91話 死霊の森
「ダン」
「あるかなぁ、ダンジョン」
僕はユカリの言葉を遮るように言った。
「この世界、ダンジョンって少ないし」
「一つの国に一つって感じだしな」
シオンがロールケーキを頬張りながら言う。
「そんなことはありませんよ」
ハルさんがコーヒーを飲みながら、さらりと言った。
「この世界には、約三百のダンジョンがあると言われています」
「……三百?」
「見つかっていないだけで、まだ隠れているダンジョンもありますよ」
「さ、ん、びゃ、く……」
僕とシオンは顔を見合わせた。
「そんなにあんのか……」
「さんびゃくって、どのくらい?」
ユカリが僕を見上げる。
「たくさんってこと」
「たくさん!」
ユカリが嬉しそうに笑う。
僕はスマホを取り出して、地図アプリを開いた。
すると。
「あれ?」
「どうした?」
「荒野の塔の裏にある森にも、ダンジョンがあるよ……」
「マジかよ!?」
シオンが勢いよく身を乗り出した。
「いつの間にできたんだよ!」
「俺、その森に住んでたけど、そんなダンジョン知らねぇぞ!」
「隠れていたんじゃない?」
「……それなら、行ってみるか?」
シオンは地図を見ながら言った。
「初心に帰って、森のダンジョンに行ってみようぜ」
「行くー!」
ユカリが即答する。
「僕もいいよ」
「すみません。私は城に用がありますので、一緒には行けません」
ハルさんが申し訳なさそうに言った。
「俺たちだけで行くからいいよ」
シオンが笑う。
「久しぶりの三人旅だな」
◇◇◇
朝食を終え、僕たちはオープンカーに乗り込んだ。
目的地は、荒野の塔の裏にある死霊の森。
名前からして、あまり行きたくない。
この森は木々が密集していて、昼間でも薄暗い。
まるで本当に死霊が彷徨っていそうな場所らしい。
「本当にここにダンジョンがあるのかな?」
僕はスマホの地図を確認しながら、ゆっくり車を走らせる。
「あるって書いてあんだから、あるんだろ」
シオンは後部座席で呑気にしている。
「暗いから足元には気をつけろよ」
「車の中にいるのに?」
「降りた後だよ」
「そりゃそうか」
隣では、ユカリがリュックをぎゅっと抱えている。
さっきまで元気だったのに、森に入ってから急に静かになった。
「ユカリ、大丈夫?」
「…………」
「怖いの?」
「怖くない!」
「そ、そう……」
強がっているらしい。
僕も人のことは言えない。
葉と葉が擦れる音。
遠くから聞こえてくるフクロウの鳴き声。
時折、風に揺れた木の枝が。
ガサッ。
「ひっ!」
「何だよ」
シオンが笑う。
「ビビったのか?」
「ビビってないし!」
僕は必死に強がった。
しばらく一本道を進んでいく。
すると、少しずつ木々の間から光が差し込んできた。
「開けてきたな」
森を抜けると、そこには小さな墓場が広がっていた。
薄い木漏れ日が、崩れかけた墓石を照らしている。
「…………」
静かだ。
さっきまで聞こえていた鳥の声さえ、ここでは聞こえない。
「ここ……墓場?」
ユカリが小さな声で呟いた。
「みたいだね」
石畳の道が墓場の中央をまっすぐ伸びている。
僕たちはその道を進んでいく。
すると。
「あれじゃね?」
シオンが指差した。
石畳の先。
崩れた墓石の向こうに、地下へと続く階段があった。
階段の奥から、生暖かい風が吹き上がってくる。
「…………」
ゴクリ。
僕は思わず唾を飲み込んだ。
「やっぱりビビったのか?」
シオンがニヤリと笑う。
「ビビってないし!」
僕はまた強がった。
「じゃあ、行くぞ」
シオンは懐中電灯を取り出すと、さっさと階段を下りていく。
「遅れるなよ」
「んーー!!」
ユカリも気合いを入れる。
「はーー!!」
そして、おもちゃの剣を片手に。
「行くぞーー!!」
シオンを追いかけて走っていった。
「…………」
僕は一人、階段の入り口に残された。
薄暗い地下から、生暖かい風が吹いてくる。
「…………」
怖い。
ものすごく怖い。
でも、二人だけに行かせるわけにもいかない。
僕は拳を握りしめた。
「ここはダンジョン……」
一歩。
「ダンジョン……」
もう一歩。
「ダンジョン、ダンジョン、ダンジョン……」
自分に言い聞かせながら、僕も二人の後を追って階段を下りていった。




