019.神殿にて
王都から馬車に揺られること一時間。 私はディナと共に、広大な敷地を誇るキフォス神殿へと到着した。
目の前にそびえ立つ白亜の巨塔と、精緻な彫刻が施された円柱の数々に圧倒される。
「わ、私はここで遠慮しとくね」
入り口を前にして、ディナが急に足を止めて顔を引きつらせた。 理由を聞けば、神殿に入ると強引な入信勧誘や寄付の督促が激しく、断ればその後の冷たい視線が突き刺さって居心地が最悪なのだという。
そんな理由に苦笑しつつ、私は彼女と神殿近くの食堂で待ち合わせる約束をした。
一人と一匹で神殿の重厚な門をくぐる。 内部は外観以上に神々しく、いかにお金が集まっているかが良くわかるほどに豪華絢爛だった。 高い天井には色鮮やかなステンドグラスから光が差し込み、大理石の床は鏡のように磨き上げられている。
何人かのシスターがこちらに気付き、私の隣に寄り添う愛犬を見て頬を引きつらせて足を止めた。 相変わらずこの世界でわんこは魔獣扱いなので、その視線には不満が募る。
気を取り直し、入口近くの受付にいる年配のシスターの元へ。
「女神様のご加護のあらんことを」
そう言ってカウンター上に真っ白な布が敷かれたトレイを前に出す。
まずはお布施なのだろう。 そう感じ取り、挨拶代わりの金貨一枚をトレイに優しく置いた。 シスターは無反応でトレイを引っ込める。
「お心遣い感謝いたします。 女神様のご加護がありますように……」
そう言いながらシスターが軽く手を上げる。 すぐそばの見た目が若いシスターが私のそばにきてにっこりとほほ笑んだ。
「本日はどのような御用でお越しでしょうか? 良ければ当神殿にて提供できるメニューをご紹介 ―――」
そう聞く若いシスターの言葉を遮るように「女神様に会いたくて」と短く告げる。
「……では、こちらです」
またも柔らかくほほ笑んだシスターは、ゆっくりと奥へと向かって歩き出す。 どうやら案内をしてくれるようだ。
カウンターの横を通り過ぎると、受付をしていた年配のシスターは少し腰を引きながら、怪訝そうに愛犬を見ていた。
長い通路を歩くと、突き当たりの巨大な扉が見えた。 その前までたどり着き足を止めた彼女は、私の方へ振り返る。
「女神様の神託を受けられる場合は、白金貨一枚をお納めいただく必要があります。 如何なさいますか?」
露骨な高額請求に若干引きつつも、成金アホ女としての本能が迷わず動く。
無造作に白金貨を取り出し、彼女の懐から取り出したトレイへと置いた。 またもシスターの顔に笑顔が見える。 それが彼女の営業用スマイルなのだろう。
彼女が合図を送ると、扉の横に控えていた別のシスターが清らかな鈴の音を響かせ、祈りのポーズを見せた後、重厚な扉をゆっくりと押し開いた。 室内から溢れ出す眩い光に目を細めながら、私は一歩、その室内へと足を踏み入れた。
眩しさに慣れ、光の中に浮かび上がったのは、玉座のような椅子に深く腰掛けた一人の女性だった。 彼女は、まるで透き通るような白い絹布を身体に直接巻き付けただけのような、極めて露出度の高い衣装を纏っていた。
豊かな胸元は今にも溢れ出しそうで、スリットから伸びた白く艶やかなおみ足が、傲慢なほどに美しく組まれている。 男なら誰しも目を奪われるであろう扇情的な体つきだが、同時に周囲を圧するような、強烈な覇気とオーラを放っていた。
彼女が、剣神キフォスの伴侶とされる女神セオトリスなのだろうか?
「やっと来たのね! 遅いわよ!」
椅子から立ち上がった彼女は、開口一番、語尾を強めた言葉が向けられた。 その迫力に私は思わず身構える。
「何? この私、女神セオトリスに挑もうっていうの?」
自称ではなく、やはり本物の女神らしい。
「ねえあんた、何か言ったらどうなの? この世界に来て役目も果たさずに、ぶらぶらと怠惰な生活を満喫しちゃって……あんたが聖女として呼ばれた意味を、もっと深く考えなさいよね!」
捲し立てられる言葉に、私の脳内は混乱を極めた。
「は? え、えっ……この世界に来てって……まさか本物? マジの女神様なの? なんでここにいるの?」
「ああ、あんたの世界じゃ珍しいだろうけど、こっちの世界じゃ女神は神殿にいて当たり前。 常識なのよ」
呆れたように言い放つ女神により、私はこの世界の常識を知ることとなった。
「ほんと、今回の聖女はどんくさ……」
言葉を途中で区切った女神様が、驚いたように目を見開いた。
彼女は目を擦り、信じられないものを見るような顔でもう一度私を見る。 そしてその視線が泳ぎ始める。
「あれ? どういうこと? 聖女はあんたじゃないの? ……犬っ! そっちが聖女なの!?」
指差されたのは、私の足元で首を傾げている愛犬だった。
「……まあ、いいわ。 で、目的は忘れてないわね?」
「目的、ですか?」
どうやら、私が聖女ではないことはどうでも良いことだったらしい女神の問いに、心当たりの無い私は首を傾げる。
「ほら、創造神様がおっしゃってたでしょ!」
ツッコミどころが多すぎて言葉に詰まるが、その瞬間、召喚時の記憶が鮮明に蘇った。 記憶の中に忘れ去られていた霞の中から透明感のある微かな声を。 その言葉を。
『カナ、これを。 魔人を浄化して、お願い』
そうか。 魔人は倒す対象ではなく、浄化すべき存在だったのだ。 召喚した王は魔王を倒せと言っていたが。どうやらそれは間違いだったようだ。 それにしても『これを』というは……思い出せない。 私はその時なにを受け取ったのだろう。
呆然とする私を余所に、女神は再び愛犬を見た。
「まあいいわ。 そこの犬、もうちょっとこっちへ来なさい!」
女神が愛犬を手招きをする。
「わぅ? わぉーん(なに? ちょっと怖いわね)」
警戒しながら近づく愛犬の頭上に、女神が白く輝く手を翳した。 途端、愛犬の身体が激しい光に包まれる。
「これで力の解放はできたわ。 あとは頑張って使命を果たしなさい」
光が収まった後、女神様の言葉にハッとして観察スキルで愛犬を見る。
女神様の謎パワーにより、愛犬の中に眠っていた能力が引き上げられたらしい結果、浄化スキルは「聖浄化」へと進化したようだ。
「これで魔人を浄化して、聖人へ戻すことが可能になるはずよ」
聖人へ戻す? またも謎ワードに混乱するが、要は浄化をしたら良いのだとその疑問は忘れることにした。
「あの、魔人はどこにいるんですか?」
「知らないけど?」
私の問いに女神はあっけらかんと言い放った。
「……国王なら知っているんでしょうか」
「どうかしらね。 アレは魔人をどうにかしたいというより、単に聖女を駒にして、他国に戦争を仕掛けたかっただけだと思うわよ?」
女神の身も蓋もない予測に、私は肩の力が抜けるのを感じた。 そんな事のために私はこの世界に連れてこられたのかと。
「まあ、これで私の役目は果たしたし、浄化については……少なくとも私には関係ないことだわ! 気ままに待てばその内あっちからやってくるんじゃない?」
結局、女神にそう言われ、これ以上の会話は不毛だと感じ諦めた。
今後の魔人についての不安を心に抱えながら、神殿を後にしてディナの元へと戻るのだった。
――― 本日の収支
馬車運賃(往復) -30,000ダル
食費等 -23,500ダル
神殿への入場料 -10,000ダル
神託料 -1,000,000ダル
残高 119,940,434ダル
魔人の襲来は近い?
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