99話 魔女の語り
「ハル、ただいま!」
「お帰りなさい、ユカリさん」
ハルさんはユカリに微笑みかけた。
「お帰りなさい、ワタルさん。シオンさん」
ところが、僕たちに声をかけた直後、ハルさんの表情がスッと真顔に戻った。
そして、例の本を取り出す。
『災厄の魔女の封印の書』は鎖でぐるぐる巻きにされていた。
表紙の中央にある目玉は、忙しなくギョロギョロと動いている。
「腹減ったな。飯にしようぜ」
……精神が強くない? シオン。
ドバァン!
「こんな物を古本屋に売り払うなんて、正気ですか!」
ハルさんはテーブルがギシギシと揺れるほどの勢いで、『封印の書』を叩きつけた。
「知らねぇよ。そんなもん」
シオンは椅子の背もたれに寄りかかり、腕を組んでいる。
「それより、なんでハルがその本を持ってるんだ?」
「いいですか!」
ハルさんは頭を掻きむしりながら椅子に座った。
「アレス公国の歴史にも、災厄の魔女についての記録が残されています」
「今から約五百年前、アレス公国では大規模な災害が発生しました。森林は枯れ、河川は汚染され、多くの人々が命を落としたそうです」
ハルさんは険しい表情で、僕たちに言い聞かせるように続けた。
「当時の記録によると、この災害の中心には一人の魔女がいたそうです。彼女は並外れた魔力を持ち、通常の魔法では対抗できない存在だったとされています」
「普通の魔導書なら、魔法の知識や術式を記録したものです。しかし、今回のものは違います」
ハルさんは僕とシオンを見回した。
「魔女そのものを封じ込めているのなら、これは魔導書ではありません。国家規模で管理しなければならない、極めて危険な封印装置です」
「封印装置……」
僕の心臓がドクンと鳴った。
「ええ。もし封印が解かれれば、五百年前と同じ災厄が再び起こる可能性があります」
「それに、封印の書の存在を知れば、魔女を復活させようとする者も現れるでしょう。あるいは、魔女の力を利用しようとする者もいるかもしれません」
「しりょおのおうは、この本をさがしている人がいるって言ってたよ」
ユカリが、水あめで口の周りをベタベタにしながら呟いた。
「はぁーー……」
ハルさんは頭を抱え、深いため息をついた。
◇◇◇
災厄の魔女は、数百年前に生きていた強大な魔法使いだった。
かつて彼女には、心から大切に思っている人物がいた。
しかし、その人物はある出来事によって命を落としてしまう。
大切な人を失った魔女は、その死を受け入れることができなかった。
どうにかして蘇らせたい。
その一心で、禁忌とされていた古代魔法の研究を始めた。
長い研究の末、彼女は一つの答えにたどり着く。
死者を蘇らせるには、魂だけでなく、膨大な生命力が必要だったのだ。
そして魔女は、ついに大規模な蘇生魔法を発動させた。
しかし、その魔法は彼女の想像をはるかに超えるものだった。
周囲の土地から生命力が失われ、森の木々は枯れ、川の水は黒く染まった。
動物や魔物は凶暴化し、人々は次々と倒れていく。
さらに、死者までもが意思を持たないまま動き始めた。
後に人々から「災厄」と呼ばれることになる出来事だった。
事態を重く見た十三人の騎士たちは、魔女を止めるために立ち上がった。
しかし、魔女の力はあまりにも強大で、倒すことはできなかった。
そこで十三騎士は、魔女を殺すのではなく、巨大な封印魔法によって閉じ込めることを選んだ。
こうして魔女は、巨大な封印の書の中に封じられた。
そして十三騎士は、その封印を守るために自らの命を捧げた。
封印される直前、魔女はこう言い残した。
「私は間違っていない。あの人を取り戻すまでは……」




