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020.国王の思惑


――― 西の大国、ソードガルド王国。


 王国の国王は私室で一人、数日前に献上された魔導具を眺めていた。


 彼はやや薄くなってきた長い金髪を背に流し、深紅のシルクに金糸の刺繍が施された豪奢な室内着を纏っている。 若かりし頃は整っていたであろう顔立ちに、今は頬が緩く垂れ、面影をわずかに残すだけであった。


 王国では実現しなかった異国の最新技術。 目の前に置かれた魔導具の、その高度な魔導回路に想いを馳せる。


 数日前、商業ギルドの長であるモロス=グレゴリが持ち込んできたその魔導具は、髪を乾かすための「ドライヤー」だという名の魔導具であった。


「陛下、如何でしょうか?」


 そう言って国王の顔色を窺う男は、相変わらず仕立ては良いが肥満体には窮屈そうな正装に身を包み、常に脂汗を滴らせている。 その姿を国王は殊の外不快に感じていた。


 温風を出すのだといったその魔導具の説明を聞き、最初は鼻で笑った国王。 だが、同席していた王妃や王女の反応は違った。


 グレゴリが操作するその魔導具が作動し、ブォーという小気味よい音と共に暖かな風が安定して放出される様子を、自前のささやかな頭で見せつけていた。


 王妃付きの侍女により王妃の手に渡った魔導具。 床に設置してたスタンドから外された、黒い筒状のそれを頭上に翳し、丁寧にその形を確かめている。 再び動き出したそれにより、王妃の煌めく金髪がふわふわとなびいていた。


 王妃のその姿は、国王ですら思わず見惚れるほどに美しかった。


「凄いのね、頂くわ! でも、これひとつなの? もう一台ないのかしら?」


 王妃は興奮した様子で、目の前に膝をついている油ギッシュなギルド長に詰め寄った。 王女もまた期待を込めた視線を送っている。


 グレゴリは卑屈な笑みを浮かべ、追加で二台のドライヤーを袋から取り出して床に立てた。


 興味津々だった王女も、嬉しそうにもう一台の筒をスタンドから取り外し、王妃に倣うようにその形状を見定めていた。 そしてスイッチを入れ、自らの髪にその風を当てると歓喜の声をあげている。


 国王は満足げな家族の様子を見やり、ギルド長へ鋭い視線を向けた。


「良いだろう。 戦闘には役に立たぬ魔導具ではあるが、娘たちをあのように笑顔にする物であれば、それもまた有用な魔導具であることを認めよう。 三台ともこちらで引き取ろう。 グレゴリよ……献上する、ということで相違ないな?」


 威圧を込めた言葉に、グレゴリはあたふたと汗を噴き出させた。


「あの、それは……あまりにも……そのぉ」


 渋る男をうっとうしく感じ、国王は傍らに立つ宰相に目配せをした。 宰相は国王に軽く耳打ちをした後、国王が小さく頷いてみせる。


「モロス=グレゴリ男爵、そなたの陞爵を認める。 子爵としての責務に励むが良い! ……これで良いな?」


 宰相のその提案に、国王は心中で感心していた。 金など払う必要はないのだ。 爵位を上げれば、この手の輩は大喜びで尻尾を振る。 その思惑通り、グレゴリは「身に余る光栄」と頭を下げ、満足気に帰って行った。


 こうして手に入れた三台のうちの一台を、ここ数日は愛用していた。 だがそれにも不満はあった。


 あの場で「もう一台ないのか?」という問いに対し返ってきたのは、次に入手できる時期は不明であるという曖昧な返答であった。


 ゆえに、この貴重な一台を息子である王子と共有しているのだ。


 実際に使ってみれば、その素晴らしさは明らかであった。 背後に控える侍女が魔導具の筒の部分の角度を変え、それから生じる風の向きを巧みに操る。 その侍女の姿を鏡面により確認しながら悦にひたっていた。


 今日の侍女は、身体のラインを強調するようなタイトな制服を纏った、愛嬌のある顔立ちの娘だった。 彼女の手により、自慢の金に輝く髪がさらさらと輝きを増していく。 そんな自らの美貌に、国王はうっとりとしていた。


「陛下、大変お美しゅうございます」


 ここ最近は、このように蕩けるような表情を浮かべる侍女と、このまま一時の逢瀬を楽しむことも少なくなかった。


 しかし、自分専用の個体がないという事実は、完璧主義の国王にとって耐え難い屈辱であった。 グレゴリの話によれば、この魔導具を持ち込んだのは黒髪の若い女性であるという。 平民だと思われるが、中々可愛らしい少女であるとも報告を受けている。


 黒髪の少女。 そう聞いて、一瞬だが召喚で呼び出した偽聖女を思い出す。 だが次の瞬間にはそれらを忘れ、妄想の世界に旅立った。


 未知の魔導具の入手経路を持つ少女。 直接取引をした方が早いだろう。 国王はそう考えていた。


「女の功績を認め男爵にでも据えるか……あるいは愛人にでもしてしまえば、その他のあるであろう魔導具の出所を含め、すべてを独占できるだろう」


 国王はそんな下卑た妄言をつぶやきながら、ドライヤーから放出される暖かい風に顔を当てた。


 フガフガと鼻を鳴らし、温風と戯れるその姿には、王としての威厳など、欠片もなかった。



◆◇◆◇◆



――― 商業ギルド内、執務室。


 ギルド長であるモロス=グレゴリは、自身の肥満体を支える特注の椅子に深く座り、下卑た笑みを浮かべてほくそ笑んでいた。


 今回の取引で直接的な金銭を得ることはできなかったが、子爵位という思わぬ報酬が転がり込んできた。 これでさらに人脈を増やすことができると笑みを浮かべる。


 いずれはこの身を引き、子爵としてのんびりとした余生を送るのも悪くないなと考えていた。 自領を持たない名誉貴族である自身の、明るい未来を思い描きながら、彼は自らに幸運を運んできた少女の顔を思い出す。


「確か、目の前の宿にまだ滞在しているのだったな……」


 ドライヤーの追加を求められている現状。 しばらく顔を見ていない少女を、こちらから呼び出すことを決めた。 そして、彼女が持つ未知の仕入先を調べ上げ、いずれは自分がその利権を独占する。


 醜い野欲を膨らませたグレゴリは、呼び鈴をならし部下を呼びつけた。 秘書のレミアには別件を任せてあるためである。 呼び出しに応じ執務室に現れたのは、安物の官服を不恰好に着こなした、痩せ細ったおどおどとした様子の若い平職員であった。


「あの娘を呼んでこい。 今すぐにだ!」


 ギルド長は短い言葉で部下に命じるが、当然ながら部下は誰のことか分からず困惑する。


「目の前の宿に泊まっているカナという黒髪の少女だ! ぐずぐずするなこの鈍足スライムが!」


 威圧するように放った指示により、部下は深く頭を下げ執務室を飛び出ていった。


 それを見送るグレゴリの脂ぎった瞳の奥には、獲物を逃さぬ執念が濁った光を放っていた。


次回、カナが一大決心!


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