014.商会からのお誘い
狩りを始めて数日が経過した。
今日も初めて訪れる森の中で魔物を倒し、夕暮れ時に王都の街中へと戻ってきた。
冒険者ギルドの倉庫で、手慣れた手つきで魔物の素材を取り出す私。
ここ数日、神の試練を乗り越える感覚、いわゆるレベルアップの頻度は目に見えて落ちてき、今日は一度きりだった。 レベルが上がるほど必要な経験値が増えていく。 まさにテレビゲームのようだと感じた。
新しいスキルについても、追加で覚えることは無かった。
「なかなか新しいスキル覚えないもんね」
「まあ、そんなもんよ」
ディナの返答にそういうものなのだと納得していた。
そんな私は、ここ数日は狩りにより激しい運動を続けているせいか、とにかく食欲が止まらない状態になっていた。 その衝動を抑えきれず、王都内の飲食店が立ち並んでいるエリアで、連日のように様々な料理を堪能していた。
異世界の独特の味覚もあり、何より運動後の体に大味な料理が染み渡った。 それでも手持ちのお金はそれ程減っていない。 商業ギルドにはあれから行ってはいないが、意外なことに水、というよりはその容器、ペットボトルがお金になってしまった。
昨日の狩りの終わり、休憩中に私はいつものように天然水を取り出しこちらで買った木のコップに注いでいた。 空になったペットボトルを何気なく仕舞おうとした際、クリスにその手を止められたのだ。
「前から気になってたんだけど、それって一体何でできてるの?」
「これ? ただの容器だよ」
そう言いつつも、プラスチックなんて無いから気を付けてたけど、三人の前だと油断してつい使ってしまっていた私。 空のペットボトルをクリスに手渡すと、珍しい品を見るように、振ったり叩いたり、光に翳したりして観察し始めた。
その様子を見て、ディナとラフリコも興味深げに集まってくる。 三人は何やら真剣な顔で相談を始めた。
「カナ、これ……私たちに売ってくれない?」
ディナが代表して、そう切り出してきた。
「え? 別にいいけど、あげるよ。 ただのゴミだし」
「これがゴミ!? 本気で言ってるの?」
ディナが驚きの声を上げた。
彼女たちの話によれば、この軽くて丈夫で透明な容器は、冒険者にとって極めて貴重なものらしい。
この世界のいわゆる「魔法のバッグ」の価値は、収納できる容量の重量によって決まるようだ。 より重いものを収納できるほど価値があるのだと。
そのため、必需品である水を持ち歩く際に利用する容器として、普通は金属製の頑丈な水入れを使うのだが、その容器自体の重さはかなりのもので、当然、その重さの分だけ収納できる量が減ってしまう。
軽い木製のものもあるが、どうしても時間が経つと水に匂いなどがついてしまうのだと、切実な表情で説明してくれた。 この透明な容器は驚くほど軽く、落としても割れず、密閉性も高いため、彼らにとって理想の水入れになるのだと。
「タダで貰うわけにはいかないわ。 これはとんでもない商品なのよ!」
結局、私は余っていた水入りの三本を含め、合計十八本のペットボトルを金貨六十枚で売却することになった。 他の冒険者に一つ金貨五枚で売りつけるらしい。 ちゃっかり利益まで出そうとしているのが分かり、微笑ましく感じるが、本当にその金額で売れるものかと考えてしまう。
その後の話で無事に全部売れたと、さらには追加を頼まれていることも聞くのだが、それはまた別の話。
私の手元にはまだ未開封の一箱が残っているが、数日前にクーポンが十枚を貰ったので、私はそれを使って水を五箱追加で購入しておいた。 空になったらまた売る予定だ。 ゴミだと思っていたものが金に変わる。思わぬ副収入であった。
これぐらいなら目立たないよね? そう思っていた私は、さらに身を危険に晒すことを知るのは、もう少し後のことだった。
冒険者ギルドで素材の買取報酬を受け取った私は、いつものように換金額の半分を受け取る。
三人も、初日に説明してからは渋々だが受け取ってくれている。
その後、今日は用事があるからという三人と別れギルドを出た。 賑やかな大通りをぼんやりと眺めながら、愛犬と一緒に宿へと向かう。
立ち並ぶ高級露店からは美味そうな香りが漂い、街灯が優しく夕暮れの街並みを照らしている。 夕食前だと言うのに、ついつい我慢が出来ず、肉巻きのクレープのような物を買う。 愛犬のためにと味付けなしのものも購入した。
そんな中、「あの、少しいいですか?」と背後から声がかけられる。
背後を見ると少し離れた位置に立っている黒いスーツのような服に身を包んだ青年と目が合った。 その青年は柔らかい笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「突然失礼を。 カナ殿と、その使役獣殿ですね?」
そう言った男はイールと名乗り、黒い羽根付きの帽子を取り、柔らかい物腰で頭を下げた。 優しそうなお兄さん。 というのが第一印象だが、その目は笑っていないように感じ、最大限に警戒する。
そんなイールは、自分が「プラティ商会」に所属している商人だと、笑顔で話していた。
「お耳に入っているかもしれませんが、我が商会は王都でも最高位、指折りの流通網を持っております」
彼は、私が商業ギルドで売却したドライヤーに、強い関心を持っているようだった。
「カナさん、ぜひ我が商会に所属されませんか? あなたの才能を我々が全力でバックアップしますよ?」
矢継ぎ早に説明が続く。 専属になれば販売ルートの確保は容易で、品さえ用意してくれれば最高の価格で販売し、莫大な利益を受けることができると。
だが私は、考えるまでもなく首を横に振った。
「お断りします。 私はそもそも商人ではないですし、自由に生きたいのもあるけど、無理に稼ぐ必要もないので」
私の返答に、イールは困ったように眉を下げたが、すぐに懐から一枚の書面を取り出した。
「ならば、とりあえず仮の契約でも構いません。 まずは一か月、何かを販売する時はうちを通すということで、専属契約金として白金貨十枚を提示させてください!」
白金貨十枚。 一ヶ月我慢するだけで一千万ダル。 普通ならその場で飛びつくような内容だが、どう考えても怪しさしか感じなかった。
「繰り返しますが、私は商人ではないので。 本当にごめんなさい」
私は努めて冷静に拒絶の意志を示し、軽く頭を下げた。
イールは驚いたようだが、すぐに冷静な顔を取り繕った。
「こうもあっさりと……カナ殿のお気持ちを尊重いたしましょう」
彼はそれ以上深追いすることなく、優雅な所作で再び頭を下げた。
「ですが、気が変わりましたら、商業ギルドでプラティ商会を訪ねてくださいね。 カナ殿なら、いつでも大歓迎ですので」
彼はそのまま雑踏の中へと消えていった。 その背中を見送りながら、私は足元にいる愛犬を見た。
「わぅ、わぅわぉーん(妹ちゃん、あれはダメよ? 危険な匂いがするわ)」
「だよねー」
どうやら私と同じく、愛犬もあの青年の嘘くささを感じ取ったようだ。
宿に辿り着くと、いつものように受付のお姉さんは、完璧な笑顔で迎えてくれた。 それを見て、やはり金の力は人間をおかしくするのだと改めて思った。
部屋に戻るといつも通りにシャワーで心と体を癒し、ふかふかのベッドに倒れ込む。 ふわふわになった愛犬を抱きながら、それから香る甘いフルーツのような匂いを堪能し、眠りの中へと落ちていった。
――― 数日分の収支
ペットボトル販売x18本 600,000ダル
アルプス山脈の天然水二リットル×9本入りx5箱 -3,750ダル クーポン使用
魔物の素材買い取り 82,500ダル
食事代 -319,300ダル
露店での買い物等 -15,800ダル
残高 152,620,884ダル
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