98話 ザル
とりあえず、僕はマジックバッグへしまうことにした。
ズズズ……。
巨大な封印の書が、マジックバッグの中へ吸い込まれていく。
「……入った」
僕はバッグの口を閉じる。
「持ち帰るのか!?」
シオンが驚いた顔で僕を見る。
「うん。マジックバッグの中に入れておけば、大丈夫かなって……」
「お前……」
シオンが呆れたように頭を抱える。
「災厄の魔女を封印してる本だぞ?」
「でも、ここに置いておくのも怖いし……」
「まあ、それはそうだが……」
その時だった。
ブオオオン!
正面の壁に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「転移魔法か?」
シオンが魔法陣を確認する。
「出口みたいだな」
僕達は顔を見合わせる。
「行こうぜ」
シオンが先頭に立ち、魔法陣へ足を踏み入れる。
僕とユカリも後に続いた。
次の瞬間、視界が真っ白になった。
◇◇◇
魔法陣から出ると、そこは見覚えのある森だった。
「……森の入り口だ」
僕が周囲を見回す。
どうやらダンジョンに入った時の場所へ戻ってきたらしい。
空を見上げる。
「はぁ……」
思わずため息が出た。
「なんか疲れたな」
シオンが大きく背中を伸ばす。
「地下水路を歩き回って、骸骨魚に襲われて、毒スライムキングと戦って……」
「十三体の騎士とも戦ったよね」
「その後、死霊の王だろ?」
「うん……」
思い返すだけで疲れてくる。
ユカリが空を見上げた。
「外、真っ暗」
「本当だ」
いつの間にか夜になっていた。
「お腹空いたね」
僕はお腹を押さえる。
「帰ろうか」
「その前によ」
シオンが突然言った。
「その本、売っちまわね?」
「……え?」
僕はマジックバッグを見る。
「売るって……あの本を?」
「そう」
「災厄の魔女だよ!?」
「だからだよ」
シオンが真顔になる。
「こんなの持って帰ったら、またハルに怒られるぞ」
「それに……」
シオンが腕を組む。
「下手したら、あいつまた倒れるぞ」
「そ、それは……」
僕は何も言えなくなる。
ハルさんがあの本を見た瞬間の反応を想像する。
『ワタルさん、これはどこから持ってきたんですか?』
『ダンジョンです』
『なぜ持って帰ってきたんですか?』
『……』
『……』
たぶん、ものすごく怒られる。
そして、最悪の場合。
また無理をして倒れる。
「……売ろう」
僕は決断した。
「だろ?」
シオンがニヤッと笑う。
「どこに売る?」
「普通の店じゃ無理だろ」
シオンが考える。
「魔導書屋だ」
「魔導書屋?」
「王都に店主がザルで有名な店がある」
ユカリが手を挙げる。
「お金になる?」
「さあな」
「じゃあ行こう!」
ユカリが元気よく走り出した。
「待って!」
僕とシオンも慌てて追いかける。
◇◇◇
僕達が向かったのは、王都でも色んな意味で有名な魔導書専門店だった。
店内には所狭しと本が並んでいる。
古代魔法。
回復魔法。
召喚魔法。
魔道具の研究書。
そして、奥の棚には禁書指定された魔法の研究書まで並んでいた。
「いらっしゃい……」
カウンターに座っていた白髪の老人が、ゆっくりと顔を上げる。
「何かお探しですかな?」
「いや、買い取ってほしい本があんだよ」
シオンが答える。
「ほう?」
店主が興味深そうにこちらを見る。
僕はマジックバッグから封印の書を取り出した。
ドンッ!
巨大な本がカウンターに置かれる。
カウンターが、ミシッと音を立てた。
店主が目を丸くする。
「……これはまた、随分と大きな本ですな」
「ダンジョンで見つけました」
「なるほど」
店主は眼鏡を掛け、本の表紙を眺める。
「古いですなぁ……」
指先で表紙を撫でる。
その瞬間。
ドクン。
「……」
店主の指が止まった。
「どうした?」
シオンが聞く。
「いえ……」
店主は何事もなかったように本を確認する。
そして、しばらく考えた後。
「銅貨一枚ですな」
「それでいい」
「毎度あり」
店主は封印の書を奥へ運んでいった。
◇◇◇
店を出る。
夜の王都を歩きながら、僕は何度も後ろを振り返った。
「……本当に売れちゃった」
「だから言ったろ、ザルだって」
「俺達は普通にダンジョンを攻略した」
シオンが言う。
「本なんて知らねぇ」
「うん」
「災厄の魔女なんて知らない」
「うん」
「死霊の王が守ってたことも知らない」
「……うん」
僕達は顔を見合わせる。
「いいな?」
シオンがユカリを見る。
「誰にも言うなよ」
「ユカリもだ」
ユカリは口に手を当てる。
「絶対に言わない!」
「よし」
シオンが満足そうに頷く。
「じゃあ、約束守ったご褒美だ」
「何?」
「駄菓子屋で水飴買ってやる」
「やったー!」
ユカリが飛び跳ねる。
「みずあめ!」
そのまま駄菓子屋へ向かって走っていく。
「待って、ユカリ!」
僕も追いかける。
シオンも笑いながら歩いてくる。
「……」
僕は一度だけ、後ろを振り返った。
魔導書屋の明かりが、夜の街の中にぽつんと浮かんでいる。
「……本当に、これでよかったのかなぁ」
そう呟いた。




