の夕闇を明るく照らした。


「お前たち、何奴……!」


 だが、光が収まった後に立っていた魔人は、不快そうに目を細めただけだった。


 魔人の鈍い反応が幸いし、私と愛犬(レイ)は再び距離を取ることに成功した。 不安から冷や汗が背中をつたう。


 そんなに簡単に解決するのなら、勇者とセットとは語り継がれないよね? そんなことを考えながら、恐怖を振り払うように歯噛みして愛犬(レイ)を見る。 愛犬(レイ)が優しい瞳を向けてくる。


「まずは弱らせよう、かな?」


「わぅ、わぉーん!(そうね、行くわよ妹ちゃん!)」


 私は再び肉体改造を発動させて魔人へと走る。 保管ボックスから愛用の鈍器(メイス)を取り出すと、真正面から振りかぶった。 ディアナたちとの訓練により、不格好ながらも効果的な攻撃ができるようになっていた。


 だがその攻撃も、対する魔人は表情を崩さずに黒い剣で受け止められた。 ガツンという音と共に、両腕に痛みを感じた私は顔を歪める。


 次の瞬間、回り込んだ愛犬(レイ)が魔人の横っ腹を目掛け飛びこんできた。 私の持つ鈍器(メイス)を薙ぎ払うように剣を振った魔人は、そのまま愛犬(レイ)にその剣を向ける。


「レイ!」


「ガルルッ! (大丈夫よっ!)」


 愛犬(レイ)は空中で体を捻るようにして魔人の向けた剣を前足で弾く。 跳ね上げられた剣に驚きの表情を表す魔人は、愛犬(レイ)の牙により肩口を抉られた。 肩から黒い血がしたたり落ちる。


 だが、それに混じって赤い鮮血が見えた。 よろけるように着地した愛犬(レイ)の前足から垂れている赤い血の後を見て、私は発狂したように叫んだ。


「私のレイに、何すんのよ!」


 振りかぶった鈍器(メイス)は、抉られた右肩を抑えながら向けられた魔人の持つ剣とぶつかり、「うぐっ」という声を漏らした魔人が剣を下す。 肩口からの黒い血が噴き出している。


 追撃を……そう思った私だが、腕のしびれが収まらず鈍器(メイス)を手放しそうになる。 握りなおしてもう一度振り上げた時には、逆手で握られた剣が向けられ、私はそれを防ぐように鈍器(メイス)の上下を両手で持って身構えた。


 黒い闇を纏った剣が向かってくる。 身体は強張り停止するが、必死にこらえ腕を上へと突き出した。


 ボゥッという音と共に、剣に纏われていた闇が動き私に叩きつけられた。 それと共に感じる熱に地面を蹴って距離を取る。 地面を転がり瓦礫に体を打ち付けながらも、膝を突き体勢を整える。


 襲い来る炎が消えたのかと自身の体を見るが、衣服が燃えている様子はなかった。 その反面、両腕が酷い火傷を負ったように爛れている。 高熱を放つ闇。 それがあの剣に纏われた闇の正体なのだろう。


「わぉん?(大丈夫?)」


 隣に飛ぶようにやってきた愛犬(レイ)が、私に暖かな治癒の光を向けてくる。 痛みと共に腕に火傷が修復される初めての光景に、魔法スゲーと感動したが、そんな場合ではないなと正面を向く。



「神々しいほどの治癒……さっきの強い浄化の光といい、そこの珍妙な獣、聖女なのだな……」


 そう言う魔人は全身から真っ黒な闇を放出している。


 それに合わせるように、愛犬(レイ)は右側に回り込むようにゆっくりと移動を開始した。


 私は愛犬(レイ)だけど瞳に捉えている魔人を警戒しながら、体の震えを止めるように、鈍器(メイス)を握り掌に血を滲ませる。 その痛みが私を冷静にしてくれた。


「使えるのは浄化だけのようだな。 ならば今のうちに殺しておこう」


 そう言いながら剣を構える魔人は、愛犬(レイ)に向かって剣を縦に薙ぎ、黒い闇をまき散らす。 それを躱しながら聖浄化を放つ愛犬(レイ)。 放たれた光により闇が掻き消える。


 なるほど、聖浄化スキルなら闇を払えるのだ。 そう思って私は鈍器(メイス)を構える。 深呼吸。 目の前にお手本があるのだ。 そう思って鈍器(メイス)に聖浄化を放つように魔力を込める。


 不安定ながらも鈍器(メイス)に白い光が纏われている。 気付かれないように魔人に迫る。 そして、「でりゃー!」思わず声を上げて振りかぶってしまった私は、魔人と目が会い失敗したと心の中で嘆く。


「ふんっ!」


 振り返りざまに剣で鈍器(メイス)を弾く魔人。 互いの魔力が反発するように、纏わせていた白と黒が消失する。 残ったのは私の腕の痛みだけ。


「お前も浄化を使っておったな。 忘れてはおらんぞ?」


 そう言いながら力押しされた私はよろけ、横に倒される。


「消えろ、目障りな女よ!」


 振り下ろされた剣は、横から割り込んできた愛犬(レイ)の鋭い爪により弾かれる。 その前足には白い光が纏われている。 纏っていた闇が消えた剣で愛犬(レイ)から繰り出された連撃を防ぐ魔人。


「くっ、うっとおしい! 本当になんなんだお前らは! 勇者のいないお前たちに、私が倒せるはずがないだろう!」


 魔人が苛立ちと共に叫び、大量の闇をまき散らす。 降り注ぐ黒い闇を、両手を翳して聖浄化で消し去ると、さらに苛立ちを見せた魔人が天に向かって吠える。


 魔人の赤い瞳が燃えるような熱を放ちこちらを睨んでいる。


 その瞳から感じる圧に、負けるものかと気持ちを奮い立たせていた。



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