018.神様への信仰心
襲われてから数日が経過した。
あの時、男が残した「依頼主は別の者を仕向けるかもしれない」という言葉は、今も私の心のどこかに澱のように沈んでいる。 それでも私の日常は、今日も淡々と過ぎていく。
そして夜。
ようやくラフリコたちの生活費&飲み代が貯まり、過密日程から解放されて通常のペースに戻ったというディナと待ち合わせ。 軽い祝いを兼ねて二人で夕食を楽しむことになる。 祝いとは言っても、最近は毎日のように夕食を共にしているが。
少し前には久しぶりに再会したラフリコとクリスに、あの「高価なネックレス」と認定された首輪をねだられ、それぞれに金貨三枚で売り付けた。 大喜びで夜の街に消えていった二人を見送り、今夜はその儲けで食事を御馳走することに。
向かったのは冒険者ギルドの食堂。 豪華な食事も良いけど、こういう所の食事もまた美味しく頂ける庶民派の私。 目の前のテーブルには、これでもかと言わんばかりの量の脂ギッシュな肉料理が並んでいる。
愛犬は足元で、ミルク入りのドッグフードとジャーキーをのんびりと咀嚼していた。
今日のディナは、いつもより身軽で清潔感のある淡いブルーのふわりとしたワンピース。 その見た目から冒険者には見えないが、視線を下げればその腰に無骨なナイフが皮のホルダーに収まっているのが見える。
「ぷはぁ、やっぱり仕事の後の酒は最高ね!」
ディナは大きめのグラスの中の真っ赤な果実酒を煽り、幸せそうに喉を鳴らす。 私はといえば、最近のお気に入りである、紅茶によく似た香りのする甘味のあるジュースで喉を潤していた。
騒がしい食堂の活気をBGMに食事を堪能していると、突如としてその喧騒を割るような透き通った声が響き渡った。
「この世界の真の安寧のため、剣神キフォス様に祈りを捧げませんか?」
声のした方を辿ると、食堂の奥にあるイベントなどに使われるという小さなステージに、一人の女性が立っていた。 彼女は、まるで映画に出てくるシスターのような法衣に身を包んでいた。
紺を基調としたローブに、白いブーケ。 そこから覗かせている女性の顔はかなり幼く見えた。 胸元には、剣を象った大きな銀のペンダントが揺れていた。
「教会の布教活動だね。 寄付集めも兼ねて、若いシスターがやらされてる奴かな?」
ディナが肉を咀嚼しながら、そう言った。
よく見ると、食堂内にいた冒険者の何人かが、食事の手を止め、敬虔な様子で手を組んで祈りを捧げ始めている。
「祝福を……」
彼女は穏やかな笑みを絶やさず、彼女の小さな手からはみ出る程の大きさの木箱を、両手で大切そうに抱えながら一卓ずつ席を回り始めた。
その箱の中には次々に銀貨や銅貨が丁寧に納められていく。
彼女はそのたびに、「剣神様の祝福を……」と言って、深々と頭を下げていた。
やがて、彼女の足取りは私たちの元へ。
拒絶しにくい空気が漂う中、ディナがポケットから銀貨を二枚。箱の中へと落とした。
「祝福を……」
慈愛に満ちた視線が私に向けられる。 ここで私の「成金アホ女」の血が不意に騒ぎ出した。
私は躊躇うことなく、保管ボックスから取り出した白金貨を一枚投入した。
「うぇっ!? ……け、剣神様の祝福を……」
献金箱の中を二度見した女性の声が、一瞬だけ裏返った。 彼女は先ほどまでとは違い深々と腰を折った。
「信仰心に溢れる貴女の人生に、剣神の大いなる御加護が訪れますように……」
必死さを感じるほどの祝福の言葉をもう一度言いなおすと、女性は他の席を回るのを切り上げ、小走りに食堂を出ていってしまった。
その背中を見送りながら、私はぼんやりと思う。
やはり、この世界は金の力は偉大なのだ。
これで何かご利益があれば安いものだ。
「おお、さすがカナ。 剣神様への感謝の気持ちが強いのね」
ディナが感心したように目を丸くしている。
「そんなことないけどね」
私は苦笑いしながら、冷めかけた肉料理を再び口に運んだ。
「カナの捧げたお布施が、女神様の元にちゃんと届くと良いね」
「はは……」
冗談とも本気ともつかないディナの言葉に、私は乾いた笑いしか返せない。
「私、神様とかあまり詳しくないんだよね。 それに、神様には文句の一つでも言ってやりたいこともあったりして?」
勝手にこの異世界へ放り込まれ、命の危険に晒されたのだ。 恨み言の一つや二つ言ってもいいだろう? そんなことを考えながらディナに愚痴る。
「文句があるなら直接言ってみれば?」
ディナはそう言って楽しげに笑う。 それには私も苦笑いで返すだけだった。
さらにディナの話は続く。 この王国には、かつて剣神キフォス様から賜った「宝剣」が祀られているらしい。 剣神様は王族に加護を与え、国の繁栄を今も神界で願っているのだと。 そして、その伴侶である女神セオトリス様が、今もこの王国で人々の安寧を願い人々に加護を与えていると。
そんなおとぎ話のような話が進むにつれ、話題は200年前にこの世界を未曾有の危機に陥れた「魔人」の存在に及んだ。
「魔人はその強大な力を振りかざし、王国はおろか、この世界を破壊しつくすほどの危機が訪れたのよ。 その魔人を倒したのが、剣神様が遣わされた勇者様と聖女様なんだよ。 聖女様の祈りで魔人を弱らせ、勇者様が魔人を存在ごと滅したんだって」
勇者、聖女、魔人。
そんな言葉に、私は思わず身を乗り出した。
「ディナ、聖女が弱らせ勇者が倒すって、それってどういうこと?」
「聖女様が聖なるスキルで弱らせて、勇者様が聖剣で倒したってことだと思うけど、私も詳しくは知らないのよ? 一般に広まってるのは今話した程度のことだから」
ディナは肩をすくめ、皿に残った最後の一切れを口に放り込んだ。
「気になるなら、神殿へ行ってみれば? 詳しい話を聞けるかもよ? 私も明日は休みにしたから付き合ってあげる」
「いいの? ありがとうディナ」
私はその提案に乗り、翌朝に神殿を訪れる約束を交わした。
そこで自分の運命が大きく動き出すことになるとは、この時の私はまだ、知る由もなかった。
――― 数日分の収支
食事代 -126,900ダル
お布施 -1,000,000ダル
露店での買い物等 -6,000ダル
首輪x2 -2,400ダル
首輪販売x2 60,000ダル
残高 122,003,934ダル
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