9話 ハゲ
「どうぞ、こちらです」
受付嬢に案内されたギルド長室は、本や書類が山積みになっており、足の踏み場も少ないほど散らかっていた。
テーブルに座ると、甘い香りのする紅茶が運ばれてくる。
「さて」
ギルド長は大きな革袋を机へ置いた。
「今回のダンジョン攻略報酬だ」
「魔石、素材の買い取りも合わせて金貨百九十枚」
「確認してくれ」
シオンは袋を受け取り、中身を素早く確認する。
「……確かに」
そう言って手提げ袋へしまい込んだ。
ギルド長は満足そうに頷く。
「それからシオン」
「今日付けで、お前の冒険者ランクをCへ昇格させる」
「……は?」
「二時間でダンジョン塔を攻略するような奴を、いつまでもFランクにしておけるか。当然の昇格だ」
シオンは口元を緩める。
「へっ、悪くねぇ」
ギルド長はさらに一枚の絵を机へ広げた。
そこに描かれていたのは、青い海。
その中央には白く巨大な神殿。
左右に割れた海を、二匹の巨大な蛇のような魔物が泳いでいる。
「次の目的地は決まっているか?」
ユカリが元気よく手を挙げた。
「決まってる!」
「ダンジョン!」
ギルド長は苦笑する。
「なら話が早い」
「この『海底神殿』へ行ってくれ。」
その瞬間。
シオンが机を叩いた。
「はぁ!?」
「冗談じゃねぇ!海底神殿だと!?」
「……あそこは片道ダンジョンだぞ!」
部屋の空気が一変する。
ギルド長も真剣な表情になる。
「だから、お前たちに頼む」
「二時間で塔を攻略したお前たちなら、突破できる可能性がある」
「それに」
ギルド長は目を伏せた。
「中には、帰ってこられなくなった冒険者たちがいる」
「できるなら……連れて帰ってきてほしい」
シオンは舌打ちした。
「ふざけんな……」
しかし、その横で。
「行く!」
ユカリが勢いよく立ち上がる。
「次のダンジョン!」
「ダンジョン!ダンジョン!」
部屋中をぴょんぴょん跳ね回る。
ギルド長はニヤリと笑った。
「決まりだな」
「くそっ……」
シオンは頭を抱える。
僕は二人を見比べながら、ただ心臓の鼓動が速くなるのを感じていた。
◇ ◇ ◇
ギルドを出て、北へ。
黄色いオープンカーを三十分ほど走らせる。
途中、シオンへドールハウスを見せた。
「……マジかよ」
小さくなった家を見た瞬間、固まる。
さらに中へ入ると、今度は言葉まで失ってしまった。
「……」
「落ち着いた?」
「あ……ああ」
部屋で少し昼寝をしたことで、ようやく冷静さを取り戻したようだった。
シオンは深いため息をつく。
「はぁ……」
「あのハゲ」
「よりによって海底神殿なんて」
僕は恐る恐る尋ねる。
「やっぱり……そんなに危険なの?」
シオンの表情が険しくなる。
「危険なんてもんじゃねぇ」
「あそこは」
その時だった。
部屋の隅に置かれたテレビが突然映像を映し出す。
『臨時ニュースです』
『海底神殿へ挑み、行方不明となった冒険者は三百名を超えました』
『また、先週突入したAランクパーティー《暁の塔》とも、現在まで連絡が取れていません』
部屋に沈黙が流れる。
シオンがテレビを指差した。
「……箱の中に、人間がいる」
初めて見るテレビに、シオンは目を丸くしていた。
一方の僕は。
『……無理だ』
『やっぱり無理だ』
心の中でそう何度も繰り返す。
そして静かに決意した。
『明日、ギルド長に断りに行こう』




