017.人助けのお礼に
装備を整えた帰り道、夕闇が迫る王都の喧騒を抜けて宿へと向かっていた。
愛犬と並んで歩いていると、不意に細い路地の方から鋭い女性の悲鳴が聞こえてきた。 私は反射的に足を止め、愛犬と顔を見合わせる。
「レイ、行くよ!」
路地へ入ると、そこではうす汚れた服を着ている三人の男が一人の女性を壁際に追い詰めていた。
女性は私より少し年上だろうか? 艶やかな栗色の髪を振り乱し、恐怖に顔を歪めこちらに助けを求めている。
その様子に怒りを感じ愛犬を先頭にゆっくりと近づく。 彼女は薄緑色のドレスを纏っていたが、男たちの乱暴な振る舞いのせいで、肩口が少し裂けてしまっていた。
「な、何してるの!」
湧き出る恐怖心を隠しそう叫び、愛犬が威嚇するように唸り声を上げる。 すると、男たちは舌打ちをしながら反対側へと逃げていった。 その様子に安堵して腰が抜けそうになった。
「助けてくださって、 本当に、本当にありがとうございます……」
女性は胸元を押さえ、震える声で感謝を口にした。
「たまたま通りかかっただけだから。 気にしないで」
私がそう言うと、彼女は嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
「お礼を。 私の家はこの近くなんです。 寄って行ってくれませんか?」
「いえ、お構いなく」
「それでは私の気が収まりません! ぜひ、家でお礼をさせてください! 本当にすぐそこなのです。 お願い、一緒に来て……」
私の袖に縋りつくようにそう言う彼女。
よく見ると女性の手は小さく震えていた。 私は一人で帰るのが怖いのだろうと気付き、彼女の自宅へと護衛を兼ねて足を運ぶことになる。
案内されたのは、大通りから少し入った場所にある、小綺麗な石造りの民家だった。
家の中に入ると、女性はようやく安堵の息を漏らした後、「狭い家ですが、そこのソファに座って少し待っててね」と言い残し、台所の見える奥へと移動していた。
私は早く帰りたいなと内心思いながら、皮張りの黒いソファに座り、なんとなく落ち着かない気分で室内を眺めていた。 愛犬はどこか警戒しているのか、私の足元で低く唸っている。
「レイ? どうしたの?」
「わん! (血の匂いがするわ!)」
そんな不吉なことを言う愛犬にギョッとした次の瞬間、玄関のドアが勢いよく開いた。
入ってきたのは、以前街で会ったプラティ商会の男性。 たしかイールだったはずとぼんやりと思い出す。 黒いスーツに身を包んだその姿は変わらないが、纏っている空気は以前とは正反対だった。
優しそうに微笑んでいた彼は顔は、今は明らかに悪党面、厭らしい笑みを浮かべながらこちらを見下ろしている。 愛犬はゆっくりと立ち上がった私の前に立ち、唸り声を上げている。
「ようやく捕まえたぞ。 痛い目を見たくなければ、大人しくすることだ」
イールはそう言いながら、ゆっくりと私に近づいてくる。
「わん!(妹ちゃん!)」
愛犬が電光石火の速さで体当たりを食らわせたが、イールはそれを咄嗟に突き出した腕一本で防いだ。
「ちっ、忌々しい使役獣め!」
イールは懐から短剣を抜き放ち、愛犬に刃を向けていた。 それでも止まらない愛犬は短剣の攻撃を避けるように動き回り、男の隙を伺っているようだ。
私もその隙に乗じて加勢しようと身構えたが、その瞬間、右の人差し指に嵌めた「察知の指輪」が、ほんのりと熱くなるのを感じた。
「……っ!?」
咄嗟に動けなかった私は、背後から伸びてきた腕が、私の首と胴を羽交い絞めにする。 苦しさに呻きながら視線を巡らせると、そこには先ほど助けたはずの女性が、無機質な表情で私を拘束していた。
「わぉん?(妹ちゃん?)」
愛犬が驚きの声を上げこちらに顔を向ける。
私はここでようやく、騙された、罠だったのだと理解した。
助けを求める悲鳴も、路地裏の破落戸も、この家への誘いも。 そのすべてが、私を捕えるための策だったのだと理解した瞬間、私の内側で何かが弾けた。
「ふざけないでっ!」
私は怒りに任せ、背後の女性の腕を掴んで、そのまま男の方へと投げ飛ばした。 修行で上がった筋力値に、肉体改造のスキル。 本気を出した私の力は、並の女性の比ではないだろう。
女性は悲鳴を上げながら飛ばされ、私の狙い通りに愛犬と対峙しているイールの方へと一回転しながら向かっていった。
「な、なんだと!?」
困惑するイールは、飛んできた女性を抱きとめる形になり、壁に打ち付けられた後、二人仲良く床に倒れ込んだ。
私は重なり合って悶絶している二人のもとへ歩み寄り、まとめてその背中を足で踏みつけた。
「……二度と私に近づかないで! 次は容赦しないんだから!」
こめかみをヒクヒクさせながら、私は冷たくそう告げた。
愛犬も二人に向かって唸りながら牙をむき出しにする。 その顔は私も怖いのでやめて欲しい。
二人の顔からは余裕が消え失せ、今や死を覚悟した恐怖の表情に支配されていた。
「わ、わかった! 悪かった……降参だ! その使役獣だけかと思ったら、お嬢ちゃん自身も化け物じみた強さだったんだな、降参だ……」
イールは女性を押しのけるようにして正座で座り直し、必死にこちらに向けて手を振った。
「俺の名はイペルゴ=ラヴィア。 俺たち『黒鉄の牙』はこの件から手を引く。 依頼主には、あんたには敵わないと報告しておく、だから見逃してくれ!」
彼によれば、自分たちはあくまで雇われの身であり、その黒鉄のなんたらとかいう傭兵団の団長として、今後一切手を出さないことを誓うという。
「だが気を付けてくれ。 依頼主は他の奴らを仕向けるかもしれない」
女性の方も、今は彼の隣で正座し、うんうんと言葉もなく首を縦に振っている。
「依頼主は誰?」
「……勘弁してください……」
そう言って涙目になる男を睨むが、これ以上は何も聞けないだろうと諦める。 そして、初めから彼らをこれ以上どうこうする気は無かった私は、「次はないわ!」と凄んで見せる。
お礼を言う二人に警戒しつつ、家を出た。
宿へと戻り、部屋に鍵をかけてようやくホッと一息つく。
気がつくと、安堵とともに足が震え始めた。 その様子に愛犬が足にまとわりつくようにして宥めてくれた。
その後、愛犬と一緒にお風呂に入り、温かいお湯に浸かりながら震えを鎮める。
今回は早速便利な指輪が役に立ってくれたが、それを生かせなかったことに悔しさが込み上げる。 結果、無事に切り抜けることができたのだが、彼らの目的が私を捕まえることではなく、殺すことであれば今頃どうなっていたのだろうか?
結界のペンダントが身を守ってくれただろう。 でもそれはどこまで耐えられるのだろうか? 彼ら以外の手の者が襲ってきたら?
便利なアイテムや強力な力があっても、自分の詰めが甘ければ簡単に命を落とす。 私はお湯を掬い、顔を洗って自分に言い聞かせた。
これからはもっと、警戒を怠らないようにしようと。
日本とは違うのだ。 この危険な異世界を生きるために、改めて身を守るために強い警戒心を持たなくてはと、深く心に刻んだ。
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