021.快適な異世界ライフを
「よし! 家を買おう!」
神殿へ赴いた次の日の朝、魔人と遭遇するまでは何もすることがないなと感じた私は、有り余る財力を振りかざすべく、拳を握りそう宣言した。
「わぉ、わぉーん……(妹ちゃん、何を言っているの……)」
呆れる愛犬を撫でまわして誤魔化しつつ、宿を出て向かったのは商業ギルド……ではなく、住居管理局という役所のような場所だった。
商業ギルドで斡旋される建物は、すべてここで管理されているため、直接こっちに来た方が早いというディナからの情報を頼りに足を運んだ。
王都中央役場という巨大な石造りの建物に隣接された、こじんまりとした平屋に入る。 迎えてくれたのは、目尻に深い皺を刻んだ年配のお姉さんだった。
彼女は、糊のきいた真っ白なスタンドカラーのブラウスに、実用的な紺色のベストを重ね、胸元には玄関口にも掲示されていた管理局の紋章と思われるデザインの、銀のブローチを留めている。
「お嬢ちゃん、迷子かな?」
入って早々に掛けられた言葉だったが、直後に背後から現れた愛犬を見て、彼女は小さな悲鳴を漏らした。
「レイは大人しいので、大丈夫ですよ?」
「そ、そうなの? ……本当に?」
久しぶりの激しい警戒を受け、私は愛犬を撫でて仲の良さをアピールする。
「それで、お母さんのお使いかな?」
「いえ、この子と住む家を借りたくて」
「家を? お嬢ちゃんが?」
驚きに目を丸くする彼女を説得し、いくつかの物件を紹介してもらう。
その中で目に留まったのは、街外れではあるが市場のそばにあり、広さも十分な手頃な平屋住宅だった。
「安全を考えればこのぐらいが良いのだけど、まだ新しくて広いお庭もついているのよ。 だから賃貸でもそれなりにかかるのだけど……」
そう言われた私は、いつものように成金としての血が騒ぎ、ダミーの鞄に手を突っ込んだ。 保管ボックスから白金貨を二十枚取り出し、目の前のテーブルにそっと山を作る。
「とりあえず一年で契約、できますか? もちろん内見をして私が気に入ればですが……」
「お、お嬢ちゃんは見かけによらずお姉さんなのかしら? 分かったわ。 それよりも、ナイケンって、何かしら?」
私は、建物を実際に見てから決めたいのだと説明する。
「私はディフノって言うの。 よろしくね」
そう名乗った年配のお姉さんは、奥にいた若い職員に留守を任せ、そのまま案内してくれることになった。
数分歩いた後、到着した家はレンガ造りの煙突が覗く可愛らしい外見で、資料の通り広い庭も付いていた。 お風呂こそ無かったものの、居間に寝室、客間があり、キッチンも広々としている。 各所には魔導具も設置されており、新品同様のいくつかの家具も備え付けられていた。
私はその物件に興奮し、即断即決する。
年間契約で白金貨五枚。
月に直せば約四十万ダル程度であり、高級宿に滞在し続けるより安上りになる。 局に戻って契約を済ませた私は、改めて白金貨を取り出し支払いを終え、すぐさま宿へと戻った。
部屋に置きっぱなしのマットレスなどを回収すると、受付に戻りチェックアウトを告げる。
「まだ二日分の預かり金がありますので、少しお待ちいただけますか?」
部屋を確認して戻ってきたスタッフから問題なかったことを聞いた後、受付のお姉さんからそう告げられた。
「あ、かまいませんので」
思わず笑顔で遠慮しておいた。 やや怪訝な顔で送り出された私は、意気揚々と宿の出口へと向かう。
その時、慌てて飛び込んできた痩せた若い男性とぶつかりそうになった。 彼は、おどおどとした視線を彷徨わせている。 慌てて避けた私に、男性は「すんません、すんません」と何度も頭を下げた後、転がるように宿のカウンターへと駆けていった。
私はそのまま冒険者ギルドに立ち寄り、ディナへの伝言を残す。
市場で食材を大量に買い込み、さらには魔導具店、冒険者ギルドと行ったり来たりした後、新たな住み家へと足取り軽く向かっていった。
――― 本日の収支
賃貸料(1年分) -5,000,000ダル
買い出し等 -1,895,800ダル
愛犬のおやつ等 -20,000ダル
??? -300,000ダル
??? -20,000,000ダル
??? -1,000,000ダル
残高 91,724,634ダル
◆◇◆◇◆
――― 商業ギルド内、執務室。
「なーにー! 行方が分からなくなっただと? この、鈍足スライムがー!」
部屋の主であるギルド長、モロス=グレゴリは、肉厚な手の平で執務室の高価な机を激しく叩き、目の前の男を叱責した。
怒声と共に、脂肪を蓄えた彼の全体重が特注のデスクにかけられ、ミシリと不吉な音を立てた。
グレゴリの命を受けて宿へと向かった男は、つい先ほど宿の受付で、カナという少女を呼んでくれるよう尋ねた。 だが、しばらく待たされた後に宿から伝えられたのは、彼女がついさっき部屋を引き払ったという無情な事実であった。
その行先を聞くも分からないとの回答に、男は慌てて外へ飛び出し、必死に周囲を見渡したのだった。 だが、黒髪の少女の姿を見つけることはついぞできなかった。 失意のまま戻ってきたその男の報告に対し、グレゴリは男の予想通り激高する。
痩せ細った部下は官服の袖を握りしめ、涙を浮かべて縮こまっていた。
「もういい! お前はもう二度とこの部屋には来るな! 書類整理でもやっていろ!」
その言葉に小さく悲鳴で返した男は、執務室を逃げるように出ていった。
グレゴリが得たばかりの子爵位を、さらに盤石にするために有用な魔導具。 そしてその仕入先を持つ少女。 それをみすみす見失った事実に歯噛みした。
「焦る必要はない……宿を引き払ったとはいえ、すぐに王都を出るということもないだろう。 ……念のため、門番に金を握らせておくか……」
彼は彼是と思案し、荒い鼻息と共に脂汗を撒き散らし、次なる手を打つべく、濁った瞳を窓の外へと向けた。
次回、マイホームを満喫。
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